第四十二話:もう何も奪わせない
「待った!」
女性の声に二人は驚く。木陰から飛び出して来た人物に安久はさらに驚いた。それはもう会うことはないと思っていた人物だったからだ。
「聖子さん…」
「やあ、久しぶりだね。こんなところで会うなんて」
安久に話しかけながら聖子が歩いてくる。
「聖子さんこそ、どうしてここに」
「う〜ん、花火大会の見物をしていたらなんか迷子になってしまってね。そしたらあんたを見かけて気になってついてきたんだよ。それで…」
「聞いてしまったんですね」
近くにいたのなら話し声は聞こえていただろう。安久は隠す暇さえない。
「…ああ」
聖子を拒絶する目で安久は見つめた。
「なら僕の邪魔をしないでくれますか? これは僕の復讐なんです。僕と僕の家族の」
「お前は本当にこれでいいのか?」
「僕の何を知っているんですか?」
突き放す言い方の安久に聖子は心を痛めるが言葉を紡いだ。
「知っているよ。それにその男を殺して、そのあとは一体どうするつもりだ」
「…どうする」
漠然とした問いに安久は言葉を詰まらせる。いいごもる安久に火原は二人に首を傾げる。そして聖子の言葉に火原は黙っていられなかった。
「ちょっと、改心させるのやめてくれます?」
話しかけられた聖子は火原と話した。
「あなたは、この人のご友人?」
「ええ、友人というよりも私は彼の命の恩人ってところでしょうか。火原と申します」
「!」
対峙して分かった。一見人間に見えるが、彼は人間ではないと聖子は直感した。何より命の恩人という言葉にピンときた。安久は鬼にしたのが火原なら安久は彼に逆らうことはできない。ここは慎重に言葉を選んだ方が良さそうね。
「…どうして改心させちゃいけないのかしら。人としての道を外さないようにするのが友人ではないの?」
聖子の弁舌に火原は苛立ちを募らせる。
「もういいですよ。ここで見たものは聞いたものはあまり口外してほしくないのであなたはここで殺します」
「!」
火原の思わぬ言葉に安久は衝撃を受ける。
「ちょっと待って!?彼女は関係ない」
「それじゃ。君は彼女を口止めできる?」
「っ」
火原に問われ、安久は言葉にならない。
「私は…」
安久は火原のおかげで生き返りこうして復讐を果たせるところまできた。聖子さんは人としたの温かい時間がを過ごすことができた数少ない一人だ。
『俺は』
安久が選んだのは。
「なんのつもりかわかっているの?」
火原は無表情で冷たい声音に、安久はごくりと生唾を飲み込む。安久は聖子を庇うように前に立った。
「安久君」
「すみません、僕が相手をしている間に逃げてください」
虚勢をはる安久に火原はおかしそうに笑った。
「はは、いや君のそういうところは人間としての性が残っているのはいい子だったからかな、いいだろう、相手をしてやる」
その後火原は醜悪な笑みを浮かべた。
「まあ、そんな時間与えないけどね」
火原がパチンと音を立てた瞬間に安久はぐらりとめまいがした。
「これは…ぐあ!?」
「安久君!?」
内側から何かが破裂したような、喉元から熱いものが込み上げてきた。そしてそれが
現れた。安久は吐血した。
「ぐっ!?」
口元を手で抑えるが血が治らない。
「僕がなんの保険もなく君を生き返らせたと思う?」
〇〇
「がはっ!?」
内側からのダメージで立てないほどになり、口から血が止まらなくなった安久は崩れ落ちる。
バタン
ぜえぜえと虫の息の安久に火原は声をかける。
「なかなか楽しめました。復讐するために最近の貧弱な人間達と違って骨がありましたよ」
手元には石のようなものを持っていた。その中には安久が女性たちから集めた気が宿っている。
「ぐっ…」
「まあ、蘇らせたのが僕なら、後始末をするのも僕、あとはゆっくりと楽になりなさい」
火原は腕を変形させて安久に止めを刺そうとした。
シャン
しかし飛び散ったのは安久の肉体でもなく地面の石ころであった。先ほどまで横たわっていた安久がいなくなっていたのだ。
「うん?」
周囲を見ると聖子が少し離れたところで安久を抱えていた。
「ここで寝ていな」
「きよ…こ さん 逃げ」
血を吐きながら安久は逃げろと聖子に告げる。その様子に聖子は微笑んだ。
「ふふ、もう大丈夫だよ」
聖子の笑顔に安久は逃げろというが聞きそうにない。その時だった。
「随分と早いんですね」
ニタリと獲物を捉える目に聖子をどう痛ぶろうか嗤っていた。
「ああ、あなたはどんなふうにあの世に逝きたいですかね。なぶり殺されるか蹴り殺されるか、どんな最期を…」
ペラペラと喋る火原は気づかなかった。
「うるさいね、それなら相手してやろうじゃないか」
聖子が振り向いた瞬間、ゾッとするような殺気を向けられた。火原は思わず飛び退いた。
「お前、一体 この妖気は」
ヒリヒリとするような冷たい空気が聖子に呼応するかのように風が舞い踊る。空気が振動する。
あの時と同じ光景。あの人、安珍が血にまみれ倒れていた光景が脳裏によぎった。ぐつぐつとした怒りが聖子を支配していく。
聖子は朝日に助けられてから彼の支えになろうと決意していた。つもりだった。けれど、唯一冷静になれない思いがあった。それは安珍との思い出だった。
感情的になればなるほど、強大な妖気が制御する道具が悲鳴を上げる。聖子は陰陽局のもしもの時に許されていた限定解除をした。そして本来の姿をあらわにする。白い髪に黄色の瞳に。
『もう何も奪わせない、あの時は間に合わなかった、けど彼はまだ生きているのだからっ』
わずかな可能性が聖子が暴走しないように踏みとどまらせる。明らかに人間ではない容貌に火原は警戒を募らせる。
「人間ではないな」
「ああ、お前と同じ妖だ」
『妖』
火原は今まで聖子に殺気を向けられるまで人間ではないことに気づかなかった。何かカラクリがあるのかと考えに囚われる。
聖子が人間だと思っていた安久は驚く。
「私は今機嫌が悪い、加減ができそうにないんだ」
「…ほう、ならばどちらが強いか」
その瞬間だった。大な蛇が火原にまとわりつき、彼を締め殺そうとする。
「ぐわ!?」
ぼきぼきと骨が砕ける音が聞こえる。聞いていてゾッとする音だが聖子の瞳に優しさは微塵のかけらもない。そして声が出せるぐらいに力を緩めた。
「貴様はなんの目的で精気を集めていた」
「はは、それを教えるとでも」
「往生際の悪い男だ…」
さらに首を絞めようとした時だった。
「いいのか、私を殺して」
ニヤリと火原は口元に笑みを浮かべる。それに聖子は眉間に皺を寄せる。
「どういうことだ」
「私は彼を生き返らせたんだ。彼の主人である、私が死ねば彼を助けることはできない」
「なんだと!?」
火原の脅迫に聖子は判断を鈍らせる。そのわずかな隙を火原は見逃さなかった。火原は能力がある。それは一族に特化した火の力である。聖子は縛りを抜け出した。
『しまった』
「はは、形成逆転ですね」