第四十七話:豊島、退路を絶たれる
聖子は一時的に帰ることになり、気絶していた豊島は翌日に目を覚ました。ちょうど足立と立川を待機していたのですぐにわかった。
まずは医師に診断されて外傷は打撲痕っと擦り傷ですぐに退院できるとのことだった。だが体よりもメンタルのダメージの方が大きかった彼は気が動転しており人目も憚らず叫び声を上げる。
「娘は妻は無事なのか!?」
必死の形相に近くに控えていた立川は対応した。
「娘さんは無事です、奥さんも」
その言葉に豊島はホッとしたののか少し溜飲を下げた。
「起きたばかりで申し訳ないのですが事情聴取をしたいのですが」
「っ、私は何もやっていない 彼が、脅迫して 娘を!?」
自分は被害者なんだと言おうとする豊島に阿倍野と加茂野からの調査報告書で罪状を知っている足立がバッサリと切り捨てる。
「豊島社長、もう証拠は出てきています」
「な…んだと…!?」
書類がばさりと出てきた。それは自分が隠していた株を売買した契約書に他ならなかった。
「これはあいつらに隠してもらっていた…!?」
思わぬものに本音がポロリと溢れた。ハッとして口に手を押さえたがもう遅い。
「あいつらとは、豊島社長?」
足立の言葉に豊島は言葉に詰まり視線を逸らす。沈黙に耐えきれないのと警察に勘付かれたことに観念した。
「あいつらというのは…」
それで豊島はポロポロと話し始めた。裏のコミュニティで裏社会であるヤクザの組長と仲良くなり会社の株を売るように仕向けたこと。そして、自分とヤクザとの関係があることに気づかれてしまったこと。
「まさか、殺すとは思わなかったんだ」
足立は豊島を見てそれが演技だと気づいた。
「思わなかったとしてもあなたが殺人の幇助をしたことに間違いはありません。言質は取れた、行くぞ」
「はい」
「ま、待ってくれ。まだ話が」
立川はなおも言い訳をしようとする豊島を見て黙ってはいられなかった。
「彼が言っていました」
「…?」
いきなり立川の方に話し掛けられて呆然とする。
「娘さんを、自分の家族を大切にって」
豊島はその言葉を失う。自分のせいで殺されたのに他人の家族の心配をする彼に。もう言い訳する気力もなくなり、がくりと力を失った。
〇〇
足立は気が重くなりながら携帯を出した。高橋安久の母親がいる家に電話をかけた。
「はい、高橋です」
出たのは女性の声だった。
「すみません、警察のものなのですか」
「え、あ はい もしかして、息子が見つかったのですか!?」
「…はい、息子さんは」
いい澱む立川に何かを感じたのだろう理恵子は察した。
「…なんとなく、わかっていたんです。あの子は三日に一回は電話をかけてましたもの」
最初は家が忙しいと生活が大変なのかと思っていましたが息子が私の手の届かないところに行ってしまったと…。
「…ご愁傷様です。一度警察の方に来ていただけませんか」
「はい、早くて明日にでも」
「分かりました、お待ちしています」
それを近くで聞いていた立川はすぐにお茶を出した。
「ああ、ありがとな」
ぐいっと熱いお茶を飲むとその喉越しがじんわりとする。
「明日、彼のご遺族が来る。準備しておけ」
「分かりました」
足立と立川は高橋安久が山の中で殺されたという供述から調査することになった。そこで何人もの人間が殺され発見された。
どうして今になって発見されたのか。人が今まで誰も来なかったのかと立川と足立は不思議がる。阿倍野と加茂野の他にも陰陽局のものである青野=志郎を呼んだ。青野がきたのはこの事件に大きく関わっているのと、情報に支障をきたさないためでもあるとの陰陽局からの指示である。
何はともあれ人里離れた山の中でもある。刑事になって何件も乗り越えてきているが恐怖を感じないわけではない。人手がある方が安心感が段違いである。それがプロであるとなお違う。
「足立さん、立川さん、これを見てくれますか?」
「これ?」
「何かあるんですか?」
「ここに結界が張っていますね」
「結界!?」
「この結界のせいで村の人たちが気づかなかったんでしょう」
「そうなんですか?」
そう言いながら立川は不用心に結界に触ろうとした時に青野は叫びそうになった。
「触ったらー!?」
その時不思議なことが起きた。結界が反応するかと思えば、その対象を弾くのだが立川は結界をすり抜けた。
『どういうことだ、彼が人間だからか?』
じっと険しい瞳で見ると怒られた立川は思わず固まっていた。
「えっと、僕、何かまずいことをしましたか」
挙動不審になる立川に青野に問いかける。
「…すみません、私の早合点でした」
青野はその場で謝罪すると立川はホッとした。
『青野さんって優しそうな顔だけど怒ると怖そうだな…』
違う意味でドキドキしながら歩いて行った。一連のことに阿倍野と加茂野、足立もハラハラしながら見守った。感情的になるのがまずいとわかっているからだ。
『まだこうゆう現場に来るのは早すぎたか、だが現場になれねえとあいつのためにもならないしな』
足立は先輩として後輩を心配していると嫌な臭いをかぎとった。死臭である。そこら中に遺体が転がっていたのだ。その凄惨な光景にに慣れている足立も動揺するぐらいである。
「これは…」
「ここで間違いないようですね」
「はい」
まずはその場を清めてもらい、遺体を弔った。そして足立と立川は実況見分をする。
「どれも人間ではできない芸当ですね」
「ああ」
そして、周囲を見ると大穴が見えた。陰陽局で安久が話した供述通りに辻褄が合っていた。
『ここに彼が埋められていたんですね』
「こんなことになっていたなんて人が通らなかったんでしょうか」
立川の疑問に青野が答えた。
「だからこそ結界を張っていたのでしょう。あれで人払いと臭いがなくなりますので」
「なるほど」
「ここで鬼族に呼びかけられて、彼と契約をしてここにいる人たちを皆殺しにしたんですね。そして不審に思われないために関わっているヤクザに暗示をかけたりしたから、ヤクザも豊島も今まで異変に気づかなかった」
「まあ、要約するとそうですね。ヤクザの方はともかく、豊島の方には余罪がまだありそうなので追求します」
「はい、よろしくお願いします。そこでなのですが、彼の遺体を用意しないといけませんね」
「…え」
「彼とは今、収容所にいる安久君のことですか」
「はい」
突拍子もないこと言葉に足立と立川は面を食らった。
「それは」
「人としての彼はなくなっているんです。彼は確かに生きていますが」
「 それはご遺族に嘘をつくってことですか」
「本当のことを話せますか、あなたのご子息が人間では亡くなったと 不可抗力とはいえ人を殺してしまったこと」
「!」
足立と立川は青野の言葉に黙って聞くことしかできなかった。切り替えの早かったのは足立だった。
「確かに信じられないでしょうね」
「ええ、私は帰ったら準備をしますので遺体の方は後日警察局の安置所にお送りします」
「よろしくお願いします」
立川と足立は志郎に礼をした。後日、偽の遺体は安置所に送られ、立川と足立はその出来栄えを見て驚いた。それは今にも目を覚ましそうな彼がいた。
今回特別に志郎が手を貸すことになったのは家族としての計らいでもあった。
〇〇
阿倍野と加茂野は帰りの車の中でこんな会話をした。立川と足立の前で話せる雰囲気ではなかった理由もある。この手の話は専門向けの話であったため。
「いや〜すげえな 死体の偽装って、間違いなく犯罪で違法だが」
「ええ、そうですね あなただったらできますか 死体の偽装なんて」
「はあ、俺はしねえよ、まずバレたら捕まるだろうしな」
「そうですよね」
そう、これがまともな反応である。だが彼には一切の躊躇がなかった。それが当たり前のように。何か阿倍野は踏み入ってはいけないような気がして口に出さなかった。