第二十話:八つ当たり
志郎の双子の娘は朝日と真澄が学校から帰ることを察知して玄関で待ち構えていたのだ。双子の姉の香散見はメイドがしている「おかえりなさいませ ご主人様」を試したかったのである。妹の合歓は姉の趣向が分かっているので無感情になりながら付き合ってあげている。
玄関がガラリと開いた瞬間、香散見が声をあげる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「あ、うん ただいま 香散見さん、合歓さん」
あまり驚いた様子のない朝日に二人は拍子抜けした。朝日は外見はおとなしめだが、感情表現は豊かな方である。なのに先ほどのリアクションに違和感を感じた。妹の合歓は何かを察し、朝日に風呂を進めた。
「朝日様、今日は檜の入浴剤を入れましたので」
「ありがとう、合歓さん」
そう言ってスタスタと自分の私室に帰って行った。どうして元気がいないのか香散見と合歓は立ち去る朝日を見送る真澄に視線を移した。
「真澄姉さま、何か学校でありました」
「はい、実は…」
「昼休みに朝日様の友人が花月さんを街中で男の人と歩いているのを見かけたらしく、その人が誰なのかと聞いたのですが…」
「それでその人は花月さんとは」
「はい、私たちも以前調査したことがある人物でした」
彼の名前は藤本京介さん、36歳の男性の方で、花月さんのお母さんのご親戚だそうです。彼女のご両親が亡くなり、成人するまでの間は保護者になっています。
「ということは血のつながりはないということですね」
そのことに真澄はうなづいた。
「なるほどそれで」
この国では従兄弟同士が結婚しても珍しいことではない。テレビでは年の差カップルなど少なくはないし、20歳以上離れているのは稀ではあるがいないわけではない。朝日が何を思い詰めているのかわかり、真澄も暗い表情になのか分かった。
「真澄姉さま、お茶しませんか? 今日はタルトを作ったんです」
「そうですね、いただきましょう」
二人の心遣いに真澄は少しだけ明るくなった。
〇〇
深夜0時になる一時間前に志郎の息子、藤次郎はようやく訪れた。
「あ、兄様 やってきた」
「もうこないかと思った」
「悪い…」
心配そうに見つめる双子の妹たちに兄は申し訳なさそうに謝った。
「すまない 遅くなって」
「いえ、きてくれたので今日の見回りは朝日様、真澄様、お兄様で行くんですよね」
「ああ、行ってくる 留守を頼む」
「はい、お兄様」
「うん?」
双子の妹の声に兄は振り返る。
「朝日様 ちょっと元気がないようでフォローをお願いします」
「何かあったのか?」
藤次郎はそこで朝日が帰ってきた時の状態、学校であった出来事を詳細に話すにつれて目が細くなっていく。
「兄様、怒っていますか」
態度の急変に双子はいち早く気づく。
「怒っていない、どうして怒る必要があるんだ」
そう言っているものの、目が笑っていない。二人は朝日の近況を兄に伝えにくかったがこれも務めである。そして0時前になり、朝日は御影様として見回りをしに玄関に行くと香散見と合歓が待ち構えていた。朝日は藤次郎の存在に気づき、動きを止めた。
「あ、今日はよろしくお願いします」
一礼すると、藤次郎は事務的な動作で礼をした。
「はい、こちらこそ よろしくお願いします」
温かみのない低い声音に朝日は気が重くなる。
「それでは行きましょう 留守をよろしくお願いします」
真澄は双子にお願いをして、朝日たちと見回りに向かった。
3人の様子を見て二人は妙な胸騒ぎがした。朝日の昼の様子を聞いてから逡巡する。何も起こらないといいけど。二人は今日の見回りが無事に終わることを願った。
〇〇
昼はなりを潜めている妖怪たちも夜には活動的になり、人に悪さをする妖たちを狭間区でのナワバリでは黒い着物をきて、お面を被った童が刀を持ち、機敏な動きで成敗するのだが、今日の動きはからっきしであった。
一撃を与えても、決定打にならず取り逃そうとなったり、動きが遅れて傷を追いそうになるなど。その様子にそばについていた藤次郎の堪忍袋の尾が切れた。
「御影様、今日はもうやめにしませんか?」
「え」
笑顔であるが引き攣る口元に朝日はたじろいた。
「でもまだ一時間しか…」
反論しようとする朝日に藤次郎はじとっと睨んだ。
「その様子では、仕事に支障が出ますしっていうかもうなっています」
「うぐ、すみません」
最もな意見に朝日はぐうの音も返せなかった。
「私が代わりに見回りに行きますので、真澄ねえさんとおかえりください」
「……うん 藤次郎さん よろしくお願いします」
朝日はお辞儀をすると藤次郎はうなづいた。
「はい」
藤次郎は真澄に一礼すると。彼は闇の中に消えていった。
「ごめんね、真澄」
「何がですか?」
「どうしようもない主人で」
朝日の様子を見て真澄はこれはかなりショックを受けているのだと思った。そのショックを受けた原因が彼女だということに真澄はどうすることもできない。
「どうしようもなくないです。私にとって朝日様はたった一人の主人で私の大切な方ですから」
真澄の言葉に朝日は少し気力が戻った。
「ありがとう、そうだね 落ち込んでいる場合じゃないよね」
「はい」
朝日の笑顔を見た真澄もまた笑顔になり二人は帰路についたのだった。藤次郎は颯爽と夜の闇に紛れ、悪さをする妖を見つけては情け容赦無く退治していた。
フラストレーションを発散させるかのように、言うなれば朝日に八つ当たりできないから妖に八つ当たりしているのである。
低俗な妖に遅れをとり、私情で仕事に身が入らない主人に藤次郎はイライラを募らせる。それなのにどうしてあんな主人に今だに仕えているのかわからなかった。たとえ彼に恩義があるとしても、もう十分だろうと。
「シャアアア」
藤次郎に襲いかかる妖に藤次郎はヤケクソ気味に言葉を放った。
「うるせえな」
妖の断末魔の叫び声が木霊する。