第二十六話:一夫多妻
「私のようなものを呼んでいただいてありがとうございます」
御簾から現れたキヨの美貌に御曹司含め使用人たちはほおを染める。御曹司に腰に手を添えられながらキヨは屋敷へと入っていった。中には御曹司の父親らしき人物と母親らしき人物がいた。
二人とも似たような顔をしており、この顔が生まれたのもうなづけるとキヨは失礼なことを考えながら自分の目的を果たすことだけ考える。
父親の方はキヨの顔をジロジロと見つめてはニヤニヤと口元を歪ませて母親の方はキヨのことを上から目線で見下ろしていた。平民でも貴族とは大きな隔たりがあった。
「その娘がお前が見そめたという娘かい?」
「ええ、私が彼女に一目惚れして、母上と父上にご紹介したかったのです」
「そうか、そうか 娘よ名前を聞いてもいいかな?」
ニタリと口元を歪ませながらいう御曹司の父親に反吐が出そうだったがなんとか堪えた。
「はい、キヨと申します」
顔を上げないままキヨは答えた。身分の低いものが身分の高いものに直接顔を見るものは不敬とされていた。なので顔を上げようとしなかったキヨに両親は好感を抱いた。だがその好感の感じ方は決していいものではない。
父親はキヨに対して順々な娘じゃないかと、こんな娘が我が家にやってきたのなら花がある。
自分は政略結婚したがと考え、母親の方はキヨに対して、ちゃんと自分の身分を弁えているのねと睥睨した。キヨが美しい娘ということは一眼で分か流ほどの美貌にぐうの音が出なかったが身分は別である。
「重吉」
母親は息子の名を口に出した。
「あなたがこの娘を紹介し、結ばれたいということはわかりました。けれどこの娘は正妻にするはできません」
願いを拒絶されるとは思ってなかった重吉は目を見開く。
「どうしてですか!?」
「その娘は平民の子、私たちは貴族なのよ、そうね…どうしても彼女と結婚したいのなら側室にしたらいいんじゃないかしら」
その言葉に聞いていたキヨは頭の芯がぐつぐつと煮えたぎるのを感じた。
『好きでもない男の側室、地獄だわ! 今すぐ家族まとめて精気を絞りとりたいけどその時じゃない』
キヨはその時が来るまでグッと我慢した。母の提案に息子はなるほどとうなづいた。
「そうですね 側室だったら、かまいませんね」
キヨは側室という考えに嫌悪を抱いていた。本妻がいるにも関わらず、女性がいることを側室とさすからだ。それはキヨが父と母のような結婚とは正反対のことだった。
一夫多妻。
一族の血を絶やさないのはある意味、家の財産や土地を守る上で重要な役割があるだろうがキヨにとっては論外である。
『こんな男と死んでも嫌だわ』
「側室でも構わないか、キヨ」
キヨの意見を聞こうともしないバカ息子に静々と答えた。
「はい、私のようなものを見初めていただけただけで、光栄なことでございます」
芝居をするキヨの言葉に満足そうにバカ息子はうなづいたのだった。
「本妻は後で決めますからね、それまでは自分のことを弁えるように」
「はい、分かりました」
自分の部屋に招かれたキヨは息子に飛びつかれた。それにキヨは驚いたふりをしてさっと避けた。そのまま倒れるふりをする。それに御曹司はやりすぎたと思い理性を取り戻した。
「きゃああ」
「どこも怪我をしていないか?」
「はい、大丈夫です」
ベタベタと怪我をしていないかとバカ息子に触れて鳥肌がたったが、抱き付かれるよりは数倍ましである。
「そうか? よかった、いや両親が認めてくれないと結婚できないからね」
「そうですね」
その発言に両親がもし病気で亡くなった時どうするのか、本人に対し頼りなさを感じた。本当に身分が少しあるだけのボンボンだと思った。
「今日から私と共寝をしないか」
共寝とは男女が一緒に寝ることの意味である。
〇〇
「ですが一緒になってからの方がよろしいのでは」
あくまでも祝言をあげてから初夜を迎えたというキヨに御曹司は顔を顔を赤らめた。
「奥ゆかしいな君は、だが別々に寝るのは寂しいだろう せめて隣に寝るだけでも」
御曹司の妥協案にキヨは静々とうなづいた。そして太陽が静まり、夜も老けた頃、いよいよ就寝に入ろうとした時だった。
「キヨ殿、やはり我慢できぬ 私と一緒に」
御曹司は興奮で我を忘れてキヨに抱きつこうとしたが、すんでのところで躱される。
「重吉様、今日はまだ早いのでは」
「こんなに近くにいるのに触れないなんて辛抱ならぬ」
キヨはそろそろ限界かと御曹司の様子に察した。
「そうですね、少しだけでしたら」
「う、うむ」
「重吉様、私の瞳をじっと見ていてください」
「目を?」
キヨの瞳が怪しく光る。
それに反応するかのように御曹司の瞳が煌めき、そして陶然となった。そして先ほどの様子はどこへやらガクリと膝を落とし、力なく膝をつく。
「いい夢を」
その言葉を最後にパタリと重義は意識を失った。
「ふう、危なかった というか本当に気色悪いわね」
キヨは自分の腕が鳥肌が立っていることに気づいてポリポリ掻いた。意識を失った御曹司を見下ろしながら睥睨し本音を漏らす。
「誰が好きでもない男に貞操を渡すかっての」
吐き捨てるように言い放ち、ため息をこぼす。
「まあ、それにしてもここは特にお札とか貼っていなくてよかったわ」
気になっていたのは妖を退治してしまうお札が貼られているかどうかだった。平安は陰陽寮はあったがまだ陰陽局は存在しておらず、あの安倍家の大陰陽師も生まれていない。貴族がお祓いを頼むのは僧ぐらいだった。
「さてとまずは寝ましょうか」
キヨは御曹司と別の布団で寝て明日を迎えた。
〇〇
キヨが御曹司に嫁いでもう3ヶ月が経つ。気立がよく美人のため噂になるのも早かった。村のものもキヨの姿を見たいと塀の外まで群がった。
『おい、どこにいるんだ その別嬪さんは』
『えらい美人だって聞いたけど』
『都のお姫様と同じくらい綺麗って噂なんでしょう?』
ガヤガヤと村人が騒ぐ声に屋敷の外まで聞こえた。その声に家のものは気づいていた。御曹司と御曹司の父親は気にしていなかったが、母親は違った。
「全く今日は騒々しいわね 人気者は大変ね、キヨさん」
話しかけられたキヨは波変えたてないように答えた。
「え、ええ私が珍しいのでしょう」
「ふん、それよりも今度あの子の見合いがあるの」
「…はい」
母親の方はキヨがどんな態度をするのかじっと観察するような目つきに口元が引きつきそうになったがなんとか堪えた。
「一応、あなたを側室として紹介しますけど そしてでしゃばらないこと!いいわね」
「はい、分かりました 奥様」
キヨの謙虚な態度に母親は満足したようで退室した。
アッカベーと舌を出したくなったがどこで見ているのかわからない。ここを出るまでは気をつけるように戒めた。
キヨがここに来て3ヶ月。そばで寝ることがあっても幻術で催眠をかければ一発で寝てくれる。父と母には米など物資を送れるので一石二鳥である。
『それにしてもあのバカ息子、正室が来るのか』
御曹司は母親から見合いをするように言われて、それを聞いた私に正室は結婚するだけだ。愛しているのは君だけだという、
「信じています」というと御曹司は嬉しそうに喜んだ。
「この正室が来たらお役ごめんね、って言いたいけど正体がバレないように気をつけないとね」