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第四十四話:大切な人へ贈る言葉


 目の前の二人を倒して火原は安久を殺そうと思っていたが苦戦を強いられる。一人ぐらい多くても勝てると思っていたのが悪手だった。


 火原は自分の手に炎を発生することができる距離があっても攻撃することができる。それなら藤次郎の方が刀を使う朝日より相性が良かった。スピードと力も藤次郎の方が勝っていた。



 戦って30分しか経たないが藤次郎の身のこなしといい、すぐに勝てないのはわかった。


『このままではジリ貧だ』


 彼はなんとか抜け出せないか考えた時だった。林の奥から出てきたのは逃げ去っていった聖子と安久だった。



 朝日は聖子を見て念話で問いかける。


『もう大丈夫なの?』


『はい、ご心配をおかけしました』


 聖子の安心した表情を見て朝日は安堵した。彼女の泣いた表情なんて初めて見た時は気がそぞろになった。そして怒りが沸々と沸き上がった。



 火原は二人の登場に驚き、わざわざ戻ってきたのかと思った。


「はは、お仲間さんがせっかく逃したのに何か忘れ物ですか?」


 いかにも小馬鹿にしたような態度に聖子はおかしくて笑った。


「そんな態度をとっていいんですかね。その男の命は私が握っているんですよ」


 火原は聖子を脅迫する。しかしその目には恐怖など微塵も感じなかった。聖子は朝日と藤次郎に目をやった。


『暴れていいかしら』


「ええ、存分に」


 朝日が発した言葉に気を取られて火原は気がつくのが遅れた。聖子は持ち前の俊足で近づき、怪力を込めた拳で彼のほおを殴りつけた。その衝撃に火原は顔面を抉られ10メートルほど吹き飛ばされていた。


「ぐは!?」



 その衝撃で数本の木が薙ぎ倒される。それにみていた朝日、藤次郎と安久はあっけに取られる。暴れていいとは言ったが加減はした方がいいのではと朝日は言い遅れた。


「さて、まだまだこんなものじゃないだろ 」


 挑発する聖子の物言いに打撃の衝撃を受けた火原は激昂する。


「このアマ、よくも…!?」


 口から血を垂らし、目が人間に擬態できなくなったのか変わっていた。


「はは、いい面構えになったじゃないか。私はこれでも気が長いほうなんだけどね、私を怒らせると高くつくよ」


 不敵に笑う聖子に朝日は隣にいた藤次郎に珍しく話し掛ける。


「藤次郎さん」


「…なんだ」


「聖子さん、怒らせらないようにしましょうね」


「…そうだな」


 朝日に対して反抗的な藤次郎も思わずうなづいた。


〇〇


 火原はわからなかった。


 どうしてあの女は人質がいるのにも関わらず攻撃してきたのか。それはもう人質にならないということ。いや、わざわざ二人を逃して自分の命を危険に晒すはずがない。ならば聖子に動揺を仕掛ける。


「そいつが好きなのか?」


「好きで悪いの? 別にあんたに迷惑かけるとは思わないけどね」



 安久は今の聖子の言葉に遅れて反応する。今のは聞き逃したらいけない言葉のような気がしたからだ。



「安久君」


 名前を呼ばれて、びくりと肩を揺らす。


「静かに眠りなさい」


 その言霊は呪禁となり安久を襲うはずだった。だがそれは現れなかった。


「なぜ!?」


 火原が焦る様子に聖子は面白いおかしそうに笑った。


「さあ、なんででしょうね。一つだけ教えてあげましょう。それはあなたの眷属ではなくなったということ」


『眷属ではなくなった』






「もうあなたのものじゃない、この人は私の大切な人よ」



 本人は当たり前のように淡々と話をしているが、聞いているものにとっては羨ましいぐらいである。ちなみに朝日と藤次郎は聖子は先ほど言った言葉はしっかりと聞いていた。朝日はふと言われた当人の顔を見ると案の定である。



 顔は真っ赤に染まっていた。



〇〇




「どういうことだ、私の支配から抜けただと!?」


 それはにわかに信じ難いことだった。


「私の主人は紅の一族、純血の姫君だぞ!?だとすれば主人よりもお前の主人の方が強いことになる、お前の主人は一体」


 その時、火原は周りを俯瞰した。藤次郎の先にいるお面を被った童が目に入ったのだ。童が何を言っていたのかを思い出す。


『僕の家族を、仲間を泣かせましたね』


 その言葉は童とあの女に強い繋がりを感じた。あるいは彼が聖子の主人という可能性が高いということ。



 考える時間はない。それに分が悪い。火原にとって無駄な命取りになる。すぐさま行動に出た。


 火原は発火能力で炎を操り、朝日達を撹乱する。そして周りが砂煙で見えないのを見計らい火原は朝日へと突き進む。それに聖子は気づいた。


『朝日様、後ろ!』


 安久を狙うと思っていた聖子に朝日は反応が遅れた。叫ぶのが精一杯だった。


「え」


 次に振り向いた時襲いかかる火原がスローモーションのように見えた。


『まずい』


 朝日はなんとか状況を打開しようとした時だった。


『動くな』


 その声に朝日はぴたりと止まった。火原はそれに好機と思い捉えようとした時だった。


 その一喜も一瞬だった。体が動かなくなったのだ。金縛りのように動けなくなり火原は身動きが取れなくなる。


「お前はもう動けない」


 見ると朝日の後ろには藤次郎がいた。


「くそ、貴様の仕業か」


 ぎりりと悔しそうに火原は歯噛みする。


「どうしてこいつを狙った」


「あの女と強い繋がりを感じた、そして何よりも気になるのはあの童から感じる鬼の香り、


「香り…?」



「お前は感じないだろう、こうして近づいてみるとわかった。お前は鬼族と同じにおいがする」


 その言葉に朝日はドクンと胸が鳴った。朝日に危害を加えようとした火原に聖子はそれを聞いて怒りを滲ませる。


「そのものに手を出すと、ただでは済まない」


 だが感情的になったのがいけなかった。


「ムキになるということはますます怪しい。いやお前の主人があのお面を被った者なんだな?」


 沈黙する聖子と藤次郎に笑った。


「支配を解かれた、いや上書きされた、そんなことができるのは私が仕える姫より強いということ、彼は純血種ということになるのだが。あの子からは感じない、一体どういうことだ…」


 火原はぶつぶつとつぶやいていると藤次郎は容赦無く首に手刀を落とした。


「お前は知らなくていいことだ、それにお前には他にも聞きたいことがある」


「こ、の……」


 火原は藤次郎を睨み、そして朝日に向かい手を伸ばしかける。それは執念のなせる業に藤次郎と聖子は目を細めた。その後ガクリと気を失った。


「ものすごい執念ね、そのお姫様ってのはただものじゃないわね」


「ええ、しかも純血の鬼族の姫君とは」


「藤次郎君は会ったことある?」


「いいえ」


「そう、私もないわ。あの鬼の一族は異質よ、妖の世界の中でもほとんど姿を表さない。その一族のお姫様に命令されて、朝日様に辿り着くなんて…捉えて一体何をしたいのやら」


 悩む聖子に藤次郎は提案をする。


「この男の目的を吐かせて始末しましょうか」


「いいえ、今、始末したらそのお姫様が何かあったと気づきここに来られたら、周りの人間はただではすまなくなるかもしれない」


 今、現在、50万人が押し寄せる花火大会の真っ最中であることを藤次郎は思い出す。


「すみません、早計でした」


「いいえ、私の方こそ…言えたものではないけど、私もほら、勝手なことをしてしまった手前だから…」


 珍しくいいごもる聖子に朝日と藤次郎はそれに笑った。必死だったとはいえ私情で妖力を暴走した手前聖子は弱気になっていた。


「朝日様、藤次郎君」


 呼びかけれてそれぞれに反応する。


「うん?」


「すまない、いや、そうじゃないね…。助けに来てくれてありがとう」


 聖子の満面の笑みを見れて朝日と藤次郎は良かったと心から思った。


「あの聖子さん…」


「うん?」


「さっきの言葉は」


「どの言葉だ」


「聞き間違えていたらすみません、さっき好きで悪いかってどうとか…」


「ああ…そのなんだ」


 聖子は安久の視線に耐えきれず恥ずかしそうに彷徨わせる。そして安久に背を向けた。朝日と藤次郎は何かを察して少し離れた。離れても何を話しているのか聴力のいい二人はわかるが気持ちの問題もある。聖子は息を少し整えた。待っている安久に言葉を告げた。



「あれは、本心からだよ」



 聖子は恥ずかしそうにほおを染めた。


「それって…」


 その表情に安久は呆然となる。気持ちが追いついていかないのだ。



【それって、俺のことを?】



 安久は言おうとしたが、1000年以上生きているが生まれて初めての好意を異性に伝えたことに、恥ずかしさに耐えられなかった聖子は早々に切り上げて前へと歩いていく。


「ほら、それじゃ、いくよ」


「え、あ、はい!」

 

 安久は早歩きで歩いていく聖子の後を追いかけて言った。

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