第十一話:『禁』
『あら、何も知りませんのね あの事件のせいで彼女がどう思われているのかを』
彼女の言葉が耳に木霊する。
何も知らなかった。
姉が自分のせいで誰かから悪口を言われていたことに。
『私のせいで』
モヤモヤとした気持ちから暗く澱んでいく。そして深い後悔と姉を侮辱する彼女に怒りの感情を覚えた。自分のことはどんな悪口を言われても構わなかった。だけど家族の悪口は別である。
だから抑えることができなかった。収まっていた液体がキャップから溢れていくように。
撫子は下に俯いていた菊理と目が合った時にギョッとした。先ほどとは別人のような目つきの菊理に撫子は動揺する。そして感じたのはオーラの圧力だった。
『気圧されている…この私が』
弱者だと決めつけていた撫子はそれが許せなかった。一瞬でも動揺した自分にである。そう感じた瞬間に人一倍プライドの強い撫子は声を大にして叫んだ。
「誰か、警備員を呼んで!?」
いきなり声高に叫んだ撫子に百合絵と靖大がギョッとする。
「ちょっと、警備員を呼ぶほどのこと!?」
「あら、庇いだてはみっともありませんわ!?」
撫子の大声に周りはざわつき、それを聞きつけた警備員が駆けつける。
「どうされました?」
撫子はその警備員の男に身を縮こませて眉をひそませる。いかにも怖さで震えていた淑女である。
「はい、彼女が殺気を放って、本当に怖かったんです」
撫子は指を震わせながら菊理を指差した。
「あの人です」
警備員は菊理の方に目を向けた。その前に百合絵は菊理の前に立った。
「彼女は私の妹です。殺気を飛ばしたことを咎めるなら、私の妹に対しての侮辱を謝罪してくれませんか?」
警備員は百合絵の話を聞いて、撫子の方を見た。
「彼女は侮辱されたと言っていますが…」
警備員に問われた撫子は堰を切ったように声を震わせた。
「私、そんな…私、百合絵さんのことを心配して…」
それを聞いた取り巻きたちは声高に叫ぶ。
「そうよ、撫子さんは心配していたのに睨まれるなんて…親はどんな躾をしているのかしら」
女性の高い声はホール中に響き渡った。気がつくと周囲の注目は百合絵たちに浴びていた。
『しまった』
周りは撫子という被害者をを心配する目で見て、百合絵と菊理を犯罪者とまではいかないが懐疑的な視線に晒された。
百合絵が困っていることに撫子はほくそ笑む。警備員は埒が明かないと百合絵と菊理を連れて行こうとしたその時だった。
「何やら騒がしいと思ったら、どうなさったのですか」
〇〇
土御門家。陰陽三家の一つであり、安部家の分家とされていたのは昔の話。かつては安倍家という名字だったが、室町時代から土御門という名前を変えた。
現在の当主は土御門定信。
土御門家以外にも安部家、賀茂家も同じように血筋を絶やさないようにするためである。
その本家の中で次期当主とされているものが二人いた。
一人は土御門光彦。
生まれつき霊力が強く、人並み以上にありすぐに頭角を表した。何よりも端正な顔立ちで行くところ、女性の声を聞かないことはないほどである。
二人は土御門健三郎
一人目と違うのは体格ががっちりしており、運動神経に優れていた。顔立ちもいいので女性からも人気があったが、あまり興味はなかった。
二人は切磋琢磨しながら来る日に備えていたある日、それは起きてしまった。
鬼族が陰陽局を襲撃した事件である。予想だにしない事態に土御門家は勝手に鬼族と会うことに決めたリンドウに反論、批判をする暇もなく今日を迎えてしまったことに対して、土御門家の分家を束ねる実朝は神経が昂っていた。
そして土御門家は一度全員を集めて会合を開くことにしたのだ。霊力が強いものを集めて今後のことを話しあうためである。そんな時にである。光彦が周囲が何やら騒いでいるのを耳にしたのはー
「何か騒がしいですね…?」
光彦の質問にに実朝は答えた。
「そうですね、少し確認してきましょう」
「私も行きましょう。挨拶回りをしたいですし、健三郎もどうかな?」
「俺は別に構わないが」
それに拒否することなく実朝はうなづいた。
〇〇
光彦たちがなんの騒ぎだとその中心に向かった。そして人並みをかき分けると20歳ぐらいの着物の女性と陰陽寮の制服を着た女の子、そして対面するのはワンピースドレスを着た女性とその周りの女性たちが舌戦を繰り広げていた。
そして、感じた。それは殺気だった。それが制服を着た彼女から発せられていることに光彦は驚いたのだ。
だから興味が湧いたのだ。
〇〇
「何やら騒がしいと思ったら、どうなさったのですか」
あたりがシンと静まったのを見計らい光彦は声を上げたので一同は注目された。ワンピースドレスを着た女性は実朝と後ろにいる人物たちを見て目の色を変える。
「おじ様!」
〇〇
土御門光彦と健三郎の次期当主候補に付き添っていた土御門実朝は目の前の光景に自分の目を疑った。
そこには泣き顔で怯えている自分が特に可愛がっている姪の土御門撫子があったからだ。
「撫子ちゃん、一体何があったんだい?」
駆け寄る叔父に撫子は気づき、肩を震わせながら口を開いた。
「おじさま、あの子から気を放たれてしまって」
「何!?」
ぎっと実朝は菊理たちを睨みつけた。
「どうゆうことだ、気を放つというのは殺傷行為『禁』にあたるぞ! 一体どこのものだ」
激怒する実朝に百合絵は自己紹介した。
「私は土御門百合絵と申します、分家の末端に連なるものです」
「妹の菊理と申します」
「君のことはよく撫子から聞いている。大変優秀な成績を収めているとのことだったが、これはどうゆう了見だ!?」
幼い頃のばから可愛がっている姪の泣きそうな表情に感情をむき出しにしており、もはや制御ができない。それを制御できるのは撫子と本家のものだった。
百合絵のことを毛嫌いしている撫子にとってまたとない機会を逃すはずがなく彼女はこう付け加えた。
「いえ、おじさま 私が悪いんです」
「何をいうんだい、撫子ちゃん」
「私が心配していたのが、彼女はお気に召さなかったみたいで、それが妹さんを怒らせてしまったみたいで」
落ち込む姪の姿に実朝は激情にかられて口を開いた。
「それは本当なのか…?」
ビリビリとした気迫が菊理と百合絵に襲いかかる。百合絵が思わずその気迫に呑まれかけた。その次の瞬間に菊理は一歩前に出た。実朝の視線から逃げないことを表すように菊理は真っ向から見て声を上げた。
「はい」
実朝は自分が睨むと大抵のものは萎縮し、平伏されてきた。だからこそまだ年端のいかない娘に真正面から視線を逸らさないことに関心を持った。
だが、気を放つことをどれだけ危険なことかわかっていないものを放置するわけにはいかない。
どのように処罰させるか考えるのは後だ。とりあえず警備員に捕縛させようと口を開きかけた瞬間に、一人の青年が声を上げた。まだ若いが低く通る声である。それに実朝は怒ることも無視はできなかった。
「彼女の処遇、一度僕に預けてみてはどうでしょう」
「み、光彦様」
思ってもいない人物に出に百合絵、靖大、撫子は驚く。
「そうしよう、実朝」
選択肢はないと決定事項のように話す光彦に実朝は反論することもできない。
「分かりました、彼女たちの処遇はお願いいたします」
〇〇
菊理はどういうことになっているんだと今いる状況についていけなかった。いきなりおじさんに怒鳴られて、美少年に声をかけられて。
菊理は百合絵に助けを求められた。
「姉さん、あの人たちは一体」
「ああ、そうね 今まで家の中にいたから分からないよね」
「?」
「彼は土御門光彦様、本家の人間であり次期当主候補の一人よ」
『次期当主候補…?』
そんな人が私たちの処遇を一存すると言ってなかったか。菊理は開いたのが塞がらなかった。その口を百合絵はみてどうしたものかと考えるが、どうすることもできないと考えることを放棄したのだった。
〇〇
土御門撫子は目の前の一部始終に頭がついていけなかった。自分の宿敵のライバルである土御門百合絵の評判をここぞというときに落とせば彼女の信頼はガタ落ちになり、自分の名が上がると思っていたからだ。
自分のおじである土御門実朝と次期当主候補の土御門光彦がやってくるとは思わなかった。全てがうまくいくと思った矢先のことだった。
それは光彦のたった一言で終わりを迎えてしまった。菊理と百合絵の処遇は光彦の預かりになり、処罰は保留となった。
「百合絵さん、まさか光彦様のお目に止まるとは」
微笑みを浮かべながら撫子は百合絵に対し称賛を送るが、心の中では荒れ狂っていた。しかし百合絵はのばらに嫌味をいうどころか考える余裕がなかった。
「姉さん」
姉の表情にくくりは大丈夫かと心配する。
「菊理…」
「すみません ちょっと通してください」
ワタワタと駆け寄ってきた男性の姿に菊理と百合絵は声を上げた。
「兄さん!?」
そこにはスーツ姿の兄の土御門雅博がいた。
「すまない、遅くなって靖大さんから急いでくるようにってメールが来て、一体何があったんだ!?」
兄の心配する声に百合絵は少し息を吹き返した。
「ちょっとね」
ちょっとどころじゃない含みに何かあると兄は黙ってうなづいた。
「この件は光彦様預かりになったから」
「光彦様って、次期当主候補のか!?」
菊理と百合絵は黙ってうなずいた。すぐそばに本人がいたが二人のことが心配すぎて眼中になかったのだ。
「み、光彦様!?これは申し訳ありません」
雅博は光彦に気づき、頭を下げた。
「いや、兄弟愛、家族愛が素晴らしい、仲がいいのはいいことだね」
自分を無視した雅博に怒るどころか光彦は朗らかに笑った。それに対し雅博は平謝りして恐縮する。
「妹たちが光彦様の預かりになったことをお聞きしたのですが…」
「ああ、そうだね 彼女たちの処遇は一時預かりとなった」
光彦の言葉に雅博はうなづき口を開いた。
「分かりました、私は何をすればよろしいでしょうか」
「そうですね、後で説明します」
光彦はそれを最後に立ち去っていった。雅博はようやく緊張が解けたのだった。
「は〜、緊張した まさかこんな間近で会話することになるなんて」
着いたばかりだというのに冷や汗だらだらである兄に百合絵は苦笑するしかなかった。菊理はふと自分を見つめる視線に気づいた。なんだと振り向くとガッチリとした体格の男性だった。
キリッとした目尻とただ住まいでただものではない事はわかった。自分をどうして凝視しているのか分からない。次の瞬間にはもう男性は自分から目線を逸らしていてくくりはほっとした。
けれど菊理の安堵を裏切るかのようにこの後起きてしまう。




