第十話:土御門撫子
〇〇
壺井の代理となった志郎からもたらされた常軌を逸した話に陰陽家の一つ、土御門家は反論する余裕もなく準備に追われていた。そしてそれは分家である百合絵たちも駆り出されることになったのだ。
〇〇
花月は沙羅の後に菊理に電話をするとすぐに出てくれた。
「菊理ちゃん、こんばんわ」
「こんばんわ 花月ちゃん どうしたの?」
花月は文化祭のことを菊理に話した。菊理は中学生から引きこもりで不登校になったため文化祭というイベントをあまり味わったことがなかった。
「菊理ちゃん、これないかなって思って」
「えっと、3週間後だよね ちょっと待ってね」
菊理はスケジュール帳を見て、自分の予定を確認した。あのVRMMOの事件を経てから訓練を再開したのだ。体を動かしてないとやはり鈍ってしまうため今は基礎訓練を行っていた。
「その日は予定あるけど、前もって連絡すれば大丈夫だよ」
「本当に? よかった!」
花月の嬉しそうな声に菊理もテンションが上がる。
「うん!」
「それじゃ、また 前日に連絡するね 楽しみにしてね」
「うん、それじゃ おやすみなさい」
「おやすみなさい」
それを最後に二人の会話は終わった。菊理の部屋の中は和室であるがベットが置かれている。
初めての友達からの誘いに菊理は喜びをどう表せばいいのかと部屋の中をうろうろと動き回った。そして布団の上にばたりと仰向けに倒れた。
『は〜、こんなに幸せでいいのだろうか』
ベットの上でゴロゴロと幸せに浸っていると遠くから玄関の戸が開く音が聞こえた。そして今にも倒れそうな声が聞こえたので菊理は驚いて体を起こした。
「今の声は百合絵姉さん?」
今は21時過ぎと時計の針をさしていた。普段は一般人として仕事をしているが、朝からバタバタと出ていったきり帰ってこなかったのだ。
兄の雅博はすでに結婚して都内のマンションに住んでいる。菊理は心配になり、玄関の方に向かうと仰向けになっている百合絵がいた。
いつもは身だしなみを整えている姉なのに、疲れ切った姿に菊理は何事かと声をかける。
「姉さん、大丈夫!?」
「ああ、菊理 水をちょっともってきてくれない」
声も疲れ切っていて覇気がない。菊理は急いで台所に行き、コップに水を入れてもっていった。百合絵はそれをゴクゴクと飲み干したのだった。
「プハー 生き返る!!」
疲れ切った百合絵はようやく息を吹き返した。
「ありがとう、菊理。助かったわ」
「うん、…お姉ちゃんがそんなに疲れるなんて珍しいね、一体何があったの?」
菊理は疑問に思ったことを聞いてみた。
「そうね、母さんと父さんにも伝えないといけないわね お風呂ちょっと入ってから話すから、菊理もあとでね」
「うん、わかった」
百合絵は玄関からようやく家に上がった。菊理は話をする前に父と母に姉が帰ってきたことを伝えた。話があるということで母と父、そして菊理はリビングでテレビを見ながら待つことにした。15分後お風呂から上がってきた百合絵はジャージ姿である。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい 百合絵」
父と母はのほほんと、百合絵を出迎えた。土御門家出身の二人だが、霊力が低く、あまり家柄にも固執していない。けれど二人の間にできた子供は霊力が高く生まれたため分家の中では少し有名だった。
「夜遅くにごめんね 集まってもらって」
「いいのよ、百合絵 私たちは無事に帰ってきてくれればいいのだから ねえ、お父さん」
「ああ、そうだな」
ほんわかとした口調が母の土御門小梅で、無口で口数が少ないのじゃ父の土御門雅嗣である。
「実は、明日本家の方に行かないといけなくなっちゃって」
「本家に?」
「うん、陰陽局は襲われた事件があったんだけど、人手がどうても必要らしいの」
じっと真向かいにいる菊理に百合絵は見つめた。
「え、私?」
「そう、霊力が強いものじゃないと 対抗できないみたいだから」
「私なんか何の役にも立たないと思うけど」
「それは大丈夫よ、最前線に出るのは本家であって、私たちではないから それに兄さんも行くみたいだから」
「雅弘兄さんが? わかりました、私も行きます」
それから話が終わり、菊理は支度を済ませることにした。そして明朝になり、母と父に送られてタクシーで向かった。タクシーの中で百合絵は話をした。
「菊理は久しぶりに本家に行くのは」
「え、私行ったことがるの?」
「ええ、小さい時に行ったきりかしら」
菊理は思い出そうとするが、思い出すことができなかった。そして土御門家の本家は京都にあるが、首都である東京にも拠点があった。
それは日本屋敷でなく現代的な高層ビルだった。天辺も見えないぐらい聳え立つビルに菊理は圧倒されてしまう。
「ありがとうございます 行くわよ 菊理」
百合絵は運転手にお礼を言うと走り去っていった。
「姉さん、今からここに入るの…」
「ええ、そうよ」
微動だにしない妹に百合絵はフォローする。
「今日は顔合わせだけだから気負わないようにね」
菊理は今すぐにでも帰ってしまいと心から思ったが、もうすでに遅かった。
菊理にとって高い建物といえば東京タワーや浅草にあるスカイツリーだ。けれどそれは小さい頃に家族と出かけたきりで、傷心してここ数年家に引きこもっていたため、お店に入るのも極度に緊張してしまうのだ。百合絵は妹の様子を見ながら足を進めさせる。
「ほら、しゃきしゃきと歩く」
「は、はい」
家では少しタメ口に話せるが、公の場では敬語で話すようにしている。姉の命令は絶対なのだが、。足にまるで錘が付いているよにうまく動かない。
このビルは45階にもなっており、都市内でも最高層の建築物である。そこで会合するみたいだから離れないようにね」
「はい」
百合絵は厳しいところがあるが、菊理が引きこもりになった時は無理に外に行かせるようとすることはなかった優しい姉で私にもったないぐらいである。
広間に行くと大勢の人たちに溢れていた。菊理はそれを見た瞬間に息が詰まりそうだった。これは姉がいないと入ろうとも思わなかっただろう。スーツや和服を着ているものが多い。現に百合絵は派手ではないが、地味にならない程度の着物を着ていた。菊理も家では洋服を着ることが多いが、場に合わせたスタイルは弁えている。着物を着るのは小さい頃から両親に教えられている。
「さてと、挨拶まわりしてきましょうか 行くわよ 菊理」
「はい」
菊理は百合絵に遅れないように返事をした。百合絵がまず声をかけたのは恰幅のいい髭をたくわえた男性だった。
「おはようございます、靖大さん」
「おお、百合絵ちゃん お疲れさん 昨日も大変だったね」
「はい、陰陽局の方にサポートにいったのですがなかなか帰れなくて、今日の会合の目的は例の襲撃事件のことですよね」
靖大は声を顰めて百合絵に話を続けた。あの事件は知れ渡っていることだが大声で話すことではない。
「ああ、そうだ あのじいさんは新しく入った陰陽局の代理にカンカンに怒っている」
それは代理からもたらされた報告によるものだった。
『ふざけてるのか!?どうかしている』
限りつくばかりの罵詈雑言を放つのは分家を束ねる土御門実朝だった。人一倍プライドが高く、自尊心が高い矜持を持ち自分より地位の高い本家のものは媚びへつらい、低いものは叱責や睥睨、嘲笑する。
「気持ちはわかるが、奴らが陰陽局を襲撃するなんて今まで前例がない、話しあいで済むならこしたことはないさ」
鬼族が相手では並の陰陽師では単独で相手いる事はできない。その鬼族の上位である鬼神族であれば尚更。
「そうですね…」
「…で、横にいる可憐なお嬢さんのお名前を聞いてもいいかな?」
いきなり話を振られた菊理は吃らないように何とか声が出た。
「私は土御門菊理と申します」
「菊理ちゃんね、名字で呼ばないと一斉に振り向くかもしれないから、名前の方で呼ぶね」
「はい」
菊理が緊張しないような話しかたをしてくれることに菊理は助かった。
「私は土御門靖大と申します。百合絵さんは歳は離れているが同期で寮に入ったんだよ」
「そうだったんですか」
陰陽寮は学校のように同じ年代のクラスもあれば、転入生として陰陽術を勉強するため制度もある。
「姉さん、どんな感じだったんですか」
百合絵の写真は見たことがない菊理は気になった。
「お姉さんは人気者だったね」
「え、そうだったんですか」
「こほん、靖大さん、あまり昔のことを話さないでくれますか」
百合絵は恥ずかしそうに咳払いをした。
「おっとすまない、そういえば彼女もきているらしい」
「え、彼女って」
彼女と言った言葉に百合絵は眉間に皺を寄せた。他にも知り合いがいるのかと姉を見つめるが表情からあまり親しくないことを感じた。その時に百合絵に声をかける者がいた。
「あら、百合絵さん、ごきげんよう」
声をかけられた百合絵は渋面を作った。振り返った時はその表情はなかった。
「ごきげんよう、撫子さん。お久しぶりですね」
菊理は姉の変わりように唖然とした。そしてここまで百合絵を変える女性に注目した。
「なかなか最近会えなくて寂しかったですね」
「そうですか、私もお会えなくて…」
ほおを引きつかせながら百合絵は言い切った。が姉がそんな風に思っているとは菊理には思えなかった。隣にいた靖大から彼女のことを菊理は小声で教えてもらった。
「彼女も土御門家だよ、百合絵さんと同期だよ」
「なるほど」
「それとこの分家のおじさんの姪でもある」
「!」
百合絵は言いたいことがあれば我慢せずに言うはっきりとものをいうタイプだ。それをせざる追えない状況があるとすれば家が大きく関係していることに菊理は気づいた。
交互に2人は務めていると その彼女と目が合ってしまった。
「あら、あなた 初めましてね 百合絵さんとどんな関係かしら」
取り巻きの一人が声を上げた。
「もしかして、妹さんじゃないでしょうか」
菊理は声を振り絞り、声を上げた。
「私は土御門菊理と申します。百合絵姉さんの妹です 以後お見知り置きを」
「そう」
頭からつま先まで目線を往復しているのがわかり、百合絵はその不躾な視線に皺を寄せた。
「どうかされましたか、撫子さん」
「いえ、あなたの妹のこと噂で聞いていたから、どんな子かと思って」
失笑するのばらはに口元を引きつかせる百合絵は耐えた。それを横目に見てしまった靖大は青白くなる。
土御門撫子。分家を束ねる長子の一人娘として大事に大事に育てられた。生まれつき強い霊力を持ち才能を持っていた。容姿端麗で成績も良く男性や女性たちからも人気があった。
けれどそれは陰陽寮に彼女が現れるまでだった。彼女の名は土御門百合絵。今でも覚えている、彼女を一目見たとこのことを。
自分よりも地位も低く、分家のその末端という家柄、両親は霊力が低い、いわふる凡人だった。
けれど血筋など関係ないかのように彼女は優れていた。文武両道で人柄もよく彼女はメキメキと頭角を表した。
だからこそ、自分よりも目立つ存在が自分よりも地位の低いものが注目されることに対して撫子は気に入らなかった。
そんな時に偶然耳にしたのだ。彼女の妹がVRMMO事件の被害者になっていることを。完璧だと思っていた百合絵にそんな弱点があったのかと、けれど高圧的な態度を取れば周りの反応を買ってしまう。ならばあくまでも心配する風を装えば、人は共感を覚える。
「心配してましたのよ、お姉さんはあなたのことを」
そう言われた菊理は返事をした。
「はい、あれは私の不徳のいたすことだと思います」
申し訳なさそうに答える菊理に狙いを定めた。撫子は口元に笑みを浮かべながら話を進めた。
「ええ、でも元気そうでよかったわ、これで百合絵さんの憂いもなくなりますね」
「憂い…?」
その一言に気になった菊理はポツリとつぶやいた。その反応を見て何も知らないと踏んだのばらは話した。
「あら、何も知りませんのね あの事件のせいで彼女がどう思われているのかを」
「え…」
事件というのは菊理にとって関わっているのはあの夏に遭遇してしまったVRMMOの事件しか思い浮かばない。
「撫子さん、その話を今する必要はあるのかしら?」
百合絵は公の場で話すに雛菊に問いただす。
「私はあなたのことを心配して…」
取り巻きの女性は百合絵の言葉が癇に障ったのか、撫子が俯いたのを皮切りに感情的になる。
「何よ、分家の末端の分際で」
「ちょっと霊力が高くて綺麗に生まれたからって」
キーキーと甲高い声に靖大は耳を閉じたくなる。撫子はそれを見て何も言わない。そして笑っているのが見えた。
菊理はこんな人たちに姉を馬鹿になされることが我慢ならなかった。そんな菊理の様子がおかしいことに気づいたのは靖大だった。靖大は百合絵に耳打ちした。
「菊理ちゃん ちょっと様子がおかしくない?」
「え?」
そこで百合絵はふと菊理の様子に気づき話しかけようとしたその時だった。
今回を少し長めにしました。




