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第十六話:五十年ぶりの目覚めの朝

「僕」が目を覚ましたのは今から半世紀も昔の昭和時代に入った頃のことである。


「う…ゔ」


 その日は気持ちのいい快晴である朝の光が屋内を照らし、日本家屋の奥にある一室にも届いていた。


 その中には一人の子供が布団の中で眠っていた。推定5歳ぐらいだろうか、黒髪に愛らしい顔立ちと、布団の中でも分かるくらいに華奢で体の線が細い。


 陽の光に眩しく感じた僕はうなされるようにパチリと目が覚める。


「朝…?」


 僕は辺りをキョロキョロ見回すと障子の向こうから声が聞こえた。


「おはようございます 起きていますか?」


 寝起きに声をかけられた僕はいきなり緊張が走り、少し肩を強張らせたがなんとか言葉にできた。


「…はい、起きてます」


「入ってもよろしいでしょうか?」


「はっはい、大丈夫です」


 障子を静かな動作で開けたのは着物を着た黒髪の男性だった。男性は僕に近寄り声をかける。


「体調はもう大丈夫ですか?」


「はい。 おかげさまで大分楽になりました」


 僕は普通に話したつもりだが、男は悲しそうに目を細めた。


「そうですか…それは良かった」


 男の心から安堵する声音に、僕は居ても立っても居られず、布団から出て畳の上で正座をしてお辞儀をした。


「心配をかけてしまって申し訳ありません。 お世話をしていただいてありがとうございました」


 反応に遅れた男は、僕の行動を止めるように慌てた。


「謝らなくていいですよ。 私たちが好きでやっているのですから」


「でも僕が寝ている間、料理を作ってくれたり、薬とかも…他の人たちにもお礼を言いたいです」


 そういうと、男性は視線を逸らして話をそらすかのように口を開く。


「分かりました。 それよりまずは朝ごはんですね」


 その途端、お腹の音が鳴った。僕は男に食卓に連れていかれると、割烹着を着た和服の少女がいた。外見は子供よりも年上で長い黒髪を一つに結んでいた。


「おはようございます よく眠れましたか?」


 少女の問いに子供はすぐに答えた。


「おはようございます。 ぐっすりと眠れました」


「あの僕の看病をしてくれて、ありがとうございます」


 少女に向かってお辞儀をする僕に対して、彼女は朝ごはんを用意していた手を止めて、自分に近づいた。


「…いえ、大したことはしていません。 お元気になられて何よりです」


 少女は僕の柔らかな頬に手を添えて、優しく微笑んだ。


 少し照れくさくなった自分は下を俯くと、ドタバタとどこからか大きな足音が聞こえてきて、僕はびっくりして女の子の裾を掴んだ。


 音の正体は食卓の暖簾をかき分け、入ってきた赤毛の青年だった。


「ねえ、あきが目が覚めたって本当?」


 いきなり入ってきた青年に僕は驚き、少女の後ろに隠れてしまう。


「あれ? あきがいない? ここから匂いがするんだけど…おかしいな〜?」


 青年は近くにいた男性に声をかける。



〇〇



「あっ、志郎。 あきがどこに行ったか知らない?」


 呑気に間延びする声とは裏腹に、志郎と呼ばれた男性は眉間にしわを寄せていた。


「この馬鹿」


「あき様がびっくりされているだろうが。 お前が大きな声を出したから」


 どっちかっていうと目の前の青年のドスの効いた声音に僕はびっくりする。


「えっ? あきがいるの」


 志郎の指摘と目線の先に、こちらをビクビクと伺っている小さな人影に気付いた。


 赤毛の青年はすぐに少女の後ろに隠れている子供である僕を見つけた。


「あっ、いた」


 青年は注意されたことも忘れて、青年は子供の方にのしのしと歩いて行った。志郎はピクリと眉をゆらす。


「糀…私が先に言ったことをもう忘れたんか?」


 先ほどよりも低い声音に、赤毛の青年ーー糀はびくりと肩を揺らす。


「ご ごめんなさい」


 自分より上背のある男に怒られる様はさも滑稽にうつるであろう。その光景を少女の後ろから見ていた子供は思わず笑ってしまう。


「ははは」


 子供の笑い声に気付いた志郎と糀は一瞬呆気にとられて、頰が緩んだ。


「あら 何だか楽しそうね」


 その後に来たのは、黒髪の短髪で毛先が跳ね上がっている長身の女性が暖簾をくぐってきた。糀よりも登場が控えめだったため、子供は驚かずにすんだ。


 女性は子供に近づいて、腰を折って挨拶をする。


「おはようございます、あき様。 体調が良くなられて本当に良かった」


「おはようございます」


「あの、抱きしめてもいいですか」


「え?」


 女性から唐突にお願いをされて、子供はきょとんとする。切なそうな目で言われた子供は、女性の言う通りに体を委ねた。


 女性に抱擁された子供は体の温もりが気持ち良かったが、徐々に体が締め付けられるように苦しくなった。


『ぐえっ なんかジワジワと締め付けられているような』


「あき様 本当に良かった 本当にーー」


 女性は自分の腕が子供を締め付けていることに気づかずに、抱きしめることに夢中になっている。


『誰か、助けて』


 心の中で祈っていると、天の助けが舞い降りた。女性に声をかけたのは、割烹着を来た少女である。


「聖子きよこさん?! それ以上は潰れてしまいますっ」


「へ…」


 腕の中で子供はぐったりとなっていた。抵抗はしたものの疲れ果てた有様である。


「ご ごめんね。 思わず気持ちが入っちゃった」


 女性の申し訳なさそうな声音に、子供は返事をする。


「はい…なんとか大丈夫です」


「それだけ、僕のこと心配してくれたんですよね」


 子供の心遣いにズキュンと胸を打たれた女性ーー聖子は衝動を抑えられなくなりそうになり、志郎は子供の前に立ち構えた。


「聖子さん それ以上は抑えてください」


「あき様はまだ起きたばかりなので」


 その言葉に聖子はハッとして、意気消沈する。


「そうだったわね、ごめんなさいね」


 聖子は手を合わせて謝った。子供は手を振り、気まずくなる前に別の話題を話した。


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