第四十三話:聖子の涙
一方、朝日と藤次郎は現場にたどり着いた。そして驚くべき光景を目の当たりにする。
いつも悠々と応戦する聖子が防戦一方だということだ。本来の姿に戻っているのにも驚いたが、それであるにも関わらず、どうしてだとまず観察する。
「誰かを守っていますね」
「え!?」
朝日はよく見ると奥の方に人影みたいなものが見えた。
「誰かを守っていては手を出す頃はできないのでしょう」
藤次郎は考えて朝日に助言する。
「そのためには、本人から聞くしかない」
『…聖子さん』
戦闘中に気を逸らすことをしたくないが、他に方法は見つからない。朝日に呼びかけられていることに聖子は防御しながら気づいた。
『朝日様!?』
『ごめん、戦っている時に、今、僕は藤次郎くんと草陰に隠れている。とりあえずその人を守りたいんだね』
『はい、しかし私がこの妖を殺せばこのものを殺すと脅されてしまい』
人質を取られたから聖子は攻撃する術がなかったのか。
「それじゃ、僕は何をすればいい」
『それはー、いえ、朝日様の手をわずらせる訳には』
何かを言いかける聖子に朝日は彼女の性格を少しはわかっているつもりだ。自分でなんとかしようとし人に頼ろうとしないことも。
「なら、どうしてそんなに苦しそうなの」
『それは…』
いいごもる聖子は朝日の沈黙に観念した。
「あの男が彼を蘇らせたからです。あの者は鬼族」
「鬼族って確か…!」
その言葉に朝日はつぶやくと藤次郎は目の色を変えた。
「やはりあの角は鬼族なんですね」
『ええ、彼を蘇らせて自分を眷属にして彼を支配している』
だから反撃することができなかったのかと、それを考えて朝日はあることを提案する。
「それだったら…聖子さんの血を飲んで貰えばいいんじゃない」
『…え』
まさかのアイデアに呆気に取られる聖子に朝日は物珍しく感じた。あの冷静な聖子がよほど切羽詰まっていたのだろうと思った。
『盲点でした』
「なら聖子さんが無防備になるからそれを守らないとね」
どんどんと話が展開していくのを藤次郎は一度止めた。
「自分が何を言っているんかわかっているんですか!?血の支配を逃れるなんてそう簡単では」
「わかっているつもりだよ。だけど聖子さんは僕の家族で仲間だ。今できる最善のことをするしかない」
朝日はそう言って前へと進み出る。その時、朝日の後ろ姿を見て大きく感じた。藤次郎は二度見した。
『気のせいか…?』
「さてもう飽きてきたし、止めを刺そうかな」
火原が聖子に止めをさそうと攻撃の態勢を変えようとした時だった。
「そうはさせませんよ」
カランと小気味の音と共にやってきたのは着物を着てお面を被った童子、その後ろには大男が立っていた。
「なんだお前らは」
「何ってほどでもないですよ」
朝日達が現れるとは思っていなかったので聖子は動きが固まる。
「聖子さん、彼を連れて」
「…っ、すまない」
聖子は倒れている安久を抱えた。朝日の言葉に聖子はポロリと涙が溢れた。
その顔に藤次郎は驚いた。二百年彼女の人となりを知っている、初めて涙を流したのを見たからだ。そして悲しみを堪えている表情に朝日は言葉を失った。
聖子は大事そうに彼を抱えて走り去っていった。
〇〇
まさか聖子が安久を抱えて逃亡を図るとは思っていなかったので火原はあっけに取られたがすぐに切り替えた。
「逃すか!」
その時だった。尋常じゃない殺気を感じた火原は思わず止めた。
『これは』
背の高い男はなかなかの迫力があるが、その男からではない。それはお面を被った童からだった。
「聖子さんは僕の家族で仲間だ。彼女を泣かせましたね」
朝日の声から怒っているとこを藤次郎は感じた。いつもヘラヘラと頼りなく笑っている姿しか見たことがないので衝撃である。
そして自分にではないが殺気を感じた藤次郎は朝日に対し畏れを感じた。それは敬うという意味の畏れである。
「二人の邪魔はさせません、藤次郎君、フォローをお願いします」
「ああ」
〇〇
一方、聖子は林の中に入り、ボロボロになった安久を連れて少しでも安全な場所に向かった。
「ここら辺でいいか…」
聖子は立ち止まり意識を知った傷だらけの安久を見てポロポロと涙をこぼした。震える手で彼の肩を揺さぶった。
「安久君、安久君 目を覚まして!」
安久がぐったりと目をつぶる姿に、かつて大切な知る人の面影が重なる。
『安珍様…もう私は大切な人を失いたくない』
聖子は自分の血を口に含ませて安久に口付けた。
〇〇
『声が聞こえる』
「この声知る由もないが」
「安久!」
誰かが僕の声を呼んでいる。必死に。何か僕の顔に降っている。雨…雫、これは。その時に重かった瞼がようやく開いた。
「聖子さん…」
そこには涙をこぼし目元を腫らした聖子がいた。どうして泣いているのかよりも、そんな姿を見ても綺麗だと思った。
「聖子さん、どうして泣いているんですか?」
「…ふふ、あんたが生きてくれて良かったから泣いているんだよ」
「僕が生きて…」
その時自分が火原に見限られ、自分が吐血したことを思い出す。
「僕、あの時 死んだんじゃ」
でも自分の体を見てもそこには傷だらけの体でがなく健康そのもので何より体調が良かった。
「これは」
「お前は私の眷属になった。あの男の支配から抜けるために」
聖子は悲しそうな顔に安久は何を言ったらわかんなかった。
「どうして僕を?」
「最初は…好きだった人に似ているから気になっていた。だがお前は彼と違う。だけどこのままお前を失いたくないって思ったんだ。すまない、私の身勝手で」
絞り出すような聖子の声に安久は頬に手を添えた。勝手なことをして怒られると思った聖子は目をつむる。これしかなかったとはいえ、本人の承諾もなしに眷属にしてしまったのだ。怒るのも無理はない。だが待てども怒りの声は聞こえなかった。聞こえたのは…。
「聖子さんがそれだけ彼のことを思って、正直悔しいと思いました」
それは少しくやしそうな彼の声だった。
「え」
「嫉妬ですよ」
恥ずかしそうに笑った安久は聖子はなんとも言えない表情をした。そして安久はそんな聖子の表情を見て見てみたいと思った。
「あまり見るな」
「僕はもっとみたいです」
その言葉に聖子は恥ずかしくなりほおをつねた。ほおをつねられた安久は嬉しそうに笑った。