第十六話:気になる彼女
「!?」
青野が放った言葉に彼の目が明らかに動揺を見せた。しかし、それは立川も同じである。
「え、暗示ってあの管理人ですか!? 全然普通だったような…」
それに青野はうなづいた。
「ええ、見た目は普通でしたけど。目に術をかけられているなんて気づかないでしょう。ですが妖気までは完全には消せなかったようですね」
そのことにようやく立川は足立の体調が悪い原因に気づいた。
「だから体調が悪いって言っていたんですね」
「お前のそうゆうところが羨ましいよ、本当」
顔色が悪い足立は妖気の中を平然としている立川を恨めしそうにいった。それに対し立川は褒められていると思った。
「え、褒めています?」
「褒めてねえよ」
立川の肩を借りながら苦しげに笑った。具合が悪そうな足立を見かねて早くここから立ち去ったほうがいいだろうと青野は話を進めた。
「さて、あなたには同行してもらいたいのですが…」
青野にそう言われた辻井は笑った。その不気味な笑みに最初の爽やかな好青年から、ガラリと印象が変わった。
「それは困りましたね…そうなったら、僕の勤め先に怒られてしまいますので」
彼は近くにあったものを志郎に向かいなげ飛ばした。立川はそれを見て思わず叫んだ。
「青野さん!」
けれど立川の心配はすぐに杞憂に終わる。青野はものすごい勢いで飛んできたものを素手で受け止めたのだ。これには辻井も驚き、立川と足立も驚いた。
「何!?」
まさか素手で受け止められると思っていなかった彼は困惑した。
「お前、一体何者だ!?」
「私は陰陽局の代行のものです」
青野は挨拶代わりに述べると辻井はすぐに顔色を変えた。
「警察だけじゃなかったのか…っ」
「ええ、お二人は警察ですけどね」
そのことに歯噛みしながらまた押し黙る。
『陰陽局、確か妖を退治する組織じゃないか!? 俺はここで終わるのか』
その瞬間、脳裏にあるものが浮かんだ。あいつの復讐を遂げるために今ここで終わるわけには行かない。その時だった。頭のこめかみあたりが熱く感じた。
「ぐわ!?」
彼が急にうめき声を出したので、青野、立川、足立は動きを止めた。
「え、何が!?」
立川と足立は何が何やらと困惑するばかりだが、志郎は違った。
『これは…妖気が強くなった まさか』
次の瞬間、彼をみると今までなかったものが頭のこめかみに生えていた。
「あれって、角?」
「あれがあるってことは ーー彼は鬼族」
「鬼族って確か、事件の共犯者じゃありませんでしたっけ」
「ええ、当たりを引いたようです。私から少し離れてください」
ボ〜と立っている彼がゆらりと動き、青野に襲いかかる。けれど動きを見ていた青野は難なく受け止める。そして彼の腕を掴み、一撃を与えた。
「がは!?」
「力の使い方がなっていませんね」
その衝撃に耐えきれず彼はガクッと膝を落とした。
「お前…ゲホ、本当に人間なのか…っ」
「ふふ、なんに見えますか?」
青野の情け容赦ない攻撃に立川と足立は唖然とする。
「なんか…青野さんはあまり怒らせたらくないタイプですね」
「うん、ああ そうだな」
余裕綽々と笑う青野に彼は最後の手段をとった。
「いいのか、俺を攻撃して」
「何?」
その言葉に青野は動きを止めた。
「僕は管理人に術をかけた、それと同時に保険をかけた」
「!」
立川と足立はそれを聞いて嫌な予感がした。
「僕に何かあった時、彼が僕の身代わりになるという呪いだ」
立川はそれを聞いて驚愕する。
「どうして、そんなことを!?」
「俺も命懸けなんだ」
その様子が途方に暮れた、俄然のない子供のような感じた。今ここで強制的に捕縛すれば何をするかわからない。青野は彼の瞳を窺う。
『本気か…いや迷いがある、なら』
青野は拘束していた辻井の腕を緩めた。そのことに辻井は一瞬驚いたが、すぐさま距離をとった。そして窓の冊子を掴みそこから飛び去った。
「え、ここ十五階!?」
思わず声を上げるが、彼は見事に地面に着地して次の瞬間視界から消えてしまった。
〇〇
青野から逃げ延びた彼、辻井は人々の間を縫うようにかけていく。日中のためビルの間を飛んでいくのは難しいし、今の状態ではとても出来なかった。青野に受けた腹の一撃がズキリと響き、辻井の動きを遅らせる。そしてちょっとした段差でつまづいてしまった。
「うわ!?」
ベシャリと叩きつけられる痛みに辻井は悶絶した。
『くそ〜 いてえな』
いくら妖化したとはいえ痛覚までは無くならない。若干涙目になりながら空を見上げた。そして自分が転ぶ原因になった男を恨めしく思い返した。
『あの男のせいだ』
辻井は、周りに追手がきてないか確認した。変装するのもままならずとけてしまい本来の…安久の姿になってしまう。いないことを確認したがまだ安心はできない。
這々の体で自分が棲家にしているマンションではなくカメラやセキュリティの甘い、セーフハウスのアパートにした。満身創痍であるこの体ではいつもの彼を演じることができないからだ。
ようやく羽を休めることができたのは夕方だった。安久はアパートに着くとまずしたのは傷の治療だった。傷跡が染みると赤黒くなっており、衝撃の生々しさが出ていた。
「あの野郎、本当に人間なのか…っ」
頭に響くような痛みに耐えながら治療を始めようとした時声が聞こえた気がした。
『もうお兄ちゃん、また怪我している どうしてそのままにしているの バイキンが入っちゃうよ!?』
自分の怪我に無頓着だった安久は妹によく怒られた。治療をしないといつまでも顰めっ面なので渋々とされるがままになる。すると妹は嬉しそうに笑い自分の治療をする。
『お兄ちゃんが怪我をした時は私が治すから ほらゆびきり』
『ゆびきりげんまん 嘘ついたらハリセンボンのーます 指切った』
ゆびきりを歌う妹の歌が頭の中でこだまする。
「ごめん…約束はもう守れない お前の兄はもうこの世にはいない」
胸に燻る思いを抱えながら、どうしようもない現実が鏡のの中にいる自分を突きつけられる。安久は傷口を洗って布団の上に横たわった。するとかさりとした音を耳にする。
何だと思いポケットの中に手を入れるとそこには一枚のカードが入っていた。
『これは』
それはつい先日ある女性から貰ってきたものだった。彼女だった女性の部屋に合鍵を返すためと、自分がいた痕跡をなくすために向かうと誰か来たことに気づいた。
てっきり元彼女だけかと思いきや、足音は一人ではないことに気づいた。どちらも彼女の音ではないことに気づいた安久は警戒する。
『どうする、窓から飛び降りるか いや誰かに見られる可能性もある』
あの男を見つけるまでは、あまり目立つ行動はしたくない。ここは素直に鍵を返しに来たということにしよう。
そう安久は切り替えて二人と対面した。一人は見覚えのある元彼女の友人であることを知っていた。自分の顔を見ると自分のことを思い出したのか明らかに嫌悪の表情が見えた。
そうなるだろう。たいした理由もなく一方的に別れを告げた、ひどい男に元カノの友人の夏実は喧嘩腰である。
けれど安久はそんな表情を見てもあくまで冷静だった。酔っ払った菜々の解放をした方がいいんじゃないかというと、夏実は声を上げる。
キリがないと思った安久は菜々を背負っていた彼女にようやく目を合わせた。身長は自分より高い、細身であるが、一人の女性を背負うことは並大抵ではできない。何かスポーツをしているのか。
そして印象的なのは彼女の瞳だった。切れ長の瞳が驚いたように自分を見つめていたのだ。
どうしてそんなふうに自分を見つめるのかわからない。けれど胸がざわつく気持ちになった。
そのあと、何だか気になり尾行をすると彼女にいとも簡単にバレてしまい、名刺をもらったのだが。気がついた時は安久はスマホを手にして、電話番号をかけていた。
敵には容赦のない志郎…。どんまい安久。
執筆はあと一週間くらいかかりそうですがようやく終わりが見えてきました(^_^;)
10月の上旬は執筆に集中して中旬に投稿を再開します。