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第三十四話:安珍清姫伝説の伝承と真実



 キヨが二人を殺してから、鐘は本堂にまつわられ安置されていた。その真実を風化させないために道成寺の和尚にだけ継承される口伝があった。


 しかしそれが何代目かの病により、詳細が分からなくなりいつしか偽の物語を作ってしまう。それが巻物として道成寺の蔵に厳重に保管している。そして時代は江戸時代へと移り変わった時だった。


 今までそのままに安置していた鐘をその時代の和尚は別のところに置こうと言うことになったのだ。物語の舞台は500年以上も前のことで妖が出るなどの噂が一度もなかったのだ。だがしかしそれは先祖代々に決まりを守っていたからである。



 だが口伝がちゃんと伝わらなかった当代の和尚は勘違いをしてしまう。そして早々に工事のものたちを入らせた。


「この鐘をあちらに持っていけばよろしいですね」


「はい、よろしくお願いします」


 一応お祓いをして、4人がかりでそれを持ち上げようとしたその時だった。


「ぎゃああ」


「うわあ」


 男たちは悲鳴をあげたのだ。一体どうしたのだと和尚はギョッとする。



「なんかものすごく熱くて」


 その男性の手のひらを見ると鐘を掴んだ箇所が真っ赤になっていた。


「これは一体」


「この鐘、やっぱり何かついているんじゃ」


 他の男たちも見ると同じような火傷を負っていた。


「お前たち、紫雲膏(しうんこう)を!」


「は、はい」


 和尚は弟子たちに塗り薬を持ってくるように頼んだ。


「和尚さん、これじゃ仕事はできそうにありません」


「ま、待ってくれ。今までこんなことはなかったんだ!?」


 それもそのはず、代々の和尚は本堂から一度も出したことがなかったからだ。だがしかし、そんなことを知る由もない、口伝は間違って伝えられているのだから。



『誰だ、私の眠りを邪魔するのは』


 どこからか女性の声が聞こえ和尚と男性たちは震え上がる。


「ひいい、出た」


 男たちは叫びをあげて、火傷の痛みはどこへやら我先にと出ていってしまった。


「ま、まってくれ!?」


 和尚は制止するが大の大人たちは恐怖の感情が勝っていたため、聞く耳がなかった。

そして弟子たちがオケに水を持ってきてくれた。


「お、和尚様、お待たせー」


 弟子の一人が医療の箱を落としてしまった。


「おい、何して」


 弟子の一人がその弟子を叱ろうとした時にあまりにも顔色が蒼白でどうしたのかと心配する。


「どした!?」


 ブルブルと足元を震わせる弟子は口元を震わせながら指をある方向へと差した。



 そこには一人の女性が立っていた。その女性は着物を着ており、しかし、白い髪に黄色の瞳がそのものを人間ではないことを露わにしていた。


「で、出た〜!?」


 弟子たちはその姿に怯え、和尚も心臓が縮み上がりそうだったが、弟子たちの前、この寺を守る和尚として倒れるわけにはいかない。自分を奮起させて声を上げた。



「貴様、何やつじゃ」



「何やつとは失礼ね、あなた、この道成寺の和尚様でいいのかしら?」



 低く通る美声に和尚はうっとりと仕掛けるが、気持ちを切り替える。


「私はこの道成寺21代目の和尚だ」


『そう、もう21代目になるのね あれから何年経っているのかしら今』


「今は江戸時代と呼ばれている」


「へえ、私がいたのは延長6年【929年】よ」


「!?」


 今から1000年以上も前だと言うことに和尚は驚きを隠せない。



〇〇





「そんなことあるはずがない、妖怪など」


 和尚の気が動転した様子にキヨは訝しむ。


「昔の時代は妖怪なんて当たり前だったけど。今は違うみたいね」


「其方のことは聞き及んでいる、清姫」


 その呼び方にキヨは面白おかしくて吹いた。


「ふふ、清姫なんて私の柄じゃないわ」


 和尚の話にキヨは耳を傾けた。そして和尚の間違った口伝にその話を聞いて怒髪天をつく。



「なんですって…っ 私が安珍様を殺した…ですって!? 一体どうしたら間違えるのよ」


 キヨの震え上がる怒りに和尚は震え上がる。


「ひい」


 湧き上がる怒りにキヨの髪の毛を靡かせる。


「お許しを、それは巻物の中で」



「その巻物を持ってきなさい!! 今すぐに」


「はい、ただいま」


 和尚は弟子を使わずにそれを取りに行った。


「も、持ってきました」


 それを広げてキヨは見ていく。始まりから終わりまでみたキヨは表情が固かった。


「ほとんどが嘘ね、まあ私の出自は大体合っているけど」


「ならこの安珍を殺したのは別人で、」


「それは私が殺したから、残っていないわね」


 彼女の平坦な声に和尚はゾッとした。やはり目の前の女性は人の形をしているが人間ではないのだと。


「…いつまでここにいるつもりですか、もう500年もそこにいるのでしょう」



「お前、私を諭そうとしているの?」



 怒りを含んだ声に和尚は生唾を飲み込む。


「今までこの鐘はここに置いていましたが、このままではお堂が壊れる可能性が、老朽化で場所を変えるだけ、それもできないのですか?」


「…それは無理よ、どうしても退かせたいのなら退治する事ね」


 そう言い残してキヨは鐘の中に消えていった。残ったのは和尚と弟子たちのみ。


「お前たち、大丈夫か」


「和尚様!」


 心配する和尚に弟子たちは号泣する。このままこの鐘を放置しておくのは危険すぎる、今は正気を保っているが悪霊になりかけていることに危惧した和尚はどうしたものかと思案する。


 そしか妖怪ならば専門だと考え、陰陽寮に使いの者を出した。そして返事が返ってきた。


 後日に使いのものがやってくるとのことで和尚は胸を撫で下ろした。それを弟子たちに言うと安堵の表情を見せたのだ。


「それは良かったですね」


「ああ、これで安心だ」


 和尚と弟子はようやく安心することができたのだ。だがしかし、それを聞いて居ても立っても居られない者がいた。


 それはキヨの母の桔梗だった。キヨの父は人間なので他界しているが、彼女は白蛇の精のため娘のことを見てきて心配していた。


 キヨは人間を殺めてしまったという噂を聞きつけるとあまりにも変わり果てた姿に打ちひしがれた。


 けれど親子の縁が切れたというわけではなく、当時の和尚から話を聞いていたのだ。そして、何かできないかと自分に見守ることしかできなかった。


 桔梗は夫が亡くなる前に言われたことを思い出す。



「キヨのことを頼んだ」


 そう言い残し、彼はこの世を去った。最期まであの子の父親である良き夫であった。


 自分にできることは彼女の様子を見ているだけ、時間が彼女の心を癒してくれるのを待つしかないと思っていた。


 だが母の願いは虚しく、道成寺の門前に案内板が置かれていたのだ。


【来月から鐘を別室に移動する】



 案内に人々は興味津々で好き勝手に話をしていた。それを聞きながら桔梗はいても経ってもいられなくなったのだ。




『キヨ!』



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