第二十五話:燃えよ、恋の乙女闘魂顛末記①
朝日は早速、夜に学校を見張ることにした。今日のお供は真澄である。
犯人を待ち構えていると真澄が小さな足音に気づいて小さな声で朝日に話しかける。
「朝日様 あそこに何かいます」
「うん、何だろう 白い動物みたいだね」
草垣から覗くと白い動物は二本足で窓の上に立ち、前足をかく仕草すると、
カチリ
窓の鍵が開く音がして、なんの造作もなく窓が引かれ、白い動物はするりと入っていった。
「あれ…もしかして」
「はい 妖怪ですね」
朝日と真澄は草垣から出て、白い動物の後を追った。
『ふふ、あの人は喜んでくれたかしら』
白い動物は下駄箱の近くに座った。
『ここって確か…』
見覚えのある下駄箱の列に、朝日は真澄に念話を送る。
『あそこ、あの男子の下駄箱だ』
『それではあの妖怪が』
二人で会話をしていると、白い動物は下駄箱を開けて、首元に拵えてきた白い布に包まれているものをドサリと入れ込んだ。
『真澄 犯人確保するよ』
『了解しました』
現場をしっかりと目撃した朝日はかけ声に反応し、真澄は白い動物に声をかけた。
「そこで、何をしているんですか?」
「…!!」
声をかけられるとは思ってなかった白い動物は、飛び上がり、逃げようとし前方を見てなくて、案の定、向かいの下駄箱に勢いよく突っ込んでしまいダンと激突してしまう。
白い動物は脳天に直撃、もろに食らってしまい仰向けにパタリと気絶してしまった。
「え…と」
朝日は急な展開についていけず、一瞬惚けてしまった。真澄もびっくりして、少し硬直している。
とにかく倒れた白い動物が大丈夫なのか、朝日は家に持ち帰ることにした。
〇〇
『お母様 運命の人って何ですか?』
『あら? あなたも気になるお年頃になったのかしら』
「ううん、お姉様達が話していたから」
「ふふ そうだったの…そうね」
「運命の人は私の夫であり、あなたのお父様よ」
「お父様みたいな人…そんな人いるのかな〜」
「いずれあなたもきっと出会えるわ」
〇〇
白い動物を朝日は大事そうに抱えて持ってきて、明かりの下にさらされて、正体が明らかとなった。
丸っこい耳に、足も尾も長く、犬に似ているが何か違和感を感じる。
「これは、白変種ではありませんか?」
「白変種?」
「突然変異、あるいは遺伝的なものらしいですが、白いたぬきなんて珍しいですね」
「…! たぬき」
朝日は志郎の平然と言った言葉に衝撃を受けた。
「ええ…たぬきで間違いないと思います」
「犬かと思った」
道理で違和感を感じたのかと朝日は納得した。そうしていると、白いたぬきはパチリと目を覚ました。
起き上がろうとするが、頭に痛みが走るのか動けずにいた。
『うゔ 頭が痛い』
『というか…ここはどこなの』
『ここ、もしかして人の家?』
見たこともない家の中にいることに、不安になり周囲を窺うと朝日と目が合った。
「あっ 起きた え〜と、こんにちは」
朝日はなるべく平静を装ったが、たぬきは人が近くにいることに気づき絶叫した。
『きゃあああ 人間〜! そして私は今まさに捌かれて食べられるの!!?』
『私は食べても美味しくないです』
人にはキュウ、キュウと鳴いている声しか聞こえないが、朝日達にははっきりと聞こえていた。
頭の痛みで逃げ出すことができないため、たぬきは短い手足をバタバタと動かす。
「大丈夫ですよっ あなたを食べたりしませんっ」
「……へ?!」
涙目になっているたぬきは朝日の言葉に固まり、恐る恐る話しかける。
『私の言葉…分かるの?』
「はい、分かります」
自分の胸に手を当てた朝日は答えた。
「私も妖怪の血を引いているので!」
『え……そうなの?!』
同属ということに安心したたぬきが落ち着いてくれたのに朝日はほっと胸をなでおろした。
〇〇
「私は淡路と申します」
「あの倒れていたところを助けていただいて、ありがとうございます。 あなた方が塗って頂いた塗り薬のおかげでスッとしました」
「それはよかったです」
それに朝日は自分のことのように得意げな笑みを浮かべた。
「塗り薬は志郎特製なのでよく効いてよかったです」
「これは手作りなのですか?! すごい効き目ですね」
昔、医者の仕事をしていた志郎は薬の調合など医学の知識に長けている。
たぬきことーー淡路は頭の痛みが治まり、動物の姿で器用に腰を降りお辞儀をした。
「いえ、こちらこそびっくりさせてしまってごめんなさい」
志郎と真澄もお辞儀を返した。
言葉使いといい、きっちりとしていることに朝日はお嬢様のように思えた。それに様子を見るからに悪い子ではなさそうだからこそ余計分からなかった。どうして、この子が悪戯をしたのかと朝日は気になってそのことを尋ねた。
「私たちが来た時に、下駄箱にどうして木の実なんか入れていたんですか?」
テーブルの上に広げられた木の実に淡路は気がついた。
「それは私が集めた木の実!」
「それは私を助けてくれた恩返しです」
「恩返し?」
「散歩をしていたところ私は犬に追いかけられてしまい、木の上に逃げ込んだものの下に降りられずに困っていました」
「そんな所を助けてくれたのがあの殿方だったのです」
「脅えている私を見て、颯爽と助けてくれて、感激したのです」
「あの人こそ私の『運命の人』だと…」
「……うん?」
途中まで聞き入っていた三人は、固まってしまった。どうして、そこで運命の人になるのかよく分からなかった。
確かに助けてくれたことに変わりはないだろうが、運命の人と思うだろうか。
「それって運命の人より命の恩人なんじゃーー…」
「でも、お母様は運命の人に会ったら感じるって言ってたんです」
『う〜ん 何かそれもニュアンスが違うような』
「運命の人を捕まえるためにアプローチも必要よって言われました」
『それで、下駄箱に木の実を』
三人はようやく納得したが、その事実に頭を抱えそうになった。現に本人には嫌がらせをされているだけしか見えないことに、朝日は悲しくなった。
残酷だが、朝日はとりあえず男の子に依頼された事の顛末を話した。
「そんな…私のアプローチがただの悪戯と思われていたなんて」
キューンと悲しい鳴き声をあげて、つぶらな瞳からボロボロと涙が溢れる姿に朝日はなんとかしてあげたいと思い、声を掛ける。
「失敗なんて誰にでもありますよ。 次、また頑張ればいいんですから」
「うう、そうですね」
「次、頑張ります」
「…ですが、人間の男の子に何を渡せばいいのか分からなくて…」
「ならチョコレートとか渡せばいいんじゃないかな?」
「バレンタイデーって知っている?」
二月十四日に好意を持った人にチョコを渡す風習があることを教えた。今は友達にあげる友チョコや、自分用に買う人も珍しくないことを伝える。
妖怪の住む世界はあまり知らないが、今の時代にそのことを知らないなんて山奥の秘境にでも住んでいるのかと朝日は考えた。
「でも、今は十月ですが…」
「う〜ん 季節とかよりも、今の自分の気持ちを大事にした方がいいんじゃないかな?」
「今の気持ち…」
「私も微力ながら応援します」
「え…ですが、そこまでして頂かなくても」
「私なら別に大丈夫ですよ」
というよりも目を離すと何をしでかすかと分からないのでそちらの方が不安になったのである。そんな心配をよそに、
「なんだか力が漲ってきました」
淡路は二本足で立ち上がり、まるでボクサーがするラッシュのごとく腕ではなく前足を振り上げてふんふんと鼻息荒く息巻く。なんだか、火に油を注いでしまった感が否めない朝日は冷や汗をたらりと流した。




