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第二十五話:キヨの夢


「そうなんですか…ちなみにどこら辺が」


「うん? ああ、そうだな 顔とか雰囲気とかあまりにも似ていたからびっくりしたよ」


「そんなに似ていたらびっくりしますね」


「ああ、初対面の時は瓜二つすぎて思わず固まってしまったよ」


 安久は聖子と初対面した時のことを思い出す。


「そういえばそうでしたね」


 二人はおかしそうに笑い合った。先ほどの重い空気が少し軽くなった気がした。


「あの…」


「うん、何が?」


 安久が出掛かった言葉をなんとか押し留めた。



「いえ、ありがとうございました」


「ああ、それじゃ」


 聖子は一度も振り返ることはなくドアを閉めた。安久はそのドアを見ながら息をついた。自分の口を当てて自問自答する。


『俺は今…何を 彼女に言おうとした』


 聖子に昔の好きな人に言われた時に嫌に胸が騒いだ。また会えないか…なんてと言う言葉は付き合っていた女性に数えきれないぐらい言った。なのに聖子だけはその言葉をためらった。


『俺は』


 その時だった。音が聞こえたかと思えば着信を知らせる音だった。画面を見ると火原からである。


「はい、安久です」


「やあ、仕事は捗っていますか?」


「すみません、ドジを踏んでしまって休んでいました、でも明日からは動けますので」


「そうでしたか、体調の方は大丈夫ですか?」


「ええ、だいぶ良くなりました」


「それは良かった」


 それなら頼みたいことがあるのですが


「はい」


「今度の9月末に、隅田川の花火大会がありますね」


「ええ、確か」


 そんなことを昔の彼女が言っていたようなことを思い出す。


「それでその花火大会はいい狩場にならないでしょうか」


「狩場?」


 一体何を言っているのだと安久は火原に聞き返す。


「あなたは初めてでしたね 今まで精気を集めていたのですが、今度から魂を取るのには絶好の場所でしょう」


 思わぬ言葉に安久はついていくなくなった。殺したいほど復讐したいと思っていてもつい数ヶ月前までは普通の人間だったのだ。


「あの、狩られた魂はどうなるんですか」



「ああ、まだあなたはやったことがなかったんですね」


 笑い声を上げながら言う火原に安久は電話口でゾッとした。


「もちろん、死ぬんですよ」



 やけに頭の中に響いた。なんの躊躇もなく話す火原は安久のめまいはしそうになる。


「あなたは初めてなのでもちろん躊躇するでしょう。だけど思い出してください…どうして自分が蘇りたいと思ったのか」


彼の言葉に安久はどうして死ぬことになったのかを思い出す。


「そうだ、俺はあの男が…」


「そうです」


「その男の魂を狩りたくありませんか?」


「狩りたい、あの男に復讐をしたい」


 その瞳は暗く澱んでいた。先ほどまで聖子と楽しく話しをしていた安久はどこにもいなくなった。


「私が手筈を整えましょう」


 そんな不穏な言葉を残して電話を切った。



〇〇



 聖子はそんなことを知る由もなく思いを馳せていた。


『これでいい』


 彼と別れる前に安久が何かを言いかけていたのはわかっていたが、聖子はそれを指摘しなかった。だからこそ魚の骨が喉にひっかかたように感じた聖子は首元を抑える。


『これは一時的なもの』


 そうでなければ私は同じ過ちを繰り返すだろう。






 あれはまだ平安よりも前の時、延長6年、913年のこと。聖子は人間の父親と白蛇の精の母親の間に生まれた。半分人間半分神の半神だった。


 少女だったころは村人から可愛がられ、ゆくゆくは美人になるだろうともてはやされていた。


 彼女の名はキヨ。後に清姫と名付けられる。


 そんな彼女には夢があった。



〇〇




 それは父と母のような大恋愛をすることだった。


 父親は庄司の息子、三男坊として生まれ、人間であるにも関わらず白蛇の精の母と共にすることを選んだのだ。人でない者と人がどれだけ大変なのか当時の幼い聖子には分からなかった。


 二人は出会った後、長男ではないのを幸いなことに両親からは渋々と許され市井(しせい)に下りたのだった。その後に両親からもらったお金で宿屋を開業したのだった。


 母は人間に化けるのが得意で、人間の世界によく馴染んでいたため母に倣いそれに順応した。


 宿屋に来る客からは可愛らしいお嬢さんだこと、まるでお人形さんのようねと言われた。


 現に聖子は可愛らしい容姿をしていた。少し太めの眉につぶらな瞳、愛らしい口元、そして何よりも笑顔が可愛らしかった。


「将来が楽しみね」とお客さんはいい、


「ふふまだ子供ですよ」


 そう言いながらも母は口元に笑みを浮かべた。


 そして聖子が16の年頃となり、ますます磨きがかかり人気が上がった。その噂は街を超えて宮中に届くほどだった。


 だがキヨは自分が美しくなっても恋愛をしたい相手がなかなか見つからなかった。キヨの姿を見て惚れたものの中に貴族のものがいた。


 そのものは粘着質な目でキヨを見つめ、見られただけで怖気が走る。けれどこの世は弱肉強食。例え白蛇の血を引いていても宿屋の娘であり、向こうは下級貴族だが御曹司である。


 どちらに明暗があるのか目に見えている。父と母も無碍に断ることはできなかった。キヨは母に術が何かできないかと相談した。


「それは難しいのよね」


「え、どうして 今まで私が正体をバラしても記憶とか消していたでしょう」


「ええ、でもそれは平民とかだったからよ でも貴族は別よ。あいつらは僧侶と繋がっているから」


 その単語にキヨはビクッと肩を振るわせる。それは母から恐ろしいものと小さい頃から教えられていたからだ。


「それじゃ、どうすればいいの」


 キヨは母に何か策がないかと懇願する。


「そうね、私にいい提案があるわ」


 その提案にキヨは藁をも掴む思いで来る日に臨んだ。


 そしてその日が来た。あの下級貴族の男と会うのだ。自分から行くというのに使いの者が牛車を引いて迎えに来た。


「それでは行ってきます」


「ええ、気をつけてね」


 こくりとうなづいて娘を見送った。キヨは揺られながら覚悟を秘めて貴族の屋敷に向かった。


 御簾越しにキョロキョロと見回す。そして到着したのか牛車は止まった。御簾を開けたのは使用人で出ようとしたその時だった。


 キヨを出迎えたのは気持ちの悪い声だった。


「やあ、よく来てくれたね キヨ姫」


 ぎょろっとした瞳、薄い唇、そして青白い肌、猫背になっていればより老けて感じる。年齢は確か20の前半と聞いていたが、見積もっても40にか見えない。


『何度も見たくないけど致し方ない』


 キヨはここにくる日にある計画を立てていた。貴族から逃げられないのならバレないように精気を抜き取ってしまえばいいと母から言われた。


 こんな男の精気など欲しくないのだが、要するに自分を好きと思わなくすればいいのである。


 キヨも半分は人間、例え嫁いだ相手でも傷つけたりしたくない。父にもそのことを話すと殺さないのならと渋々了承した。


「だけど 無茶はするなよ キヨ」


「はい」


 キヨは笑顔を崩さないように男に向かい挨拶をした。


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