第五話:トランス状態
時間は花火大会の日まで遡る。
花火大会が終わったその日疲労感がすごかった。妖気が突然現れたり、幼なじみが心配で花火大会を楽しむどころではなかった。
けれど無事に終わったことにホッとしたら気が抜けてしまい帰り着いた時にはシワにならないように浴衣にハンガーをかけるのが精一杯だった。
その日、花月は久しぶりに夢を見た。
〇〇
私は上に綿の衣と袴をつけていた。教科書で見るような服ではない昔の格好であり、髪の毛を一つに縛っていた。そして自分が何を持っていたかというと弓を持っていた。
矢羽をにぎり、獲物であるウサギに狙いを定めて、見事的中した。
それと同時に拍手と後方から声が聞こえた。男性である。
「お見事です、姉上」
「ワカヒト様、見られていたんですね。お恥ずかしい、このようなものしか狙えませんので」
「何を言います、姉上の矢は百発百中ではございませんか! それに的が小さい方が当てにくいですし」
狩りを褒めちぎる彼に私はお礼を述べた。
「ありがとうございます、ワカヒト様」
そういうとワカヒトと呼ばれた男性は眉間に皺を寄せた。私の態度に不満があるのか。ワカヒトの顔は目がくりっとしていて、顔立ちがはっきりとしている。まさに美少年だった。
『この二人は姉と弟になるのかと花月は思った』
けれど私はワカヒトの視線から逸らすと誰かが近ついてくるのがわかった。
「ワカヒト様、セオリツ姫がお待ちです」
「…わかった、それでは 姉上」
「はい、セオリツ姫にもよろしくお願いします」
ワカヒトには十二人の妃がいる。そしてその中でももっと格が高い正后がセオリツヒメとなる。
「はあ〜、我が弟ながらあんないいお嫁さんがもらえて嬉しいわね」
私はそう呟きながらワカヒトが去っていく方向を見つめた。
「ごめんね」
「私はあなたの気持ちに応えることはできない」
花月はそこで目を覚ました。そこにはいつも目を覚ます時に見る自分の部屋の天井が見えた。
『あれは夢…』
心臓の音がやけにうるさく感じた。まるでそこにいたかのようなリアル感に、何回体験しても慣れることはできなかった。それにしても、あのワカヒトという青年は弟だったのか。あんな美少年がいたらお姉さん、鼻が高いだろうな〜と花月は思った。
『それと他にも…』
花月は思い出そうとするが、霧がかかったようにぼんやりとした記憶しか思い出せない。けれど何か、重要なことを言っていたような気がしたのだ。
『なんて言っていたのかな』
ふとチラリと時計が目に入り花月は仰天する。時計の針は七時になっていた。
「あれ!? もう時間じゃない。早く準備しないと」
花月はバタバタと洗面場に向かう。その時にはもう、夢のことを忘れてしまっていた。
〇〇
朝日の家に行くとまず出迎えたのは二人の美女だった。
「おはようございます 香散見さん、合歓さん」
「おはよう〜 花月ちゃん 今日は朝から可愛いわね」
「姉さん、何だかそれおじさんっぽいですよ」
姉の言葉遣いを妹が嗜める風景も慣れて花月は何回見ても面白くて笑った。
「それじゃ、朝日ちゃんをお願いね」
香散見さんにそう言われて花月は元気よく答えた。花月は朝日の部屋に向かった。
「朝日ちゃん、朝だよ」
2回ぐらい声をかけるが返事がないのはいつものことなので花月は気にしない。
「入るね」
さっと障子を開けるとそこにはこんもりとした山があった。その中に眠っている住人に声をかけた。
「朝日ちゃん、朝だよ、起きて」
「う〜ん」
朝日が眠たそうな声が聞こえて花月は笑った。そしていつものセリフを口にした。
「おむすび作るから、一緒に食べよう」
そういうとパチリと目を覚ましたのだ
「…う、ん、 はなちゃ おはよ」
「うん、おはよう、朝日ちゃん それじゃ 私、おむすびを作ってくるね 二度寝しちゃダメだからね」
「うん…?」
朝日はその時不思議に思った。いつもはおむすびを作ってから彼女はここに来てくるなのにと。花月は台所に立つ背の高い男性を見て驚いた。
「おはようございます、志郎さん」
声をかけると全くの別人だったからである。
「あ、おはようございます。平野花月さんですね。話はうちの親父から話を聞いています」
花月はそれを聞いて驚いた。
「志郎さんの息子さんなんですか?」
「はい、藤次郎と言います 以後お見知り置きを」
「あ、私は平野花月と申します よろしくお願いします」
花月は慌てて自己紹介をして藤次郎に手を差し伸べられて恥ずかしそうに手を握った。いきなりの出会いに花月は心の準備ができていなかった。志郎は170くらいだが、藤次郎は2メートル近くあるので迫力が違った。
けれど花月は身近に小さい頃からりんという容姿端麗な存在があったため、順応していくのも早かった。
「あ、おにぎり作っても大丈夫ですか?」
「はい、私のことはお気遣いなく、いつものようにしてください」
話しかたも志郎に似ているなと花月は思いながらお礼を述べた。朝日、花月と真澄は先に朝食を食べることになった。朝食は白ごはん、オクラの味噌汁、塩じゃけ焼き、と卵焼きである。
朝から幸せを感じながら、花月たちは学校へと向かった。香散見たちはお弁当を渡し、玄関まで送った。
「いってらっしゃい 気をつけて」
「行ってきます」
香散見と合歓は三人を見送りながら口を開いた。
「はあ〜、私も久しぶりに学生気分を味わおうかしら」
「姉さん、もう学生を何十回目ですか」
香散見はこの性格と長命であるため新しい刺激に飢えていた。そして合歓は学生服に興味があったのでしばらく学生と偽り在校生になり、姉と共に楽しんでいた過去もある。
「我が妹よ、ことわざには一期一会ということわざがあるのを知っていますか」
「知っていますが…」
合歓の目がどんどんと白い目になっているのに、香散見が白熱しそうになったので長兄がそれを阻止した。
「それじゃ、私たちも朝ごはんを食べるか」
それにすぐ反応したのは合歓だった。
「ご飯、私がいきます」
合歓は藤次郎の後をついていった。二人が戻っていくのを香散見はあわてて後を追いかけた。
「ちょっと先に行かないでよ」
三人は朝食を食べおわり、朝日たちのことを話した。
「それにしても、花月ちゃんやっぱり可愛いわ。人気があるのも頷けるわ」
お茶をずずっと飲みながら口を開いた。
「そうなんですか、真澄姉さんの朝日様も人気があるみたいですが」
「あの三人、コスプレしたいわね」
香散見のこの時の何気ない呟きはいずれ現実のものになるとは彼女も予想していなかった。
〇〇
同時刻=朝日は嫌な予感がした。ゾクリとするような感触に朝日は体調を崩したのかと考えたが朝は何もなかったと思い直す。
『ちょっと昼休み話しかけてみるか』
昼休みになり、朝日、真澄、桃華、友希子、麻里子のお馴染みの友人で向かったのは弁当を持ってきた人が食べられるスペースを設けられているところである。
10月は秋であるが、まだ蒸し暑さが残っており、屋根があるところがいいかもと友希子が提案したのだ。
花月たちが向かうと男子グループがあり、弁当を広げながらはしゃいでいた。けれど女子たちが入ってくるのを見て、話題は女子たちの、花月たちの話題になった。
その視線を朝日、真澄は気づいていたが、無視をした。けれど人並み以上に彼らの聴覚は無視することはできなかった。
『なあ、あの女の子のうちのどれが好みだ』
男子はコソコソと喋り始める。
『俺はショートの娘かな 元気な感じがいい』
『へ〜 そうなんだ 俺は髪が長い子が好きだから、あの二人いいかも 大人しそうなのも』
このグループの中で髪が長いのは朝日、真澄、桃華であるがおとなしいというので桃華は除外される。
『俺は眼鏡っ子好きだから、あの子いいな』
これが自分のことだと朝日は確信した。メガネをかけているのがグループの中で一人しかいないからだ。早く食べ終えて、この場から去りたかった。それに真澄は念話で朝日に話しかける。
『朝日様 あの者たちをどうゆう情操教育をされているのでしょうか』
『真澄、相手は子供なんだから』
朝日は怒っている真澄を宥めているとまた少年たちの声が聞こえてきた。
『じゃあ、お前らあのグループの中で誰がスタイルがいいと思う』
『そりゃ背が高い方じゃね』
『俺はセミロングの子がいいと思うな』
じっとその視線は花月に向いていることに朝日は気づいた。
『真澄やっぱりこうゆうことは節度を守った方がいいと思う』
朝日の手のひら返しに真澄はしばし言葉を失った。
『へえ〜、あの子か 声かけてみる?』
男子たちが面白そうに話をしているのを耳にしながら、こちらの方を見ているが、近づいてくる気配がないのでほっとした。昼ごはんを食べ終わり、花月たちは花火大会の話をした。
「そういえば、花火大会、すごかったね」
麻里子が感想を述べると、花月はうなづいた。
「うん、あ、そういえば 菊理ちゃんからも、友紀ちゃんたちにお礼を言ってほしいって」
「ああ、あの子ね」
友希子はどこで出会ったのか知らないのでそこで話は終わった。
「花ちゃん」
「うん、何 朝日ちゃん?」
朝日はどのタイミングで話そうかと迷ったが、今しかないと口を開いた。
「今日もしかして 朝から眠かったんじゃない?」
花月は両親が亡くなってからあまり自分の弱いところを見せようとしない。起こしに来た時に感じたのはこれだった。
「朝日ちゃん、どうしてわかったの?」
びっくりしたように花月は朝日を見つめた。
「え、あ、まあ〜 幼なじみで小さい頃から見ていたし」
朝日は少し恥ずかしそうに目線を逸らした。それに花月は心配してくれたのが嬉しく素直に答えた。
「うん、昨日はちょっと変な夢を見ちゃって」
「変な夢…そういえば、前もそんなこと言っていたね」
「うん、なんか私が昔の服を着ていてね、まるで私がそこにいたかのような感じだった」
それに答えたのは話を聞いていた桃華だった。
「一種のトランス状態だったのかもね」
「トランス状態?」
「イタコやシャーマンって言って自分の肉体をおろすということよ。花月の場合は擬似体験をしたってところかしら、もしくは花月の前世だったりして」
「前世…」
「へ〜、桃華ちゃんってオカルト興味あるんだ」
それに麻里子は好奇心がくすぐられる。桃華は花月の悩みを聞いて咄嗟に答えてしまったことにしまったと気づいたがもう遅い。
「まあ、ちょっとね」
桃華はなんでも無いような表情に花月は苦笑する。元々桃華は嘘をつくほど器用ではない。思っていることは顔に出てしまい口に出してしまうタイプである。花月は困っている桃華から好奇心の目を逸らすために話を進めた。
「それで、その人は弟がいたらしくてその弟さんには十二人の奥さんがいたらしいの」
「へえ、ハーレムじゃん、弟さんはお金持ちの権力者ってとこかしら」
「そうかも」
「それはあながち本当だと思います」
それに答えたのは真澄だった。まさかこの話に真澄が加わってくるとは思っていなかったからだ。
「そうなの?」と麻里子が首を傾げた。
「はい、昔平安時代は一夫一妻制でしたが、妾を持つこともありまして、戦国時代は子孫を絶やさないために側室を迎えたという家もあります」
スラスラという真澄にまるで当時を見てきたかのような口ぶりに花月たちは感心する。実際、真澄は産みの母の瑠璃から人の生活の営みなどを教えられ、戦国時代も見てきたのである。
特に麻里子が不審がるところはなかったのは桃華とオカルトという話にギャップがあったからだが、真澄は違和感を感じなかった。
「へえ、じゃあその弟くんはめっちゃモテモテってことだね」
「うん、そんな弟がいたらお姉さん大変だね」
麻里子の言葉に花月は笑いながら答えた。
「そういえば、次の時間は文化祭の催しものを決めるんだよね」
夢の話が終わることを察して次に答えたのは友希子である。
「あ、そうだね、なんに決まるんだろう」
談笑しながら昼休みは終わった。




