第三十九話:両国の川開き
隅田川の花火大会は昭和53年からの新しい名称で、その前には「両国の川開き」という名称で呼ばれていた。
江戸時代の享保17年(1732年)に大飢饉が発生し、多くの死亡者が出て疫病まで流行したことで、国勢に多大な被害を与えた。犠牲となった人々の霊と悪霊退散を祈って幕府(8代将軍吉宗)が催した。
水神祭りに続き、享保18年(1733年)に両国橋周辺の料理屋が公許により花火を上げたことが「両国の川開き」の由来とされている。当日となった花月たちは入り口で待ち合わせになった。
「ヤッホ〜、ここだよ」
明るい声に一緒に来た朝日と真澄は友希子と麻里子に気づいた。
「浴衣似合っているね」
「ありがとうございます」
朝日は浴衣ではなく甚兵衛がよかったのだが、香散見と合歓に熱い視線を向けられて已む無く着る事になった。朝日の着物の紺色に花火の柄で、真澄は白に朝顔の花柄である。
麻里子は朝日を見て首を傾げた。
「あれ、平野ちゃんは?」
「はなちゃんは烏丸さんと例の子と一緒にくるみたいです」
「そうなんだ」
少しすると花月の声がかかってきた。
「お待たせ」
カラコロとハイカラな音でやってきたのは花月だった。着物は山吹色、柄は縞模様である。そして桃華の方は浴衣を着ていなかった。
「こっちの方が動きやすいからね」
桃華は陰陽局から通知が来ていた。この花火大会は50万も超える動員のため猫の手でも借りたいのである。
そして後ろの方に隠れるようにモゾモゾとしている少女に気づいていた桃華はため息をつきながらも声をかけた。
「何、モジモジとしているの 前に出なさい」
「は、はい」
カラコロと前に出た菊理は恥ずかしそうにしながら前に出た。
「あ、その子が仲が良くなったっていう女の子ね」
「えっと、私は土御門菊理と申しますっ、よろしくお願いします!」
緊張する菊理に対し、麻里子は自然体に対応する。
「よろしくね、私は遠藤麻里子っていうの、でこっちが立花友希子」
次に朝日と真澄は前に出た。
「私は代永朝日と申します」
「私は白河真澄と言います」
みんなの挨拶にペコペコと菊理は頭を下げた。麻里子はどうしようかみんなに声をかける。
「それじゃ少し回ってみようか」
「そうだね」
「菊理ちゃんって呼んでもいいかな」
「は、はい」
恥ずかしそうになりながらも菊理は笑顔でうなづいた。その様子に花月と桃華はホッとした。
「よかった、麻里子と友希ちゃんがいてくれて」
「そうだね」
菊理を見て朝日と真澄はすぐにわかった。土御門という名字が珍しかったのもあるが。安部家の分家として有名な名前である。
『彼女があの時に一緒にいたククという女の子なんですね』
『まさか土御門家の者だったとは』
『はい、それには驚きました』
『彼女にもバレないようにしないとね』
『はい』
〇〇
夏祭りに来ていたのは花月たちだけではなく糀やすこやか保育園の園児たちも来ていた。普段は来れない往来に皆、目の色を輝かせている。
はぐれないように糀と手を合わせ、夏目先生は園児の拓也と手を合わせた。夏目先生と小夜先生は目を配りながら周囲を伺った。
その時だった。見覚えのある顔に夏目は目を瞠目する。
『いや、そんなことあるはずがない』
けれど駆り立てる焦燥が居ても立ってもいられなかった。
「すみません、小夜先生! ここを頼みます」
「え」
小夜の返事を聞くこともなく夏目はすぐに離れた。そしてその後ろ姿に声をかけた。
「あの、すみません!」
「はい?」
声をかけたのは容姿の整った…青年の美貌が振り返った。その瞬間、夏目は人違いという事に気づいたが取り繕うにももう遅い。
「すみません…お知り合いに似ていまして」
「ああ、知り合いに 世の中には似た人がいますもんね」
恥ずかしそうにいう夏実に面白そうに男性、宮野は笑った。
〇〇
どうして科捜研の宮野がいるのかというよ要するに理由が桃華と同じ理由である。数十万人の規模をたった数千人で運営しなければならないのだ。
陰陽局、警察、科捜研のものは合同で班を組むことになった。陰陽局からは阿倍野、加茂野、警察からは足立と立川、科捜研からは野原、宮野である。
見回りを兼ねて異常があれば運営に連絡しなければならないのだが、宮野の上司である野原はそんなことは思案の外で屋台から漂ってくる甘い香りやら香ばしい匂いに誘われて行った。
「宮野! チョコバナナ、あとクレープも」
「はいはい、ちょっとお待ちください」
その様子を遠くから見ている足立は唖然と、立川は微笑ましそうに見ていた。
「はは、仲がいいですね」
「あれは仲がいいんじゃなくて母親と子供だろう」
ちなみに子供が野原で母親は宮野である。呆れるようにいう足立に立川は面白そうに笑った。加茂野と阿倍野は周囲を見て異変がないか見回る。
「みんな、元気ですね」
「まあ、そうだな」
「それにしても元気がありすぎるというか」
「まあ、そうだな」
生返事ばかりする加茂野に阿倍野はムッとし、耳をつねった。
「いて、何だよ!?」
「何だよじゃありません、ちゃんと返事をしてください」
「返事しているだろ!?」
「あんなの返事では…っと」
阿倍野が話を中断したのを加茂野は何だと彼が見る方向を見ると、宮野が見覚えのない女性といた。
「なんだ、知り合いか?」
「知り合いなのでしょうか、ちょっと違うような?」
その近寄りづらい雰囲気に固唾を飲んだ。宮野がぺこりと頭を下げると、相手の女性も頭を下げてその場を去っていく。
阿倍野と加茂野、立川と足立は何かあったのかと気になり話しかける。
「はい、大丈夫でしたよ、なんか僕のそっくりの知り合いがいたらしくて」
「知り合いか…ナンパかと」
「え」
余計な一言を言う加茂野に阿倍野は肘を当てると彼は悶絶した。
「知り合いだったんですか? それならその知り合いもかなりの美形だったと言うことですね」
「はは、どうでしょう」
自分のことを美形であることは否定しないのだなと立川は宮野の人柄に図太さを感じた。
『まあ あの変人についているぐらいだからな…って』
その時、野原の姿がいないことに気づいた。
「おい あいつはどうした…」
「あ、彼女ならあのお店の方に向かって行きましたよ」
少しでも目を離さない彼に足立は感心した。
〇〇
夏目はようやく小夜先生のところに戻り謝罪をした。
「申し訳ない、小夜先生」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
後ろ姿で気づくべきだった。夏目が探していたのは女性で男性ではない。痩せ型で女顔、声は高めだったが女性ではなかった。
いつも冷静沈着の彼女が冷や汗をかいていることに小夜は心配になる。その心配をよそに夏目は気になっていた。かつて、すこやか保育園には小夜以外に産女の妖怪がいた。
その産女の顔に瓜二つだったのだ。