第十九話:とある高級ホテルでの噂話
これは都内の高級ホテルの女性スタッフでの会話である。
「ねえ、聞いた 今 スイートにいる人超お金持ちらしいよ」
スイートは一泊5万円はする。けれどそのお客は二週間近くそこに泊まっていた。お客の顔を見たのはフロントぐらいである。そしてそのフロントはそのお客と対面し対応したらしい。
「へえ、そうなんですね まあスイート借りるぐらいだからどこかの社長じゃないですかね」
ベットメイキングの仕事をしている32歳の木下明里は作業着へと着替えながら同僚の話を聞いた。
「そうね、あんなに話をしていたら今日こそ顔をみてみたいわね」
「あ、今日は私たちがスイートでしたね」
「まあ、プレートがかかっていたらお客さんが中にいるとできないからね」
「そうですね、ちょっと確認してきます」
「ええ、お願いね」
明里はスイートルームのドアを見るとそこにはプレートがかかってなかった。
『残念、中にいるのか』
顔だけでも見れないかと思ったが、こればかりは仕方がない。明里はいそいそと先輩に無線で伝えた。
『先輩、スイートはかかっていません』
『了解です』
夕方になった頃、あかりもタイムカードに打刻をして、作業着から私服へと着替えた。そんな時だった。若い女性スタッフが駆け込んできた。
「木下先輩 キキ」
まるで猿のモノマネの塔になっている後輩に明里は首を傾げた。
「どうしたの?」
「きています あの人が さっき準備していたら、フロントスタッフが裏の方で騒いでいてなんなのかと思ったらその人が」
「ふえ!? そうなの」
気になっていた明里は後輩と一緒に見にいった。あまり野次馬とかしたくないが人がこんなにも騒いでいれば気になってしまうのが人の性なのか、物陰からそっとフロントを見るとその人物はフロントにいた。
身長が180前後の高身長で均整の取れた体つきで女性たちが思わず見惚れるのもうなづける。
しなやかな黒い髪にキリッと鋭い瞳をしており、その美貌には男性スタッフも緊張するほどである。鍵を預けるとその彼は一礼してその場を去った。彼が去った後は黄色い声の阿鼻叫喚である。
「何あれめっちゃかっこいい」
「ちょっとあの顔好みなんだけど」
「彼氏になって欲しいな」
興奮冷めやらぬ中、後ろにいた先輩スタッフに声をかけられて現実へと戻った。
「こんなところにいたらチーフに怒られますよ」
「あ、すみません」
「まあ、確かにカッコよかったですね」
先輩スタッフのボソッとしたつぶやきに明里はうなづいた。
〇〇
「はあ」
ホテルを出た藤次郎は人知れずため息をついた。女性スタッフが隠れて話をしていたのは聴力のいい藤次郎にとっては丸聞こえだった。
ただでさえ先ほどの電話で気が重いというのに。藤次郎は父、志郎から電話がかかってきた。普段はしてこない父に対して憮然とした言葉で返事をする。
「今夜は何か予定がありますか?」
「いえ、特には」
「それなら今日朝日様が狭間区の見回りをするので護衛をお願いします」
優しく聞いているのだが、父の性格を熟知している息子はお願いではないとわかっていた。
「わかりました」
「私はちょっと所用で行けないので、聖子さんも用事があるということなので」
『聖子さんが?』
大抵、朝日のそばを守っているのは父なのだがそばに入れないときは聖子か糀になる。糀は力はあるが、周りのことへの対処はからっきしになるので大抵は聖子になる。そのことに珍しく感じたがあの人も用事があるだろうと彼は気にしなかった。
というよりも朝日を護衛することに胸がざわつき考えるのをやめたのだった。