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第七話:くわばら、くわばら

文字数少なめです。


 あれから1週間が経過して約束の日になった。壺井の状態は良くなっていたが、対峙するとまた強い妖気に当てられて体調を崩すと言うことで志郎が担当することになった。壺井からはご迷惑をおかけしますと言われた志郎は口を開いた。


「こうゆう時は適材適所ですよ、桐枝さん」


 そういうとまた申し訳なさそうに壺井は目を細めて笑った。その姿に志郎は思わず頭を撫でそうになったが流石に還暦迎えた男性にやるのはどうかと思いやめた。



〇〇


 あの日のように忽然と人影が現れた。


「おや、あなたはあの時の人じゃありませんね…」


 首を傾げながらも鬼族の火宮は好奇心を隠せていなかった。油断をしている証拠である。


「はい、私は療養している壺井さんの代理を務めるリンドウと申します。これからは私が対応いたします」


「そうでしたか…人間とは脆弱な生き物ですね。強い妖気に当てられただけで倒れるとは。少しは見どころがある人間と思っていましたが私の勘違いでしたね」


 眉間に皺を寄せて残念そうに首を振るが、口元は嗤っていた。気の短いものであれば烈火の如く怒っていただろうが、リンドウはただ淡々と火宮を見つめていた。


「それで話は決まりましたか…?私がこの前に話した提案を」


 リンドウは火宮は見つめて首を縦に振った。


「はい、ただしこちらに提案があります」


「提案?」


「それはあなたのご主人様と会食はいかがでしょうか」


 予想もしていなかった言葉に火宮は吹き出しおかしそうに笑った。


「はは、面白い…そうきましたか、それは確かに逃げていませんし、彼の方も喜ぶでしょう、いいでしょう…その提案を呑みましょう」


「日取りはどうしましょうか?」


「それはあなたがお好きに、できれば夜がいいですね」


 火宮は持っている携帯の番号をリンドウに教えた。


「分かりました、また後日に」


 志郎は一礼すると、火宮はリンドウの顔をじっと凝視していた。


「あなたどこかで見た覚えが」


「…そうですか? あなたに会ったのは初めてだと思いますが」


 火宮はリンドウを食い入るように見るが、何がひっかかているのか思い出せなかった。あの壺井という男の代理を務めるぐらいのものという認識しかなかった。


「まあいい、ではできれば早めにお願いしますね。リンドウさん」



 嫌味たっぷり込めた火宮は優雅に去っていく。それを尻目にリンドウは頭を上げようとはしなかった。


〇〇


 火宮の気配が完全に消え去り、ようやくは志郎は言葉を放った。


「桐枝さん、あの男消してもよろしいでしょうか…」


 今にも奴を追いかけていこうとするドス黒い声に、耳元から優しい声が制止する。


『そんなことすれば交渉は決裂してしまいますよ、志郎さん…ようやくまとまったのです。あとはその提案がうまく行くように準備していきましょう』


 病室にいながらも前向きな壺井に、志郎は少し冷静さを取り戻した。


「ええ、そうましょう」



 前日、志郎は朝日たちと話し合いをした。朝日、真澄、志郎、香散見、合歓、藤次郎の六人はテーブルの席についた。朝日は久しぶりに帰ってきた志郎の顔を見れて嬉しかった。


「おかえり、志郎」


「はい、ただいま戻りました…と言ってもまた行かなければならないのですが」


 そう、帰ってきたわけではない。火原という鬼族を監視するためにどうしても志郎の協力が必要だった。そのことに朝日も理解していた。


「うん、何か僕にできることはないかな?」


 朝日の言葉に逡巡して話を進めた。


「今回集まってもらったのは明日、またあの鬼族が現れるということです。彼らの要求は火原の解放でしたが、それはできません。そしてもう一つの要件は火原を倒した者と話がしたいとのこと…あの時倒したのは聖子さんです。けれど狙いはあなたでしょう…。聖子さんもこの場に参加したかったのですが、それは私が止めました。」


 朝日はそれにうなづいた。


「そうだったんだ、あれ、糀は呼ばなかったの?」


「あの男が繊細な仕事ができると思いますか? 今回は適材適所です」


 朝日は糀が仲間外れにされて嫌がっているのが目に浮かんだ。志郎が嫌味っぽく言っているのもストレス発散でもあるのだろう。朝日に何かできないかと考えてふと閃いたのだ。


「それじゃ、話しあいなら一緒に食事するとかできないかな?」


 思ってもいない提案に真澄、香散見、合歓、藤次郎は目を見開く。


「朝日様、それは…どういう」


「突拍子もないことを言っているのは分かっている…」


 朝日は真澄たちの表情を見てたじろう。


「彼らの狙いは朝日様なんです、話しあいでは済まないでしょ」


 真澄の目が不安で揺らいでいた。朝日は少しでも取り除くように隣にいる真澄の小さな手をギュッと握りしめた。


「その時はその時だよ、それにもうあまり時間はないんでしょう?」


 朝日の笑う顔に真澄は言葉が詰まった。時間がない。そうもう時間が迫っているのだ。自分が窮地に立たされていることに反論することができなかった。


「朝日様」


 二人の様子に藤次郎は口を開いた。


「朝日様のご覚悟、しかと受け取りました。私たちは全力でお守りいたします」


 お辞儀をする兄に倣い、香散見と合歓は同じことをした。


「うん、それと自分の命も大事にね」


 朝日の言葉に藤次郎はうなづいた。


「はい」


 志郎に向かい口を開いた。


「志郎、それでどこで食事会ってすればいいんだろう?」


 朝日にとってはもう決定事項で志郎は悩んでいるのが少し馬鹿馬鹿しくなってきた。

それでも不安は変わらないが。


「それはあの鬼族と会って話し合わないといけませんね。…あの男には借りがありますから」


 最後の一言に志郎の低い声音にそれを聞いた朝日と藤次郎はびくりと肩が動いた。志郎に地獄の特訓をしたことがある二人にとって怒気に敏感だった。それをしたことがない真澄、香散見、合歓はどうしたのだろうと首を傾げたのだった。



〇〇


 志郎が去った後に朝日は気になって藤次郎たちに話した。


「借りって言ってだけど…あれって」


「ああ、あれは壺井さんのことに対してです。彼の一族は私たちに対して公平に扱ってくれましたから、余計に…あれは相当怒っていますよ、くわばら、くわばら」


 それを聞いて朝日は納得しながらもいずれ制裁が来るだろう火宮に哀れみを抱いたのだった。

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