第二話:小さな胸の痛み
『御影様』
シンとした空間にポツリとした一言は響く。そしてそれがさざなみのように広がっていく。
『 御影様ってあれだろ? 都市伝説じゃないのか』
『いや、俺の知り合いのじいちゃんは助けられたことがあるから実際にはいるぞ』
大勢のものが小声で話し合う様子に志郎はお面の内側で苦笑する。御影様を見たものが少ないのは志郎が事件の被害者の記憶を操作しているからだ。なので立川と足立、憲暁や光秀など姿を知っている方が珍しいのだ。
けれど事態は窮する。
火原を討伐したのは誰なのか、その場にいた関係者は知っているし、隠蔽するのも難しい。ならば御影様という存在を明るみにし狙われていることを周知する必要があると志郎は決断した。
「私が狭間区の住人です。狭間区の守り人は御影様ですので、私が選ばれたのも理由の一つです」
驚くものが多い中、憲暁はまた違った意味でそれを聞いて驚愕する。
『あいつが狙われている。なんであいつが』
「…りあき、憲暁!」
呼んでいるのは秀光だった。
少し焦った様子に今は質問の途中だったと思い出す。肩を叩かれたおかげで憲暁は現実に引き戻されて、リンドウに向かい礼を述べた。
「ありがとうございます。質問は以上です」
「はい、質問は他にございませんか?」
憲暁にうなづき、志郎は周囲に質問したいものが他にいないことを確認してから今後のことを述べた。
「今回の襲撃は予想できませんでしたが、次は予想できます」
「また来るんですか? 鬼族が」
ざわつく人々が戦々恐々とする。
「残念ながら来ます。ですが狙いはわかっています。彼らの目的も、なので来る日に備えて警備を強化することにします」
そう話を締めくくり、志郎は話を終えた。そして最後を挨拶を政則がして会合が終わった。
〇〇
立川と足立は会合が終わり、浮遊感がおぼつかなかった。
「御影様ってあの子のことですよね」
「ああ、あの人しかいないと思うが」
「まさか、御影様が狙われる事態になるなんて、しかも鬼族ってよっぽど強い人?じゃなかった妖なんですよね」
陰陽師の人たちが顔が青ざめていたのが印象的だった。
「そうだな 俺たち警察は専門外だし、一応警部に報告しないとな」
「はい」
立川と足立は警視庁に戻って行った。
〇〇
会合が終わり、頭の中が整理つかなかったのは二人だけではない。それは彼も一緒だった。
『あいつが狙われている』
あの花火大会が終わってから一度も会っていない。新しくなった代理が言っているのなら、あいつの安否は大丈夫なのだろうと信じるしかない。それよりも鬼族がどれだけ強いのか、憲暁は予想ができなかった。考えいてもしょうがないと息を吐いた。
「のりあきくん」
ぷにっとほおをこづかれる感触に我に帰った。
「お家に帰りますよ」
ぶすぶすと容赦無くする幼馴染の指を掴んで憮然と言葉を放った。
「やめろ」
〇〇
陰陽局が襲撃に遭い、壺井が倒れたことを知ったのは襲撃があったその翌日の早朝であった。朝日は何やら騒がしいことにいつもより早く目が覚めてしまった。今日は日曜日なので学校が休みである。
いつも静かであるのに、音が聞こえることになんだろうと不思議に思った。
『何かあったのか?』
一度目を開くと眠れなくなってしまった二度寝することなく朝日は起き上がることにした。障子を開けると、ポツリと向こうの方に明かりが見えた。まだ朝の5時くらいなので周囲は薄暗い。朝日は眠りまなこで明かりがある方に向かった。
障子の中から話し声が聞こえた。開けるとそこには真澄、それと志郎の代わりに居候することになった香散見と合歓と藤次郎の全員がいたので少し驚いた。
「朝日様、起きてしまいましたか?」
真澄は朝日の姿を見て目を見開く。
「うん、こんなに集まって何かあったの?」
朝日がふと思ったことを述べただけなのだが真澄はそれに口ごもる。
「それは…」
言いにくそうな真澄を見かねた奥にいた藤次郎は助太刀した。
「ここは私が言います、よろしいですか?」
「藤次郎くん、いいえ 私が告げます」
真澄は藤次郎にフォローに少し冷静さを取り戻した。その表情を見て朝日は胸騒ぎがした。
「昨晩、いえ、真夜中に陰陽局が襲撃にあったとのことです」
「襲撃!?」
「はい、そこで陰陽局にいた桐枝さんが倒れたとのこと」
「え、桐枝さんが!?」
壺井桐枝を知ったのは昭和時代の頃だった。メガネをかけて恥ずかしそうに俯く少年だった。彼の父親も管理官をしていて、その父が亡くなって後を引き継いだのが桐枝だった。
「容体はどうなの…?」
「今は眠っているとのこと、けれど強い妖気に充てられてしまい憔悴してしまったとのこと」
「強い妖気!?」
桐枝は幼い頃から陰陽局に通い、鍛錬を受けている。そして今の彼は並の妖怪では歯がたたないほどの手練れである。その彼がどうしてと朝日は分からなかった。よほど強い相手だったのかと推察すると、
「犯人は鬼族と呼ばれる妖です」
「え」
思ってもいない妖怪の名前に朝日は虚をつかれる。
「鬼族、鬼族って確か」
それに香散見と合歓が口をひらく。
「花火大会の後に捕らえたものが鬼族でしたよね」
「うん、そうだったね 名前は確か火原っていう男で」
赤いツノを生やした鬼だった。
「その火原を解放するように桐枝さんを脅迫したらしいのですが、それを桐枝さんは断り、それが叶わぬのならある要求をしてきました」
「あること?」
香散見と合歓は目を合わせて口を開いた。
「彼はこう言ったそうです。『ある方が御影様に興味を抱いたということ』」
「ある方っていうのは」
それに答えたのは藤次郎である。
「鬼族は得体の知れない一族だだ、唯一分かっていることがあります。それは使える主人がいるということ」
「主人っていうことは鬼族よりも強いってことですか!?」
あの火原という鬼族も強かった。取り押さえることができたのは聖子が力を解放したからだ。何かあった時のために志郎も近くにいたが。
「はい、彼らは鬼神族というそうです」
「おにがみぞく」
漢字に当てはめると鬼の神。火原よりも強い鬼が御影様に興味を抱いた。朝日はそのことに罪悪感を覚えた。
『僕が出ていかなければ、桐枝さんは…倒れることはなかったのかな』
ポツリとしたつぶやきに香散見と合歓、藤次郎はどうしたものかと口ごもる。沈黙を破ったのは真澄だった。
「朝日様、私の目を見てください」
真澄の真剣な声に俯いていた朝日は無視することができなかった。
「真澄…」
「朝日様はあの時後悔されていますか?聖子さんと安久さん、お二人を助けたことを」
「それは、ない」
即断だった。あの時、聖子の初めて見る切羽詰まった表情は忘れられない。大事なものが目の前で傷つけらているのに何もできないのは自分も分かる。
「あの時の決断、もしされていなければお二人はどうなっていたかわかりません。私たちにとって聖子さんは家族の一員ですので」
「真澄、ありがとう」
穏やかな声音に重く沈んでいた心が溶き解されていくのを朝日は感じた。
「いいえ、それでは今後のことを話し合いましょうか」
咄嗟にした大胆な行動に恥ずかしそうに真澄は俯いた。そのほおが赤かったのを香散見、合歓、藤次郎は見逃さなかったが何も言わなかった。
「親父が捕らえた火原の見張り番だったが壺井さんが休むことになって、代わりを務めることになりました」
「そうだったんだ、それじゃしばらくは帰れないね」
朝日はいつも志郎の姿を目にするのは当たり前だったので少し寂しい気持ちになったが、それは彼の息子である藤次郎も同じことである。朝日はチラリと藤次郎の顔を伺うと彼は笑っていた。
「そのセリフ、親父が聞くと喜びそうですね」
「っそれは恥ずかしいから言わないで」
「ふふ、分かりました」
何気ない会話だが、昔の話をしてから藤次郎の表情が柔らかくなったのを朝日は感じた。
「それでは、もうこの時間ですし朝の支度をしましょう 何か食べたいものがありますか?」
香散見は卵焼き、合歓は焼き魚、藤次郎は青菜の胡麻和えを希望した。
「朝日様は?」
「僕はおにぎりかな」
朝日は嬉しそうに答えた。
〇〇
木造二階建てのアパートの一室を聖子の名義で借りている。つい最近までは一人だった…彼が訪れるまでは。彼、高橋安久は元人間の鬼族である。花火大会で安久の主人である火原を倒し、朝日は安久の主人となった。
そのおかげで血で縛られることはなくなり解放され自由の身となったのだ。そして聖子は収監されていた安久を迎えに行った。安久の驚いた表情は新鮮で少し経った今でも胸の中がくすぐったくなる。
「ここが新しい住まいだ、少し古いけど中は改装されていて快適だぞ」
「はい、あの 聖子さん」
おずおずと安久は聖子を見上げた次の瞬間に深く腰を折った。
「うん?」
「ありがとうございます、僕を助けてくれて…お礼ちゃんと言えていなかったと思って」
「頭を上げてくれ、知り合いが危ないのに何もできいなんて嫌だからね」
聖子の言葉に何か違和感を感じた。自分は聖子のそれも昔好きだった人によく似ているらしいが安久にとってけれどそれを理由にして欲しくなかった。けれどそれを口にしなかったのは、
『聖子さんにはこれ以上迷惑をかけたくない』
彼女がしてくれたのは人助けだと、そう安久は心に暗示をかけた。
〇〇
出所してから少し経ち、聖子に緊急の知らせが志郎の息子である藤次郎から届いた。
『藤次郎、どうしたんだい』
「聖子姉さん、火急の知らせです。落ち着いて聞いてください」
『何かあったんだね』
「昨日の真夜中に陰陽局が襲撃に遭いました そして管理局の壺井さんが倒れたとのこと」
一瞬思考が停止した。そして聖子が口を開くのを藤次郎は待った。
『桐枝ちゃんの容体は?』
「外傷はないのですが、強い妖気に充てられて今、入院されています。しばらくは仕事ができないのでその間に親父が務めることになりました」
「わかった。一時間後にそっちに行って大丈夫かい?」
「はい、お待ちしています」
それを最後に電話を切った。恐れていた事態が急展開すぎて聖子は息を吐いた。眠っている安久を聖子は起こしに向かった。
「安久くん、朝早いが起きてくれないか」
時間はまだ7時前。学生でもない彼にとって早い起床である。けれど安久はすでに起きていて布団をしまっていた。
「聖子さん、おはようございます」
聖子の顔を見て安久は何かを感じ取った。
「何かありましたか?」
「ああ、悪いが朝食の前に一緒にいいかい? 今から主人の家に向かう」
「はい」
聖子と安久は電車を使い朝日の家に向かった。安久は生前の知り合いにあってもバレないように変装をした。
「あの聞いてもいいですか」
「何だ」
「ある家ってのは」
「ああ、そうだったな 君の血を解放してくれた人であり、私が仕える主人である」
聖子の優しい声音に安久はちくりと胸がいたんだ。




