第二十八話:安珍という修行僧
村長の娘に取り憑いていた物怪を退治した修行僧の名は安珍。
彼は熊野に向かう途中、宿屋を借りているときにこの村の村長の使いの者がやってきて寝込んでいる村長の娘を診てもらいたいと言われた。
そして強い霊力を持っていた安珍は法力で物怪を退治したまでは良かったのだが、惚れられてしまったのである。安珍が消えるとまた娘が倒れるんじゃないかと心配した村長はなんとかもてなしてきたのだが、
娘が惚れ込んだ安珍は稀に見る美少年だった。そしてまだ剃髪をしていない修行僧だったのだ。
そんな彼はただ面倒臭そうに、どうやってここからおいとましようかと考えあぐねていた。黙って消えたりなんかしたら村の者は大騒ぎになりかねない。面倒と思いながらも、人がいい安珍が困り果てていた時だった。
「すみません 少しよろしいでしょうか」
「どうしたのです?」
村長の家の使用人から呼ばれた安珍はこれで娘の相手をしなくてもいいとホッとした。
「申し訳ありません 村長に呼ばれたので」
「すぐに私の元に戻ってきてくださいね、安珍さま」
か細い声でいう娘に安珍はどうすることもできないので、呼ばれなかったらあのまま動けなかったかもしれないと思った。
これでもう見ることはないだろうと最後に笑顔を浮かべると娘はまた自分のところに帰ってくると安心したように安珍の手から自分の手を離した。
そして村長のいるとこはは居間におり、村長とその後ろに使用人が控えており、もう一人は見覚えのない人物だった。
『こんな使用人いたか?』
数日しかいないが安珍は村長の屋敷の使用人の顔を全て覚えていた。
『いやこんな人物はいなかったな…』
「さて、安珍様にお礼をしたいのですが」
「いえ、お気持ちだけで十分です」
「そんなことには参りません!あまりいいものを用意できなかったのですが」
風呂敷の中には少しの貨幣と白米が入っていた。
「こんなにたくさん、しかも白米を、よろしいのですか!?」
この時代には等価交換する品物は食べていた稲作は粟かきびだった。そしてわずかなお金だった。
「あのお金は娘さんに使ってください」
「ですがっ」
「娘さんも病み上がりなので何か食べられた方がよろしいでしょう」
安珍の心配りに村長は感謝して震えた。
「かたじけない」
どれだけ子供のことを心配していたのかその表情が物語っていた。
『いいな、あの娘はいい親に巡り会えて』
小さい頃、両親を盗賊に殺され生き残っていたところ、僧に助けられた。おかげさまで食べることには困らなかったが、羨ましくなってくる。
「重ね重ねなのですが」
「はい?」
つい感傷的になっていたと安珍は気持ちを切り替える。
「隣の村にも物怪がついているようなので退治してほしいと使いの者もがやってきているのですが」
村長は視線をずらすとそこには安珍が気にしていた人物だった。
『なるほど、隣の村の使いの者だったのか』
「はい、申し訳ないのですが お願いできませんか」
申し訳なさそうにいう村長に安珍は快く引き受けた。
「ええ、承りました」
安珍が承諾したのに使いの者はホッとしたのが見えた。
〇〇
「私は弥彦と申します、どうか旦那様を救ってください」
休んでいないのだろう、瞳孔が開いており、顔色が悪い様子の男性に安珍は落ち着かせるように声をかける。
「お気を確かに、もう遅いですし 明日の早朝にしましょう」
「ですが…はい、明日」
逸る気持ちもあったが、明かりもない真っ暗闇な山道を歩かせるわけにはいかない。その理性的な判断はまだできた。
そして明朝となり、いよいよ出るときに門の前に家のものたちが立っていた。
「安珍様」
「お気をつけて どうか私のところに帰ってきてくださいね」
娘のあからさまな言葉に村長は嗜める。
「これ彼は修行僧なのだぞ!?」
「でもあんなにかっこいいのは勿体無いわ」
ブスくれる娘に村長はため息をつきながら呆れる。
「すみません、妻が亡くなってから甘やかしてしまって…それでは道中お気をつけて」
「はい」
村長がいてくれたことに安珍はつくづく思った。全く女性はもう少しお淑やかでいてほしいものだ。使用人を先導に安珍は山道を歩いていく。あまり休むことなく半日で辿り着いた。
「ただいま帰りました」
使いのものが帰ってきたことにすぐに使用人によって知らせを受けて奥にいた桃子は喜んだ。安珍は門を潜ると異様な気配を感じた。
『これは今までのどんな物怪よりも強い』
安珍が止まったのを使いのものが不思議がる。
「どうされたのですか、さあ奥の方へご案内します」
「はい」
きた早々、断ることができず安珍は不安と緊張に駆られながら家に上がった。見るからに今さっきいた村長よりも豪華な門構えで羽振りが良いのだろう。使用人も見たところ質が良さそうだしこれは退治できれば、何かいいものをもらえるのでせえなないかと俗物的な考えになった。けれどそんな考えは彼女の姿を見た瞬間にどうでも良くなった。
彼女、キヨの姿をみてー。
〇〇
キヨはどうしたものかと悩むがそんな事情など知る由もない、重吉の正室である桃子から呼ばれた。お茶を持ってくるように言われたキヨは渋々と従うしかなかった。
くるのが僧ならヨボヨボのおじいさんかしら、ここら辺で法力がある僧なんて滅多にいないし、きっと大丈夫よね。キヨはネガティブに考えないようにしていた。客人の僧が来ているのだろうと周りのものが姦しく騒いでいた。
「どうしたの?」
「あ、キヨ様 すみません」
仕事に集中してないことに問われたと思った使用人はキヨに謝った。
「いえ、おしゃべりもたまにはしないとね それでこんなに女性が色めいて話をしている原因って」
「はい、その客人が若いお坊さんで眉目秀麗とのこと」
「え、お坊さんってそんなに若い方なの」
「はい、そのようで」
てっきり年配のものかと思っていたキヨは動きが固まる。ここの使用人に任せてどこかへとトンズラしようかと思った時に正室からお呼びがかかり逃げることもできなかった。
「遅くなり申し訳ありません」
襖を開けてキヨは頭を下げた。
「もういいわよ、何をしていたの」
キヨは客を出迎えるのが遅かったことを理由にキヨに対して劣等感を抱いていたためこれでもかと言いがかる。
「すみません、お客様のお茶菓子を用意してまして」
使用人に運ばれた食べ物を見た正室の目の色をころりと変わる。
「まあ、唐菓子じゃないの」
それは桃子の好物だった。この時代甘いものといえば、木に実る果実で中国から中国から製法が伝わった唐菓子も含まれた。唐菓子は米粉や小麦粉を水で捏ねて形つくり、油で揚げたものである。
「まあ、許してあげなくもないわ」
ごほんと咳払いをする桃子に苦笑する。キヨはこの時初めて客人に目を向けた。
その時だった。何かに囚われたような感覚に陥った。何よりも彼の瞳が印象的だった。