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第三十二話:キヨ、闇に堕ちる


〇〇


 少し時間は遡る。みんなに見送られた安珍は次の村へと向かっていた。山から見下ろす景色は絶景で空気も美味しかった。隣の村まであと2割くらいかと思案していた時だった。


 自然ではない音に安珍は警戒した。


『この音は』


 安珍は幼い頃から何年も山の中を歩いているので何が危ないのかを知っていた。


『さっきの音は動物がいた音じゃない まさか、人間 つけられているのか』


 そう考えた瞬間に安珍はどっと冷や汗を出す。この周辺は賊がいないとキヨは言っていたが、まさか新手の賊とも考えられる。


『つけているものは1、2  5人』


 安珍は気づかれないように人数を数えるとため息をついた。自分には相手を屈服させる武術など持ち合わせていない。


 少しだけ人より足が速いのは幼い頃から山で足と腰を鍛えたからだ。隣の村まで間に合うか、元きた村に戻るか考えた時にキヨの姿が浮かんだ。


『いや、もう一度あったら私は…』


「おい、小僧 待ちな」


 呼びかけれられた安珍は素直に止まった。そして彼らを振り返ると5人の集団の男たちがいた。


 そのなりはいかにも賊で輩であった。みな、安珍よりも体が大きく、そしてその腰には刀を差していた。安珍は平静を装いながらに答えた。


「はい、なんでしょう」


「俺らはある方に命令を受けたのよ」


「命令? 誰にですか?」


「そりゃ、お前がさっき出て行った」


 集団の一人が言おうとしたのを、一際体格の大きい男がその男の口を封じた。


「お前、言うんじゃね」


「え、さっき出て行ったって」


 安珍は数ヶ月世話になったのはあの家しか思い浮かばない。そして命令したのは誰なのか、安珍は二人しか思い浮かばない。


 重吉と桃子である。けれど重吉はこんなことをするかと訝しむ。昨日は納得していたように見えたが、となると消去法としてあの桃子しかいなくなる。あの正室はずっと彼女のことを憎悪を込めた瞳で見ていた記憶しかない。


「どんな命令を受けたのですか」


「ああ、俺が受けた命令はお前を脅してこいとな」


 命令された内容はそれだけかと安珍は少し驚いた。


「それだけですか?」


「ああ、そうだ、それだけで金がもらえるんなら何回でもやるぜ あとは女がいればな、ああそういや、あの屋敷の側室は別嬪って知っているか」


「村の外でも人気で、一度は拝んでみてえけど、屋敷のやつにお願いできんかね」


 下品な笑い声が頭の中に鳴り響いた。何かがぷつりと切れた。



 男の一人が殴り飛ばされたのだ。男たちは殴ったのがこの目の前にいる痩せほそった僧なのかと目を白黒させる。殴られた仲間は3人のされてしまった。あの細い体にどれだけ力があるのか。


「お前 ただの僧じゃねえのか」


「取り消せ…」


「あん?」


「彼女はお前らなんかに近寄っていい存在じゃないんだ」


「なんだとてめえ」



 その言葉にキレた男はただの脅しから殺意に切り替わる。


「はは、ちょっと脅せばいいと思ったけどよ、気が変わったわ」


 男は獲物を蹂躙するかのように目つきが変わった。


「お頭、こいつ殺してもいいですか」


「ああ、バレなきゃいいだろ」




〇〇


 キヨは血の臭いがした方向を目指した。


 普段は人間の世界に生きるためになるべくトラブルごとには避けているが、見逃すことはできなかった。そして行き着いた先は。


 複数の男たちのその下にはぐったりと倒れた人影が見えた。夜だが、妖であるキヨにはそれが誰なのか分からなかった。



「そこで何をしているの?」


 キヨの声に男たちは驚き声をあげた。


「おっと、こんなところに女がいるぞ」


 そして月の光に現れたその容姿に見惚れた。月の光に照らされたその姿はまるで天女のようで、透き通るような白い肌と艶やかな黒い髪に、形のいい唇、キリッとした眼差しに目を奪われる。


「こんないい女見たことねえぞ お頭」


「あ、ああ」


 まるで夢でも見ているかのような男たちに向かいキヨは平然と話しかける。


「もう一度聞きます ここで何をしているのですか」


「お、おお ちょっとこいつを痛めつけていたら もう動かなくなってしまってよ」


 無造作につかんだその男は意識が重く、服が切り裂かれおり、濡れていたのは雨でもなく汗でもないそれは彼の血だった。


「おい、起きろよ、もう死んでしまったのか」


 男はおかしそうに笑った。


「どうしてこんなことを…」


「ああん、そんなの金が欲しいからだよ」


「金、と言うことは誰かにもらえるってことですね 頼んだ方がいらっしゃるのですか」


 美女に質問されて男はついつい答えてしまったのがいけなかった。


「ああ、あの屋敷の奥様だよ。ちょっと脅してこいって言われたが、殺したらダメとは言われてねえからな」


「そう、あの女が」


 男たちの一人が思い出したように声をあげた。キヨを指を差して声を上げた。


「やっぱりこの女、あの屋敷にいた この女が側室じゃ」


 それに男たちは驚愕してキヨを見つめる。


「通りでこんなにも綺麗な」


 男がキヨに手をかけようとしたその瞬間の腕がなくなった。


「はっ」


 間抜けな声が出た。今、目の前で何が起きたかと仰天する。


「おい、お前の腕が」


「ぎゃああああ いてえよ」


 男は痛みで泣き叫びながらもがき苦しむ。


「てめえ、一体何を」


『母上、父上、ごめんなさい こんな親不孝者で』


 そしてキヨの怒りは天候を揺らすほどだった。重くどんよりとした雨雲をよび、雷鳴が轟く。


「人間じゃねえ!?」


「お頭 逃げましょう!!」


「ああ、ずらかるぞ」


 男たちは自分が劣勢とわかると逃げようとしたがそれをキヨは逃さない。


「逃すはずがないでしょ」


 キヨの黒髪は白く変わり、黒い目は黄色へと変わる。そして数本の髪をとり、大蛇が現れた。


「さあ、行きなさい」


 その掛け声と共に大蛇が男たちを襲う。恐れ慄く男たちはただ逃げるしかない。


 キヨの一方的な蹂躙が始まった。たとえ山の中を慣れた賊でも夜の中走るのは危険すぎる。追われているのなら余計に。


「ごめんなさい、少し」


 キヨは目を閉じた安珍に言葉を告げて闇の中へと消えた。そして一人、またひとりで消え去り最後に残ったのはリーダー格の男である。


 その男はすでに大蛇に締め上げられており動けなくなっていた。


「あなたに聞きたいことがあるの、安珍様は何を言い残したの」


「言っ…たら 助けてくれ…るのか!?」


「…返答次第では」


「ああ…最初は脅しだけで済ませようと思った、お前を犯すって言ったらあの小僧、激怒して俺らに殴りかかった」


「安珍様が」


「本当のことを言ったんだ…ゲホ、命だけは」


 男はそう言いかけるが蛇身は男の首をギリギリと締め上げる。


「ちょ、俺 本当のことを」


「返答次第って言ったはずよ、安珍様を殺しておいて、自分は何も悪くないと…虫が良すぎるわ」


 ボキっとした嫌な音が鳴り響き、男は絶命した。








「ふふふ、ははは 私なんて気にしなければよかったのに ただ元気でいてくれたら」


 もう、あの日に戻ることはできない。一緒に薬草を探したことも、笑い合った日々ももう戻れない。それを奪ったのは…キヨの瞳から一切の光が消えた。






「残るはあと二人」



 

 ぐつぐつとした怒りがキヨの心を支配する。もうどうでもよくなった。人間として生き、夢を叶えたいと思っていた彼女は鬼へと化し、屋敷へと戻っていった。

 

 復讐を遂げるために。


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