第二十四話:陰陽局公認の特区・狭間区の名所「其の三:鎮守の森と守り人のお務め」
いつもは鳥たちや小動物たちが活動する音も今は鳴りを潜めていて、大都会の東京とは思えないほど、喧騒の音はなく静寂に包まれていて静かである。
狭間区には鎮守の森と呼ばれるところがある。鎮守とはその土地を守り鎮めること。
鎮守の森にある神社には困ったことや悩んでいることを相談したら「御影様」が助けてくれるという言い伝えがある。
御影様は守り人は人を守るのが役目であり、近所の人びとからは「御影様の森」と親しまれていて鎮守の森は境界の一つであり、境界とは人間の世界と同居しており異界の入り口のようなものである。
陰陽寮から保護区域とされており、害意などから鎮守の森を守護するために陰陽寮と協定を結んでいる。
「ふ〜 ようやく落ち着けるかな」
真夜中の0時過ぎに人っ子一人もいない。いたとしたら、興味本位で遊び半分でやってくるもの達だろう。
外灯も明かりもない暗闇の中、身がすくむこともなく、朝日はなんの躊躇いもなく歩いて行く。
花月といる時は、メガネをかけているが人間っぽくするためでもある。
鎮守の森にある神社に困ったことや悩んでいることを相談したら守り人である御影様が助けてくれるという言い伝えがある。
御影様とは即ち、朝日のことである。神社にあるお賽銭箱の中には願いことが書かれている手紙や紙片がある。
朝日は賽銭箱の解錠をして、中に入っている手紙を一つ一つ大事に取ると、段差になっているところに腰掛け、読み上げる。
何枚か読んでいくと、そこには見知った人物のことが書かれていた。
「これは」
僕には気になっている人がいます。
僕は中学一年生の平野花月さんです。
告白していいか悩んでいます。
「……見なかったことにーー」
朝日は周囲を見回して何事も無かったかのように、お賽銭箱に戻そうとすると、その手紙をバッと何者かに取られてしまう。
音も気配も無く現れたのは和服姿の志郎である。
「何をされているんですか?」
「志郎…いや〜あの これは」
朝日は後ろめたく口ごもると……志郎は手紙の文章を素早く横目で見ると、朝日が何を動揺していたのか得心がいったようである。
「なるほど…幼なじみとしては由々しき事態ですね」
「そう! 幼なじみとして僕は心配してるだけだよ」
「そういえば朝日様は今日は学校で告白されていましたね」
「それは本当ですか」
「!」
志郎の後に今度は真澄まで現れた。
「こっ、告白は誰から?」
最初は震えた声で誰なのか分からなかったが姿を見て確信した。
話しかけようとした瞬間、冷んやりと感じた。夜の森は冷える。真澄の感情に同調するかののように、冷たい空気が流れさらに気温がぐっと下がる。
「真澄 落ち着いて! 霊気が出ているから」
真澄は朝日が誰かから告白されたびに何故か動揺している。普段は抑えている霊気を感情の弛みではみ出してしまう。
「もっ、申し訳ありません」
しゅんといつもの冷静さを取り戻した真澄だが、顔色が優れない。
真澄は水を精通して優れている「人魚」で、妖怪というよりも神獣の部類に入る。
朝日のいや、昔のあきの最初の式神である。そして、志郎は遠い国で「夜叉」と呼ばれていて、恐れられていた。
以前は人間を殺すほど嫌悪していたが、ユエという人間の少女に出会い夫婦となった。
大阪が「大坂」とまだ呼ばれていた頃、「白夜」という名前で医者として人間になりすまし、生計を立てていたと聞いた。
今はあまり聞かないが、たまに怒ると訛りがでる。東京がまだ江戸と呼ばれていた頃、身重のユエを連れていたところに「あき」と出会った。
そして、朝日がまだ中学生だった時にこんな出来事もあった。
〇〇
「み〜 み〜」
「ワンワン」
「うん? なんか犬が吠えているな」
可愛らしい鳴き声と犬の鳴き声に何かあったのかと部活動の帰り道に一人の男の子が気になって、鳴き声を頼りに歩くと一匹の犬が上に向かって吠えていた。
何を吠えているんだとよく見ると、木の上に丸っこい白い動物がいた。
『なんだあれは…猫か?』
よく見ると白い動物は遠目からでも小刻みに震えていることに気づいた。
「あれじゃ下に降りられねえな」
どうにかしようと思って、ふと手に持っていたサッカーボールを見た男の子は名案を思いつき、犬の少し横らへんにずらして投げ込んだ。
犬はいきなり、目の前にボールが飛び込んで来て仰天し、一目散に逃げていった。
「よしっ」
男の子の目論見通りに犬が退散し、ガッツポーズを作った。投げたボールは木の下に転がっており、男の子は取りに行った。
白い動物は固まったまま動かなかったが、手を差し伸ばすると近寄ってきたので脇を掴んでおろすことができた、
「お前、怪我とかどこもしてないよな」
男の子は心配して頭を撫でてやれば動物は気持ちよさそうに目を細めた。
「かわいいな、お前」
「もう襲われないように気をつけろよ」
振り向きながら男の子は動物に手を振った。白い動物は、しばらく動かずに男の子が見えなくなるまで、熱いまなざしで見つめていた。
『なんて素敵な方なのかしら』
『お母様、あの方こそ私の運命の人です』
〇〇
秋頃になれば地面がアスファルトではないため、日中涼しいが朝夕は寒々しくなる。
鎮守の森で今日も御影様の噂を聞いたものたちが賽銭箱に願いを入れる。願い事が書かれた紙を取るために鍵を開けて御影様こと朝日は冷風に体を震わせた。
「あ〜冷える、もう少し厚着してくればよかったな」
愚痴りながらも賽銭箱に入っている紙などを一つ一つ丁寧に拾い上げた。
「さてとーー今日は何かあるかな?」
何枚か読んでいくと、気になる文章あった。
「なになに?」
『学校の下駄箱にドングリや木の実などが入っていて悪戯されて困っています』
「ほ〜、今時地味な嫌がらせですね」
「だよな〜……って」
自然な流れで思わず相槌をうった朝日だが、
「うわっ」
いきなり背後から聞こえた声に朝日は驚いて振り返ると、志郎が立っていた。
「びっくりさせないでよ」
「それはすみません。 熱心に何を読んでいるのか思って、声をかけるのを忘れていました」
『絶対、わざとだ』
朝日は志郎の口元がニヤついているのを見た。
「またラブレターですか?」
「…違う」
びっくりされた朝日はふてくされたように返事をしたが悩み事を読む事でなんとか気持ちを切り替えた。
「誰かに悪戯されて困っているみたいなんだ。 なんとかしないと…」
「この子、僕と同じ中学校に入っているみたいだから」
手紙の文章の名前の上に中学校の名前とクラスも記載されていた。早速、所在を確かめるために朝日は学校で確認した。
豊原涼真、十五歳、中学三年生、黒髪の短髪で身長は百六十前後、クラスで人気があり、運動神経抜群でサッカー部に入っている爽やかな青少年である。
知れば知るごとにどうして悪戯されているのか首を傾げた。それに靴箱に木の実なんて、いつ入れるんだろう。
学校には人がいっぱいいる。授業中にしろ何をしているのかと不審がられても可笑しくはない。昼じゃなかったら……
「もしかして、夜に来ている?」