第二十三話:陰陽局公認の特区・狭間区の名所「其の二:児童福祉施設すこやか保育園の保育士」
よろず屋横丁には絶対数が少ないが、子供がおり、両親が共働きの子供は家にはまだ幼い子供を一人にすることはできない。そんな両親のために二十四時間態勢で預ける事ができる児童福祉施設「すこやか」がある。
混血種として生まれた子供は自分の妖力がまだ安定してないため、人間の世界に入ることはいろんな危険が付きまとう。
そのために妖力の基本を学び、教育させるのである。自分の身は自分で守るということをモットーに。
そしてこのすこやかを作ったのは人間ではなく姑獲鳥うぶめと呼ばれている妖怪である。
夜間に飛行して幼児を害する怪鳥で鳴く声は幼児のようと言われているが、この幼稚園にいる姉妹の姑獲鳥はそんなことをしない。
毛を着ると鳥に変身し、毛を脱ぐと女性の姿になると言われている。そして、そこには朝日の知り合いがバイトで働いているのだ。
今の時間帯は夜で預かる子供が少ないが、昼の時は30人を超える。昼はあと4人の保育士がいるが今は3人だけである。
すこやかは普通に人間の保育園や幼稚園と同じような作りで、教室の中にある大きなテーブルには可愛らしい小さな椅子が備え付けられている。
「きゃあああ〜」
「悪い子はいね〜か」
中庭を覗くとそこには、赤鬼が…いや赤鬼の仮面をつけた赤髪の青年が逃げる女の子を追いかけている。
その青年は上にはTシャツをを着ていて、下には青色の腰割れつなぎを着ていて腰巻きをしていて体格は志郎よりも筋肉が付いている方である。
お面をつけた青年は女の子に悪さをしているのではなく、どうやら今は鬼ごっこをしているようである。 その証拠に女の子は叫び声をあげながらきゃっきゃっとはしゃいでいる。
朝日は仕事をしている彼を見ながら一息ついていると、袖を引かれた感触に振り向くと、眠りこけている見知った子供がいたので思わず目を見開いた。
「拓也くん! どうしたの?」
それに答えたのは男の子ではなくーー
「貴方が来るまでずっと待っていたんです」
朝日に声をかけたのは若い女性で、手元には毛布を抱えていた。
拓也くんとは最近保育所に来たばかりの子供で、全然寝付けずに困っていたらしいがーー
「朝日さんがこの子を寝かせていた時は、本当に驚きました。 本当に羨ましいです」
「小夜先生に言われると恐縮です」
この女性はこのすこやかを作った姑獲鳥の妖怪の妹さんの方である。
優しげな目元と髪をゆるく結わえていて、人間の保育士さんと遜色のない割烹着と動きやすいジャージを着ている。
「あ〜、ずるい」
「俺も一緒に寝る〜」
朝日が来訪したことに気づいた女の子の香夜ちゃんと鬼役の青年も朝日に気づき近寄って来た。
子供に混じり、大人の子供に寄りかかられるとそばで寝ている拓也くんの安眠の妨げになる。
朝日は青年にお面の上を押さえつけた状態で注意する。
「拓也くんが起きるだろ! お前は子供じゃねえだろ」
「え〜…俺も一緒にーー」
大の男が駄々をこねる様子に朝日は辟易していた。
そんな時だった。冷ややかな声音で後輩である糀を問い掛けたのは小夜先生のお姉さんである夏目先生だ。
〇〇
「何をやっているんですか 霧島先生」
「鬼が出た〜〜」
仁王立ちする彼女に糀はおっかなびっくりして絶叫する。
「誰が鬼ですって」
その言動に苛ついた夏目先生はじろりと自分よりも大きい男を睥睨する。
『いや 鬼はあんただろと』朝日は内心冷静に突っ込んだ。
霧島と呼ばれた朝日の知り合いである男の先生は余計な一言で夏目先生のドスの利いた声に大きな体をびくりと揺らした。
「夏目先生、こ こんばんわ」
「こんばんわ、朝日君」
糀はサッと即座に朝日の後ろに隠れた。朝日は夏目先生を前に内心穏やかじゃない。
『僕もこの人苦手なんだよな〜』
大きな体を持つ彼を隠せることもなく、大きい体を縮まらせている姿はより滑稽である。
彼よりも今も仁王立ちしているこちらの女性の方が様になっている。姑獲鳥の妖怪だが……
こちらが小夜先生のお姉さんの夏目先生で、ショットカットの黒髪に少しつり目な目元にメガネをかけている。
小夜先生が良妻賢母なタイプだとするならこちらは教育熱心ななタイプである。
「こうじが夏目先生に怒られているわ〜」
ふふと女の子の香夜ちゃんに笑われている。それでいいのかと朝日は後ろにいる男を見るとこちらをみる目が若干涙目になっていた。
「朝日、夏目が怖い」と片言を言うのはまるで子供のようである。どっちかって言うと香夜ちゃんの方がもう精神年齢は上なんじゃないかと思っている。
こうじとは霧島の名前である。彼の名は霧島糀こうじ
見た目はヤンキーなのに、この精神年齢6歳かもどうかも危うい青年がはあの伝説の大江山の首領と呼ばれた酒呑童子だと誰が思うだろうか。
文献の通りに首を切られた酒呑童子は僕と同じように記憶がなく、さまよっていたところを昔の「あき」に拾われた。
数々の悪行を重ねていたら、帝の命により摂津源氏の源頼光と嵯峨源氏の渡辺綱を筆頭する頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)により騙され、首を切られた後、封印されてしまう。
封印されるが何かのきっかけで封印が解かれ、首の無いまま彷徨っているところ、昔の朝日に拾われたらしく、術で顔の代わりを作ってくれた朝日に恩を返すために忠誠を誓い、仲間となった。
今もその切り跡は首に生々しく残っている。
「朝日〜、たっ助けて」
『僕も助けたいですが 志郎に似て苦手なんですよね』
小声で朝日は本音を呟いた。
志郎に雰囲気を容姿も似ている夏目には朝日は内心は心穏やかではない。そして地獄耳であることを忘れていた。
「今の聞こえましたよ。 志郎様にご報告しておきますね」
ちなみに夏目先生と志郎とは上司と部下のようか関係である。口元が笑っているが目が笑っていないのが逆に怖いのもまた似ているのが。
「えっ それはちょっと」
これは逃げるが勝ちだと即断した朝日は掌にポンと拳をのせた。
「あっ、そうだ 僕 鎮守の森に行かないといけないんだった〜」
「小夜先生 拓也くんをお願いします」
「それではご機嫌よう」
朝日は見事な棒台詞で風のように去っていく。後ろで何か騒いでいたが聞こえないフリをしてすこやかを抜け出した。
『お前の骨は拾ってやるよ』
そう胸に刻んで、朝日は鎮守の森に向かった。




