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第三話:飲み込みが早くて助かるわ


聖子についていくように歩いていくと、どこか下町情緒あふれた街並みが現れた。そこを歩いていくと大きな門構えの前で聖子の足が止まった。


「ここが我が主人、朝日様のお家さ」


「ここが…」


 見るからに立派な門構えによほどの金持ちが住んでいるのと思うほどである。東京のしかも街中に住むのはどれだけ大変なのか社会人になってからようやくわかった。


 銀座の一坪の価格が150万円ぐらいであればこの家の坪は100くらいだろう。年数を重ねている場合もあるかと思わず考えてしまった。


「こんな街中に日本家屋なんて珍しいからね、アメリカからの東京の大空襲で燃えちまったからね」


「そうだったんですか…」


 安久はその頃はもちろん生まれてもいない。知り合いも勿論いないが、大勢の日本人が殺されたと知り複雑な気持ちを抱いた。


「それじゃ、行こうか」


 センチメンタルになってしまったが、今回ここまで来たのは日本とアメリカの歴史を聞くためではない。安久はなんとか頭の中を切り替えるように努める。その間に聖子は呼び鈴を鳴らすと女性の声が聞こえた。


「はい、代永です」


「ああ、真澄か 聖子だ」


「聖子さん、お待ちしていました」


 玄関までに見事な庭園があり、安久は目移りした。玄関を開けたのは白い着物を着た女性だった。歳は妹の菜乃葉と同じぐらいに見えた。


「おはようございます、聖子さん、そして…安久さんですね」


「おはようございます」


 安久はしっかりとお辞儀をした。


「まずは中に入ってそれから話をしましょう」


 真澄にそう言われて聖子はうなづいた。室内には着物を着た大柄な男性がお茶の準備をしていた。見覚えのある男性に安久は思わず凝視してしまった。


「あ、聖子姉さん、おはようございます」


「おはよう、藤次郎 そういえばあの時会っていたわね、安久さん」


 安久は藤次郎の目を見てはっきりと告げた。


「あの時はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


「迷惑をかけたのはお前というよりお前を操っていた主人、いや元主人か…火原が悪いだろう」


 藤次郎は強面だが気遣ってくれる言葉に安久はありがたかった。席に座るとワンレンの髪型をした細身の女性がお盆にお茶菓子を乗せて持ってきた。キリッとした目尻に鋭い目つきが 唇はふっくらとしており色気を感じた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 安久の顔をじっと香散見は見つめた。


「あの私の顔に何かついています?」


「いや、失礼しました。私の名前は香散見と申します。以後お見知り置きを」


「こちらこそよろしくお願いします。私の名前は安久と申します」


 そしていまだに自分を凝視してくることに安久は困惑した。どうしたものかと聖子に助けを求めるが苦笑していた。日常的なことかと思案していると、その時に次に入ってきたのは和服とゴスロリの着物を着たおかっぱの女性だった。


「姉さん、お客さんを困らせないでね」


「は〜い」


 妹と言われた香散見は気だるそうに返事をした。


「私は合歓と申します。これからよろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします」



〇〇



 そして最後に入ってきたのは黒髪の美少女が二人。一人はメガネをつけており、黒髪は腰ぐらいの長さである。メガネで顔立ちは分かりにくいがよく見ると整っていることがわかる。もう一人は白い着物を着た少女で神秘的な雰囲気を纏っていた。


「初めまして、私は代永朝日と申します。そして」


 真澄は声を上げた。


「私は朝日様の従者の白河真澄と申します」


 真澄が綺麗にお辞儀をすると安久もそれに倣って挨拶を返した。


「あ、初めまして高橋安久と申します。今後ともよろしくお願いします」


 それぞれの挨拶が終わり朝日と真澄も席に座ったことでようやく本題に入った。進行は藤次郎が進めることになった。


「それでは本題に入ります。今回お二人に来てもらったのは顔合わせと事件があったことを知らせるためです」


「事件?」


 安久のポツリとした呟きに、藤次郎は聖子に視線を向けた。


「聖子姉さん、まだ事件のことを彼に」


 藤次郎の視線から逃げるように聖子は目を伏せた。


「ああ、まだ伝えていない」


「…わかりました。安久くんに伝えますね」


「すまない」


 それだけ聖子にとって安久はかけがえのないのない存在ということである。それを藤次郎も感じたからこそ、問い詰めるようなことはしなかった。


「安久くん、ある事件というのは陰陽局という機関が襲撃されたということです」


「陰陽局…?」


「「陰」と「陽」とかいて「陰陽」イメージしやすいのは陰陽師でしょうか」


「あ、それなら分かります」


「その陰陽師が大勢いるところを襲撃した犯人がいるんです。そして犯人があなたと同じ鬼族です」


「え…」


 思わぬ言葉に安久は頭が真っ白になる。そして思い出す。自分が殺されたあの日、復讐に囚われて自分の手を汚したことを。


 胸がバクバクとした。嫌な耳鳴りが頭の中に響く。


「安久!」


 凛とした声がもやを一斉に払った。


「大丈夫だ!今は私がそばにいるだろ?」 


「…聖子さん」


 聖子の温かい手のひらの温もりが恐怖と冷え切った心を溶かしてく。


「ありがとうございます…っ 聖子さん」


「大丈夫ですか、少し休んでから…」


 藤次郎は安久の顔色を見てから気遣ったが、当人が首を小さく横に振った。


「いえ、ここに来たのもあまり時間がないってことですよね 、何があったのか私は知りたいです」


 安久のしっかりとした声に藤次郎は聖子と朝日を見てうなづいた。


「分かりました。その鬼族は陰陽局の管理官の壺井桐枝さんにとある交渉を持ちかけてきたのです」


「交渉?」


「はい、捕らえている火原の解放が叶わない場合はそれを捕らえたものにある方が興味を持ったとのこと、ある方というのは火原とそしてその鬼族の主人だと推測しますが、何か心当たりはありませんか?」


 そう言われた安久は思い出そうとすると何も思い当たることはなかった。


「すみません 何も分かりません。私が分かるのは『鬼神族』というのが3つの一族に分かれていることぐらいしか…」




「三つの一族?」


 それは藤次郎であっても、予想だにしない情報だったため言葉が見つからなかった。

疑問を呈したのは朝日だった。


「はい、鬼神族は三つに分かれています。私がいたのは焔の一族、他には藍の一族、黄の一族があります。それぞれに一族は能力を持っています。


 (えん)の一族は「火」

 (あい)の一族は「水」

 (こう)の一族は「雷」


の性質を持っています。例えばそうですね…。焔の一族は火の性質に長けており、燃やすことに特化しています。何の触媒がなくとも物体を上昇させたり、蒸発させることができます。あの火原は自分の血液を使って発火させて攻撃を得意としていました」


「なるほど、だからいきなり燃え上がったんだね 」


 それに驚いたように声を上げたのは朝日だった。それに安久は違和感を感じた。


『あの時彼女はいなかったはずだけど…』


 気を取り直して言葉を進めた。


「それで一族はまた能力が強ければ強いほど応用、派生することができるらしいんです。例えば藍の一族は水に長けているので水は植物を育てる力があります。それを利用すると大きな武器となります。私が知っているのはこれぐらいでしょうか」


「なるほど、貴重な情報をありがとうございます。急ぎ、親父に知らせるので少々お待ちください」


「うん、わかった」


 藤次郎の確認に朝日はうなづくと、足早く退室した。


「安久さん」


 朝日に呼ばれた安久は視線を向けた。


「ありがとうございます、鬼族の情報があまりにも少なくて不確かなものが多かったので」


「いえ、お役に立てて良かったです」


 安久は嬉しそうに顔をほころばせた。その笑顔に隣にいた聖子も嬉しそうに微笑んだ。


「良かったね、安久くん」


「聖子さん、はい」


 じっと見つめ合う二人に朝日、香散見、合歓はここに居続けていいものかと考え始めた。


「そういえば、これから安久くんも生活しなきゃいけないし、姿を変えた方がいけなわね」


 香散見の何気ない一言に二人の世界に入っていた聖子と安久は現実に引き戻される。


「へ、変装」


「脅されていたとはいえ、悪事をしていたの事実。あなたの知り合いに会っても、自分の正体を明かしてはいけない」


 香散見の真剣な目つきに安久はピシッと背筋を伸ばした。


「はい、それはもちろん」


「うん、それで安久くんの顔写真を見て思ったんだけど、ちょっと道具を持ってくるから」


 香散見はパタパタと出ていった。どんな変装になるのか安久は楽しみだったが、その向かいで香散見が笑顔になるの見た朝日はどこか遠い目をしていた。


〇〇



 そして満を持して香散見が開けて入ってきた。その両腕に大きな手提げ袋を抱えて。


「お待たせ、さ、安久くん ちょっといいかしら」


「あ、はい 分かりました」


 安久は香散見に呼ばれて立ちあがろうとした時に朝日は声をかけた。


「安久さん、何かあったら声をあげていいですからね」


「え、あ はい、分かりました…?」


 まるで今から危ないところに行くのを心配する親のような言葉に安久は不安がよぎった。けれど聖子がいる手前、男として尻込みすることはできなかった。


「あ、朝日様達はゆっくりしていってね。すぐに終わらせてくるから、うふふ」


 不穏な笑い声と共に香散見と安久は一室に向かった。


「ここって本当に広いですね」


「まあ、部屋もいっぱいあるし、さてそれでは始めましょうか」


 香散見が襖を閉じた。その手には鬘となぜか女の子が着る制服を持っていた。


「あの、つかぬことをお聞きしますが…」


「何、安久くん?」


 ニコニコと詰め寄ってくる香散見に安久は初めて恐怖を覚えた。


「私には女性が着る服にしか見えないのですが…」


「ええ、これは間違いなく女性の服よ」


 安久は額から汗をかく。


「というと私が今からするのは女装ということで」


「飲み込みが早くて助かるわ」


 ジリジリと距離を詰めてくる香散見に安久はあとずさる。


「あの女装はスカートを履かないといけないんでしょうか…!?」


「うん? まあ、そうね ズボンでもいいと思うわ」


「ぜひ、ズボンでお願いします」


「そうね、朝日様も下にズボン履いているし」


 それを安久は聞き逃さなかった。


「どうして朝日様の名前が」


「言ってなかったわね 朝日様はあなたと同じ男性よ」


「え」


「そしてあなたを救った御影様でもあるわ」


「本当ですか!?」


「ええ、嘘言っても何の得にもならないからね」


 もっともなことを香散見に言われて安久は言葉を失う。先ほど朝日が言っていた火原の能力に驚いていたのも違和感についても納得である。実際にその場にいないといえない感想だったから。


「朝日様が御影様だったとは…」


「ええ、訳あって命を狙われているから変装をしているの」


「そうだったんですね」


 あんな小さい子が我慢をしているのに自分は何を恥ずかしがっているのかと安久は思った。実際は朝日の方が年上なのだが。


「香散見さんと呼んでもいいですか?」


「ええ」


「香散見さん、完璧に僕を女の子にしてください」


「その心意気いいわね ふふ、腕がなるわ」


 そしてあっという間に時間が経過した。


「ふう〜、こんなものかしら」


目を瞑っていた安久は自分の姿を確認した。


「これが私の新しい姿」


「それじゃ、お披露目に行きましょうか」


「はい」


 香散見と安久は聖子達が待つ部屋へと戻っていった。


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