第二十二話:死体をいくつも見れる方が怖いんだが
ゲームでも姿があまり変わらなかったから、やはりあれは賀茂家の次期当主もきていたのだと青野=志郎は確信した。
そして朝日が覚醒するきっかけとなったのも彼なのだと焦燥に駆られる。
「ゲームの中ではどんな風に過ごしたか調査報告書を読みましたが、今でも信じられない気分です」
立川の言葉に足立はうなづいた。
「まあな、普通、魂がゲームの中に囚われるなんて誰も思わないだろう」
「ですよね あんなに若いのにすごいですよね」
それには阿倍野が答えた。
「はい、私の自慢の二人です。私は分家ですが、本家と分家、なんの隔たりもなく接してほしいと言われました、まだ彼が10歳の時に」
どんな10歳なんだと足立はグビリと酒を煽った。
「ええ、10歳でそんなに達観していたんですか 通りで」
今までの彼の行動を鑑みて、立川は彼とよく話をしてみたいと思った。
「一度ちゃんと話してみたいですね。ゲーム前はあまり話せなかったので」
「そうですね、彼らに伝えておきます」
二人の話を聞きながら志郎はやはり朝日と憲暁は合わせるべきではないと思った。
『もうあのような思いは…』
炎が周囲を覆う火の壁と、こびりつくような黒い煙、そして眼下には致命傷を負った主人…。
「……さん、青野さん」
「はい?」
気がつくと志郎に注目を集めていて、目を見開く。
「えっと…」
「青野さん 酔いました? もう一時なのでそろそろお暇しましょうかと思いまして」
「ああ、そうですね」
思ったより物思いに耽っていたことに志郎は自分を叱咤し、あえて酔ったふりをした。
「そうですね、少し酔っちゃったみたいで」
「青野さんも結構呑んでいましたもんね」
流れるように言っているが志郎はこれぐらいの酒で酔うはずがない。志郎よりも糀と聖子が数倍飲めるが、彼も負けてはいない。しかし感傷的になりすぎて酔いやすくなっているのもまた事実だった。もう電車もないのでタクシーをスマホで呼ぼうかとした時だった。
志郎の耳が誰かが話すのを聞こえたのだ。
「すみません、ちょっと」
志郎はそれを聞いた瞬間に走り去っていく。
先ほどまでおとなしかった志郎の挙動に何事かと察した阿倍野たちはその後をついていく。そして志郎が向かった先には廊下で男性が女性に壁ドンをしている状態だった。
「えっと、同意ですか?」
男の方は格好からしてヤクザを連想させるものがあった。極め付けはガラの悪さといい、口の悪さである。
「ああん、何を見ているんだよ 邪魔すんじゃねえ」
男の柄の悪い様子に女性は怖がっているかと思い志郎は彼女を見ると堂々としていた。いや、単に肝が太いのか。
「同意ではない、トイレに行った帰りに絡んできてな」
「お知り合いということではないということですね」
「ああ、そうだ」
そして後方から来ていた立川たちが志郎のもとにたどり着いた。女性の方を見て立川と足立は驚いた。
「野原さんじゃないですか!? どうしてここに」
自分の名前を言われた科捜研の野原寧々は首を傾げた。
「ここに来たのは新人の歓迎会があってな」
「あ、そうだったんですね」
なんだか気の抜ける立川と野原に、足立は状況を把握しようとした。
〇〇
「あ〜それでそこにいる男性はお前の知り合いなのか」
「うん、これか?」
目の前にいる男性に指を差した。
「いや知り合いではない トイレの帰りにぶつかってしまって謝っているのだが」
野原の言い訳を聞いたチンピラは声を上げる。
「ああ、あんなの謝っているうちに入らねえつうの」
男はキレ気味に野原に声を上げるが、怖がりもせず平然としている。その反論を聞いた野原は眉を顰める。
「言ったぞ、スマンと」
「だから謝る態度じゃねえっての」
いたたと男は胸ら辺を抑えていた。それを見て志郎、阿倍野、加茂野、立川、足立は呆れ果てる。男と野原の体格を見れば一目瞭然である。
男は180センチもあtり、細身だが筋肉もあるのに対し、野原の身長は150前後で華奢な体型である。男性にダメージを与えるならかなりスピードを上げてこの男に突っ込んでないといけないが、彼とは知り合いではないと言った。
この男を恨む理由もないし、彼女の好奇心はやや特殊なことを立川たちは知っている。
「そんなに痛いのでしたら、私が見ましょうか」
志郎は前に出て、男に声をかけた。それにびっくりしたのは阿倍野と加茂野、立川と足立である。
「そんなことできるんですか?」
「はは、医者の真似事ですが、どうでしょう」
志郎の申し出に男は舌打ちをして痛みがあったような仮病をやめて足早に去っていく。立川は野原に声をかけた。
「いや、災難でしたね 大丈夫でしたか 野原さん」
話しかけられた野原は立川の顔を見て、首を傾げる。
「うん? どなた?」
ガクッと立川は忘れられていることに気づき改めて自己紹介をした。
「僕です。刑事課の立川です ほら甘いものが好きって言った」
「! ああ あの時のか」
相変わらず自分の興味以外のものに眼中にはない。それがアイドル顔負けの立川も同じくである。
「お知り合いだったんですね 彼女と」
「あ、はい 彼女は科捜研の野原寧々さんという方です」
加茂野は野原に近寄り優しく声をかけた。
「それにしても怖かったでしょう、大丈夫でしたか」
普通の女性なら頬を染めたり、あと黄色い悲鳴を上げているかもしれないが彼女の反応は至ってシンプルである。
「いや、問題ない」
「そうですか、お強いですね」
「あんなチンピラ相手に怖がっていたら死体をいくつも見れないからね」
『いや、死体をいくつも見れる方が怖いんだが』
心の中で総ツッコミをした。足立は野原に調子を狂わせながらも加茂野に話しかける。
「加茂野さん、相手が悪い 野原は見た目はいいが、最初は誰でも騙される」
最初はというと先輩も騙されたのかと後輩である立川は気になった。
「ひどい言いようだな」
「そういやどうしてここに」
「それは新人のかんげ…」
野原が説明しようとした時に誰かがこちらにやってくる。
「野原さん!」
低く透き通る声に野原は気づき、立川たちを尻目に手を振ると彼が近寄ってきた。見目麗しい男性に立川と足立も見覚えがあった。
「あ、確か宮野さんでした?」
「え?」
名前を言い当てられた宮野は驚き立川の顔を見て仰天する。
「あなたたちは確か刑事の…」
「はい、刑事の立川でこちらが先輩の足立刑事です」
「そうですよね! こんばんわ、偶然ですね」
立川と宮野はおかしそうに笑った。阿倍野と加茂野はその光景を微笑ましそうに笑った。けれど、この雰囲気の中でも野原は笑う方ほど空気が読める方ではない、むしろ関心がなかった。
一人だけただ笑っていなかったものがいた。
志郎だった。