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第三十六話:かけがえのない居場所



 和尚が10名たちの陰陽師たちを連れてきたのは夜中のことだった。昼間は人がいるので何が起きるかわからない。まずは人払いをして結界を張った。


 そして和尚は本堂に陰陽師を案内した。


「こちらです」


 本堂に行くと陰陽師たちはそれを見て顔を顰めた。


「これが妖が取り憑いているいわくつきの鐘となります」


「承知しました、それでは準備をするので、安全なところでお待ちを」


「はい、お願いいたします」


 和尚は陰陽師の頼もしさにホッと撫で下ろし、本堂を後にした。そして残った陰陽師たちはつぶやく。


「なんて禍々しい妖気だ」


「みな、しっかりと気をもて」


 皆んなに喝を入れたのは年は20代半ば、陰陽三家の一つ、安部家の分家の長男である倉橋泰宏。成績優秀で人格に優れた人間であるか弟子からも好かれていた。


「まずはこの鐘を清めなければ、正体が出たら止めを刺すぞ」


「はい」


 そして祈祷をしていると一刻も経たないうちにそれが現れた。


『うるさいわね』


 にゅっと禍々しい妖怪が現れる思いきや女性が現れて、陰陽師たちは目を見開く。しかも美女のため男たちは頬を染めるが泰宏は声をあげる。


「みな、騙されるな こやつは妖だ 人に害をなすならそれを倒すのが陰陽師の役目!」


 泰宏の声にハッとして弟子たちは体勢を整えた。その様子にキヨは思い出す。


「ああ、あなたたちが和尚が連れてきた陰陽師?」


「そうだ、私たちが来たからにはもう好き勝手にできないぞ」


 それにキヨはおかしそうに笑ったのを馬鹿にされたと思った泰宏は腹を立てた。


「何がおかしい」


「いいや、気を悪くしたのなら、ごめんさいね。私はここで眠っていたいだけなのよ、ずっとここにいたのよ、出て行く気なんてないわ」


「そうか、昔は良かったかもしれないが元々ここはお寺だ。邪気があるものを立ち退いてもらう、どうしても退かないのなら」


「なら…?」


「お前のことは聞いた。500年も生きている大妖怪らしいからな。あれをここに」


 弟子は風呂敷にを広げて、桐箱入っていたのは一本の刀だった。刀を取り出しそれを泰宏に差し出した。それを見た瞬間、今までに感じたことがないくらいやな予感がよぎった。


「それはなんだ」


「これは倉橋家の宝刀」


「陰陽三家の一つである安部家から下賜されたありがたい宝刀だ」


「ふ〜ん、安部家って占いを専門にしているところでしょ、私より強いのかしら」


 キヨはずっと眠っていたのだ。陰陽師がどれほどすごいのか見誤っていた。


「ならば。とくとみよ」


 刀の鞘から抜き出た霊気は清廉とされており、見るものの目を奪う。そして九字を唱えた。


臨兵闘者(りんびょうとうしゃ) 皆陣列在前(かいじんれつざいぜん)


「臨む(つわもの)、たたかう者、皆、列べて、前に在り」


 高らかに声を上げた九字が光となりキヨを襲う。


「きゃあああ」


 キヨは防御をしたが身動きが取れないため反応が遅れてしまった。効果があったことを弟子たちは喜んだ。


「あの妖をやっつけられる」


 襲われた衝撃でキヨの体がボロボロと引き裂かれた。


「効いているぞ」



「この、良くも」


 キヨは恨み言をつぶやくが立っているのが精一杯だった。だが彼女は戦わない。キヨは彼らをたたかう術を知らなかった。


 対処する術が蛇身で体を巻きつけるか。薙ぎ払うかだが、下手をしたら人間はすぐに死ぬ。恨みがない人間を殺すほどキヨの人間性は無くなっていなかったのだが、彼らに推して図る術もない。


 何度目かの応戦で強い光がキヨを襲い、もんどり打ってしまう。


「うぐ」


 倒れたキヨに陰陽師たちは勝ったと喜ぶ。そして泰宏は最後に言葉をかけた。  


「最後に言い残したいことはあるか」


「いえ、…いやあるわね 母に申し訳なかったと。こんな親不幸でごめんねって」


 泰宏はそれをきいて虚をつかれた。まるで人間のうようなことを言う妖に。人を襲う妖しか見たことがない泰宏にとってあまりにも衝撃だった。それが止めをさす手を止めさせる。



 最後の止めをささない泰宏に弟子たちは声をかける。


「早く止めを」


「あ、ああ」


 何を躊躇う必要がある。相手は禍々しい妖気を持つ妖なんだ。だが今、目の前にいるのはただ死を待っている女性にしか見えなかった。


 その時だった。




〇〇



「頼もう!!」


 威勢のいい声があたりに響き渡った。その声に陰陽師たちは動揺が走る。


「誰だ、結界をはっていたはずだぞ!?」


 男がふらりと入ってきたのだ。その男に陰陽師たちは警戒する。


「貴様、門の外は私の部下が結界を守っていたはずだ!!」



「うん?ああ 面倒臭いから気絶させた」


 何事もなかったかのようにいうあきに泰宏は唖然とする。いくら結界を専門でも只人に負けるわけがない。


「お前、普通の人ではないな」


 睨んでくる泰宏にあきは面白そうに笑った。


「まあ、普通の人間ではないな」


 あきと泰宏が火花を散らしているときに飛び出した人物がいた。


「キヨ」


 駆け寄ってくる母親の桔梗にキヨは驚く。


「お、かあさん」


 キヨの元に辿り着きボロボロになった娘を見て涙目になる。


「もう、こんなにボロボロになって」


 ポロポロと涙をこぼす母にキヨは言葉が詰まる。そんな二人の様子に声をかけづらかったが、あきは話しかけた。


「良かったな、娘さんに会えて」


「はい、あなたがいなければこうして会うこともーっ」


 言葉を詰まらせ頭を深く下げる姿にキヨは初対面の男に興味をひいた。


「どうして私を…?」


「お前さんに会いたったからだよ、おっかさんがな」


「母様が、私に?」


 キヨは泣いている母の顔を見た。目元は赤く、いつもきっちりとしている髪型が崩れていて顔色が良くない。


『私どれぐらい母の顔をちゃんと見てなかったんだろう…』


 その時に生まれたのは後悔の念だった。その思いがキヨの凍りついた心を溶かしていく。




『もう少しで永遠の別れをするところだった…』





「えっと、どなたか存じませんが助けていただいてありがとうございます」


「いや、礼には及ばねえよ 間に合わねいと意味ねえからな」


 その時、一瞬翳りができたのをキヨは不思議そうに首を傾げた。


「そういや、大丈夫か?」


「はい、数日休めば何とか…でもあの刀は不味かったので助かりました」


「刀?」


 あきは視線をずらし、それを待っている泰宏を見た。陰陽師たちはいきなりの乱入者に話し合いをする。


「どうされます、あの者たちも」


「どこの者か知らないが邪魔者には変わりない、こちらは20人いるのだ」


 その言葉に弟子たちは緊張が解けた。泰宏は邪魔者をどうするか考えていた時だった。



「その刀、使いこなせているのか」


 刀を知っている口ぶりに泰宏は眉間に皺を寄せる。それをきいた弟子たちは嘲笑する。


「何を言っている この刀は倉橋家の宝刀、当主か時期当主である泰宏様にしか持つことができない霊刀だ」


 弟子たちを声高々に上げているが、あきにがどうでも良かった。


「へえ、まあ そんなことより」


『!?』


 そんなことよりと宣うあきに弟子たちは憤慨する。


「お前らはこの人を退治したいんだよな」


「ああ、そのために この寺の和尚から雇われたのだ」


「…そうか」


 あきはざっと周りを見た。


「ふむお前ら どれだけ金をもらった。あの和尚から」


「それなりの金額をもらっている、これは奉仕活動ではない 時には命と関わる」


「だよな、お前らは和尚に金がなかったら請け負っていたか?」


「それは、なぜそんなことを聞く?」


 言葉に詰まる泰宏にあきは眉間に皺を寄せる。




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから俺はいやであそこを抜け出したんだ」





 ポツリとした独り言をキヨは聞いていた。


「まあ、意地悪こと言ったな、悪い それで話を再開するが ここにこの人がいると要するに邪魔なんだよな、なら俺の仲間にならないか」


「え」


 思わぬ提案にキヨはあっけに取られる。


「仲間、私に」


「ああ、もしいやだったらだけど」


 ポリポリと恥ずかしそうにあきは頭をかく。


「まあ、嫌でもこいつらぶっ飛ばせばいいし いつでもここに入れるだろうし」


 あきの言葉に泰宏は嘲笑する。


「は、戯言を」


「笑わせるな」


「は、ははは」


「戯言がどうか試してみるか」


 先ほどとは打って変わって低い声音が陰陽師たちを震え上がらせる。


『これは殺気』


 油断していた陰陽師たちは数人気を失ってしまう。


 泰宏はすぐに介抱するように声を上げた。


「貴様!」


「うん? 俺はまだ睨んだだけだぞ」


 泰宏があきの安い挑発にのり今にも襲い掛かろうとした時だった。


「私は、ここにいたいけど。それはあの時の和尚が許してくれたから。私がここにいたいというのはわがままだ。そのわがままのために誰も傷ついてほしくない、あき殿、私を仲間にしてください」


「おう、いいぜ ということでお前らに用はねえわ」


 いけしゃあしゃあと宣うあきに泰宏はキレ気味に話しかける。


「ならこの鐘の汚れ(けがれ)をどうする」


「うん、ああそうだな」


 あきは腰に刺していた刀を鞘から抜いた。その刀身を徐に袈裟斬りにすると黒いもやがパッと晴れて汚れがなくなった。そして凄絶な霊気が鐘を覆った。


「よし、こんなものか」


 それは陰陽師たちやキヨとキヨの母も驚いた表情をする。


「な、なな 何を起こしたんだ 一体」


「うん? 汚れを晴らせって言ったのはお前らだろ」


 ブスくれるあきに陰陽師たちは状況についていけない。


「貴様 一体何者なんだ」


「俺か、聞いて驚け 俺は人と妖の間で生きるもの手助けをしている 「萬屋」という よく覚えておけ」


「萬屋」


「それじゃ、名残おしいが仲間を呼ばれたらめんどいからな 早く出たほうがいい」


「そうですね」


 キヨは鐘を見つめ、別れを告げた。


「まあ、後は適当に」


 あきは泰宏に言葉を残して去っていくとその後ろ姿を弟子たちは悔しそうに歯噛みをする。


「このままでいいんですか、師匠 私は」


「ならば お前は勝てるか あのものに」


 聞き返された弟子は何も答えられない。


「触らぬ神に祟りなしだ」


 その後、和尚は鐘から妖がいなくなったことに喜び、事件は一見落着かと思えば。陰陽師たちは違った。



「あのものが何者なのか 本家、安部家に報告したほうがいいだろう」


「はい!」




〇〇



「さてと、ひとまず俺の仲間になるんなら江戸に行かねえとな」


「江戸ですか」


「行ったことねえか」


「ええ、一度も」


「なら人の多さにびっくりするぜ 俺の仲間っていうか、家族を紹介したいからな」


『家族』


 キヨは隣にいる母を見て手を差し伸べた。そうすると母は嬉しそうに優しく握り返してくれた。その暖かさにキヨは救われた。


「はい、どこまでもお供します あき殿、いえ、あき様」


 その日みた夕焼けはとても綺麗だったことは覚えている。それから江戸ではなかなか大きな屋敷を構えており、そこにはあき様の式神の真澄さん、酒呑童子の糀、志郎とその家族は私たちを優しく迎えてくれた。


 安心したキヨの母は妖の隠れ里に隠居することにしたがキヨはそのまま萬屋に残った。


 私にとって、かけがえのない居場所だ。そう何度も思いながらも彼の顔を忘れることはなかった。自分に言い聞かせるように聖子は昔のことに思い耽ながら帰路についた。


聖子の過去編でした。

次回は話が本編に戻ります。

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