第四十一話:たった一つの出会いが彼を変えた
「それにしてもなんだか忙しそうですね」
先ほどの慌ただしい様子を見て花月は心配そうに伺う。
「うん、急に体調が悪い人が増えたみたいで、それも何故か女性だけなの」
急にという言葉に朝日は嫌な予感がした。
『水汀』
『はい、何でしょう』
『何か起きるかもしれない、僕がここにいたら身動きができないから水汀は、はなちゃん達をお願いできる』
『…わかりました』
できるだけ朝日のそばを離れたくないと思ったが、朝日の願いなら致しかたない。それに花月たちに危険が及んだら朝日も安心して向かうことができないだろう。そのことを汲んだ水汀は了承する。
『ごめん、よろしくね』
念話が終わると朝日は唐突に声を上げた。
「あ」
その声に花月は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの朝日ちゃん」
「実は他に約束していた人がいて…今、思い出して」
「え、それじゃ早く行った方がいいね」
「うん、ごめんね」
花月達に嘘をつきたくなかったがこうゆう場合は嘘も方便である。朝日は早速休憩所を出てまずはと考える。
遠目から観察して女性は見るからに精気を抜かれていた。急に大量に体調が悪くなると言うことはそうそうあるものではない。ならば原因があるはずだと朝日は動いた。
10分くらい何も異変がないか探していた時だった。空気が震撼するような波動が起こった。
それは突風となり花火大会に来ていた観客は驚き声を上げた。そして張り詰めるものを感じた。
『これは妖気!?』
強大な妖気に朝日は驚いたものの、それが馴染みのあるものに気づいた。
『これは、この妖気は!?』
立ち止まっていると後ろから声をかけられた。
「おい」
「え、あ、藤次郎君!?」
そこには眉間に皺を寄せた志郎の息子が立っていた。
「あまりうろちょろするな、それにこの妖気は」
近くで朝日を監視していたのだろう。朝日の異変と妖気に気付き公の場に現れた。尋常じゃない妖気に藤次郎は警戒心を募らせる。
「これは多分聖子さんのものだ、彼女に何かあったんだ!?」
朝日が駆け出そうとした瞬間、藤次郎は声をあげる。
「待て、行ってお前に何ができる!?」
「!」
藤次郎の忖度ない言葉だからこそ朝日の胸に突き刺さる。
「彼女は強い妖だ、そうそう負けることはないだろう。今のお前が言ったら足手纏いだ」
最もな意見に朝日はぐうの音も出ない。
『けれど』
聖子が浮かない顔をしていたことを朝日は思い出す。
「…最近、聖子さんの様子がおかしかったんだ。僕は聖子さんの主人で彼女は僕の仲間だ、だから」
「足手纏いになってもか」
「はい、足手纏いになってもです」
朝日の眼差しに藤次郎は目を細める。テコでも動こうとしない朝日にため息をつく。
「何があっても責任は自分で取れよ」
「わかりました」
話が終わり朝日と藤次郎は妖気の発生源に向かった。なんだかんだと朝日の意を汲み護衛をしてくれる藤次郎に嬉しくなった、本人に言ったら嫌な顔をされるだろうか。
〇〇
一方、時間を遡る。
聖子はどうしたのかと言うと話し合いで決められた通りに花火大会の見回りをしていた。一人一人に異変がないか観察していた。
『あれは』
はるか向こうに見覚えがある姿が見えたのだ。
『あれは安久か、それと誰だ?隣にいる長身の男は』
あまりジロジロ見ると男は何かに気付いたらしく、聖子のいる方に視線を向けた。聖子は慌てて目線を外した。
『あれは人間じゃないね、それにずいぶん警戒心が強い』
安久は火原が止まったのが気になった。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ。面白そうなのがいるね、やはり祭りはいいね」
そう言って人波をかき分けて消えていく。聖子はどうするかと自問自答する。
『追いかけていいのか。いや、彼は普通の人間ではない、これは仕事で、私情ではないから』
そう自分に言い聞かせて聖子は安久と謎の男の後を追っていく。そしてたどり着いた先は花火大会から少し離れた雑木林の中だった。
ここら辺は人もおらず街灯もない。まずは人は来ないだろう。だが闇の中に男がぽつんと立っていた。中年ぐらいのメガネをかけた男性がいた。安久は明るく声をかけた。
「お久しぶりです 豊島社長、お元気でしたか」
にっこりと微笑む安久に豊島は恐ろしくなる。
「い、い生きていたのか…」
豊島はここに来るまでにヤクザと話し合いをしたが話が通じなかった。それもそのはずである。そのヤクザは火原により強い暗示をかけられていたのだ。ブルブルと震える豊島に安久はおかしそうに笑う。
「生きていましたよ、死んでましたけど」
豊島は安久が何を言っているのかと分かんなかった。
「僕は一度死んで生き返ったんです、彼の方のおかげで」
後ろにいる火原は面白そうに見つめいていた。豊島は初対面だが隣にいる火原が助けてくれそうにないことに絶望する。そして自分を睨みつける安久に許しをこう。
「どうしたら許してくれる…」
ブルブルと震える豊島に安久は眉間に皺を寄せる。
「まずは父を騙したことを謝れ、そして今すぐ土下座をしろ」
その命令に豊島は震えながら膝をつき頭を下げた。
「すまなかった、許してくれ」
泣きながらいう豊島に安久は募らせる。
「なら、父に会社を奪ったことを公表しろ、そして父に返せ」
「そんなことしたら私はっ」
「ああ、ただではすまないだろうな」
容赦のない物言いに豊島はなす術がなかった。
「ここに遺書をかけ」
「い、いしょ」
『どうして遺書を』
パニックになった頭でも豊島はそれがなんなのか分かっている。それは死後のために文書を残す行為である。
「私を殺すつもりなのか!?」
豊島は喚きちらすがその様子に安久はどうでもよかった。
「人を呪わば穴二つってな、自分が殺しといてまさか自分が殺されるとは思っていなかったのか、バカだな」
「っ」
豊島は打ちのめされ、ただ命令に従うことしかできなかった。その文字を見て安久はうなづいた。
「最後に言い残すことはないか?」
「妻と娘には手を出さないでくれ」
「…わかった」
安久は爪を尖らせた。その人外じみた爪に豊島は息を呑みながら微動だにできない。
『これで、いいんだ』
父さん、母さん、菜乃葉。
殺されそうになったとはいえ、人を殺めてしまった。
情報を得るために人を操り、今までいろんな女性と出会い、騙してきた。
俺は最低のクズ野郎だ。
だけど、たった一つの出会いが彼を変えた。
それが聖子さんだった。彼女は持ち前の機転で何も言わずに負傷している俺を助けてくれた。そして何よりも人柄に惹かれた。思いやりがあり気さくで優しくて、大人っぽいけど笑うと可愛くて…。
あれ、これって。
ああ、そうか。今、わかった。こんな気持ちなんだ。自分が騙してきた女性達が自分のことをどう思っていてくれていたのか今まで恋愛をしたことがない安久に応えられるはずがない。なのに気づいてしまった。
俺は彼女のことが好きなんだ。
復讐を遂げるために生きてきたはずなのに、安久の爪が豊島の息の根を止めようとするのを躊躇わせる。
「…どうしたのですか?」
いつまでも止めを刺さない安久に火原が不審に思い声をかけたその時だった。