第十八話:京介おじさん
「よし、これでいいかな」
今日は土曜日で学校も休みである。土曜日でも部活動はあるのだが、花月は部活動に入っていない。別に部活動を別に嫌いではない。体を動かして、汗を流して楽しそうにスポーツ活動をしているのを見るとワクワクするのだが、部活動もタダではない。部費がかかってしまうのなら喜んで帰宅部を選ぶ方である。
花月は鏡の前でどこかおかしくないか見下ろした。黒のジーンズに少し可愛めのYシャツを着た。9月であっても暑いので肌が出ている腕の部分などに日焼け止めを塗りこむ。
「今、何時 あ〜もう行かないと」
時刻は10時すぎ、花月は急ぎ足でアパートを出た。なぜ急いでいるのかというとこれから人と会う約束をしているからだ。待ち合わせ場所は秋葉原のおしゃれなカフェである。
『ここかな?』
スマホをみると中で待っているとのメッセージを見た花月はドキドキしながらドアを開けた。カラカラとした音が鳴り響くとレジの前で立っているスタッフと目が合った。
「いらっしゃいませ ご自由にお座りください」
ぺこりと一礼して中に入ると窓側に座っていた男性と目が合った。
「あっ」
花月は他の人にぶつからないように彼の元に向かった。
「こんにちは、京介おじさん」
「ええ、こんにちは お久しぶりですね 花月さん」
少し垢抜けた髪を一つ束ねた男性が花月を出迎える。
「少し遅くなりましたか?」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
「よかった」
「まずはメニューを頼みましょうね」
「そうですね」
花月と彼はどうゆう関係かというと彼は母の親戚であるらしい。そしてこの人こそが私と両親のアパートを守ってくれた恩人である。
両親の葬儀の後に彼が一人やってきたことは驚いた。面識がなかったが仏壇に線香をあげたいという一言に無碍にできなかった。京介が仏壇に手を供え、祈る姿に涙が溢れた。ただ見ていることしかできなかった。
彼が振り向くと目があった。
『花月ちゃんは中学生?』
「はい、あのこの家を出なくちゃいけないんでしょうか」
両親が急にいなくなり漠然とした不安と恐怖が花月を襲う。
『……私はこの家を出なくちゃいけないのでしょうか、まだ未成年ですし、この家を借りるなんて、でもここを出て行ったらお父さんとお母さんの家が……思い出があるんです』
ぽとぽとと涙が溢れていく。目の前にティッシュを出されて花月は礼を告げた。
「すみま…せん、泣いてしまって」
「いや、花月ちゃん もしよかったらなんだけど僕が連帯保証人になろうか?」
「え」
花月は目の前にいる彼が何を言っているのか分からなかった。
「連帯保証人って」
「あ、そうだね 僕が君の保護者になって成人になるまでは保証人になるってことだよ」
「! でもあなたに迷惑が」
京介は首を振って花月の言葉を止めた。
「迷惑じゃないよ、君の両親には感謝しているんだ だからこれは僕の恩返しでもあるんだ」
花月は藁にも縋る思いで、心を込めて感謝を告げた。
「よろしくお願いします」
それが彼、藤本京介さんとの初めての出会いだった。そして幼い頃からの母と父の写真が入っているアルバムをもらったり、思い出話に花を咲かせた。数ヶ月に一回会うなどの交流をしている。ご飯を食べ終わり、花月は話しあう。
「次はどこで話そうか」
「そうですね あまり街中を歩きませんし、ぶらぶらと歩きます?」
「そうだね」
花月と京介は話し合いながら楽しく1日が終わった。話に夢中になっていた花月は誰かに見られていることに気づいていなかった。
〇〇
月曜日になり花月、朝日、真澄はいつものように学校に向かった。いつもじゃないのは志郎がいなくてそのフォローを志郎の娘の香散見と合歓である。二人は父親に似て、ご飯をおかわりしたいくらい料理が上手である。
「おはよう、花月」
「おはよう、友紀ちゃん 麻里子」
「おはようございます」
二人に気づいて朝日と真澄も挨拶をした。
「おはよう」
それに友希子と麻里子も返事をした。そして友希子が花月に話しかけようとした。
「あのさ、花月」
「うん どうしたの?」
首を傾げる花月に友希子は口篭らせる。
「いや、やっぱいいかな」
「そう?」
友希子が話すのをやめて麻里子は声をあげる。
「どうして話すのをやめるのよ」
「だって、一応花月のプライベートだし!」
こそこそと話す二人に花月、朝日、真澄は訝しむ。友希子は意を決して花月に話すのを再開した。
「私、昨日 麻里子と一緒に秋葉原に行ったんだけど、その時花月を見かけて」
『あ、そうなんだ』
朝日は花月が休日までどこで何をしているか見ているわけではない。幼稚園の時、妖怪に狙われて彼女の周囲を調べていると志郎からストーカーみたいだといわれたことに衝撃を受けてから控えめにしている。
学校にいるときはなるべくそばにいて休みの時は自由行動だと。朝日は分別つけようとしていたのだが、この後の友希子の言葉で一変する。
「花月と一緒にいた男の人って誰なのかな〜って」
「へ、男の人?」
花月は思い出すように言おうとした時その時ちょうど桃華が登校してきた。
「おはようって、どうしたのこんなところで」
不自然に固まっている花月たちに桃華は首を傾げた。朝日は先ほどの友希子の言葉が頭の中で反芻していた。
『え、オトコノヒト 男の人?』
朝日は平静を装いながらも頭の中ではパニックになっていた。そしてそんな朝日をいち早く察知したのは朝日の式神の真澄で念話で語りかける。
『朝日様、落ち着いてください』
『う、うん 僕は大丈夫だよ』
自分は平気だと述べているが、右手と右足が一緒に出ていることに気づいていない真澄はそっと嘆息した。
〇〇
昼休みになりいつもの場所に座り花月、朝日、真澄、桃華、友希子、麻里子は座った。ご飯を食べる前に花月は彼、おじさんのことを話した。
「花月の親戚?」
友希子はあっけに取られたような声を出した。
「なんだ 親戚か」
麻里子は残念そうに呟いた。
「うん、私の両親が亡くなって あの人、京介おじさんが保護者になってくれているの」
「そうだったんだね」
友希子は花月の両親が亡くなっていることを知っているので言葉を考えるが、花月の表情に話を進めた。
「いい人なんだね」
「うん、すごく話しやすくて両親との思い出話なども聞けて」
「そっか」
いい雰囲気でまとまりそうになるのを麻里子が一言で崩れた。
「そうなんだ、私てっきり恋人同士なのかと思っちゃった」
「ええ!? 違うよ」
花月は慌てて否定した。
「私は京介さんとは親戚で恩人っていう意味合いが強いかな、格好いい人だと思うけど、恋人になりたいとは思わないかな」
考える花月に麻里子はつけ加えた。
「でも親戚でも恋人になってもいいんじゃない」
それを後押ししたのは桃華である。
「そうね、法律上では問題ないんじゃない」
何気ない一言であったが、その破壊力は朝日にとって十分だった。
『あ、朝日様 朝日様!』
何度目かの呼びかけで朝日は真澄に返事をするが、口元が笑いながらもなんとか香散見と合歓お手製のお弁当を平らげても気持ちが晴れなかった。