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第十二話:葛藤する二つの私情


 今からもう1000年も昔、聖子と呼ばれる前に清姫という名前で呼ばれていた。そしてある日一人の僧に出会った。それが安珍だった。


 その彼と瓜二つ。




「ーーさん、聖子さん!」




 肩を揺さぶられているのにようやく気づいた。聖子はそこで少しの間、自分が茫然自失していたことに気づく。夏実が心配そうにしてる表情が見えた。それに少し理性を取り戻し心配してくれたことに聖子は冷静さを取り戻した。


「大丈夫ですか…?」


「ええ、ちょっと知り合いに……あまりにも似ていたから少し驚いたわ」


 聖子の若干ぎこちないが笑った表情に夏実も理由が分かりホッとした。が、なんとなく気まづい雰囲気になる二人が動かないことに彼から近づいてきて菜々を抱っこする聖子に声をかける。



「とりあえず、ベッドの方に運んでも?」


 間近で見れば見るほど彼に似ていることに聖子は動揺を隠せないが、近づいた瞬間彼からのニオイに気づいた。


『…これは』


 今まで気づかなかったなんて、そのことに後悔してももう遅い。聖子は後ろで抱えている菜々に触ろうとする彼に警戒心を強めた。


「彼女に何をするつもり?」


 聖子の警戒心をあらわにする言葉に彼は一瞬止まり肩をすくめた。


「何って…彼女をベッドに寝かせたほうがいいでしょ」


 当たり前のような彼の言葉に聖子と夏実は拍子抜けした。聖子もいくら警戒していてもこのまま彼女を背負い続けるわけにも行かない。息をそっと吐きそれに答えた。


「そうね、この子のベッドはどこかしら?」


「こっちです」


 彼氏、彼女だったらどこにベッドがあるか知っているだろう、これが別の顔であれば平然としていただろうが、かつての想い人と同じ顔で発してほしい言葉ではないと聖子は苦々しく思った。聖子は彼に案内されて彼女のベッドに寝かせ布団を被せた。


「よし、とりあえずこれで風邪は引かないでしょ」


「ありがとうございます、聖子さん」


 後輩をここまで運んでくれた聖子に夏実は感謝を述べる。二人の話を聞き終わった彼は話しかける。


「それじゃ、僕は帰るのであとはよろしくお願いします」


 そう言って立ち去ろうとする彼に夏実は先ほどよりも角がとれ困惑する。菜々をベッドまで案内したことに人間性を感じたからだ。だから余計に分からなかった。


「あなた、いったい どうしてこの子をフったの? この子じゃダメなの」


 漠然とした問いに彼は口を開いた。


「僕は彼女にもったいないって気づいたから、ていう理由じゃダメですかね」


 あまりにも悲しげにいう表情に夏実はたじろいだ。いくら仕事上の先輩であり仲が良くても二人の話にこれ以上に突っ込んでいいのかと思ったのだ。


 躊躇する夏実に彼はそそくさと玄関の方へ行こうとするのを聖子は声をかけた。


「それが理由、ならあんたがこの子を泣かせてもいい理由にならないでしょ」


「聖子さん」


 菜々を思う聖子の言葉に夏実は涙ぐむ。


「そうですね…合鍵はテーブルの上に置いてありますので彼女に伝えてください」


「ええ」


 彼はそっと聖子の方を見たが、聖子は彼の顔を見ることなくドアの音が聞こえたのを確認した。夏実は去っていく彼を見る余裕はなかった。少しだけ沈黙が流れた。眠る彼女を見て混乱した頭が沈静化されていく。そして彼がいなくなったことで張り詰めていた神経が一気に脱力して夏実はぺたりと床に座った。


「まさか、元彼がいたとはね」


「そうですね まさか合鍵を持っていたなんて」


「でももう来ることはないでしょ」


「はい、そうであってほしいです」


 その言葉に短い時間だったがまるで一仕事を終えたように夏実はうなづいた。菜々を介抱したあと夏実はタクシーで帰り、聖子は歩いて帰ることにした。時刻はもう深夜の1時。女性の一人歩きは危険だが、聖子は妖で夜目もきく。自分より強いものが現れない限り危険はない。

 

 東京でも繁華街から外れれば閑静な住宅街が広がる。9月になっても暑さはあまり和らいだ感じはしない。涼しくなるのは10月中旬か11月になってからだろうと聖子は思った。


 聖子はハイヒールではなく歩きやすいパンプスを履いている。周りに騒音がしないのでそのコツコツとした音がアスファルトに鳴り響く。

 

「あれ、あの時のお姉さんじゃないですか?」


 そんな時に声をかけてきた人物がいた。さっき知り合いとなった男性である。


「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね、家はこの近くなの?」


 あの人と似ている顔だが、この人は別人だ。ならもう迷う必要はない。さっきはあったばかりで動揺したのは何も心構えができてなかったからだと自分を諌める。


「いいえ、僕は今ホテル暮らしでして」


「へえ、お金持ちなのね」


 この東京でホテルに住むなんて並大抵の暮らしではない。住んでいる場所にもよるだろうが。


「いえいえ」


「それで私に何かようかしら」


「え」


 偶然であるならばここで軽く挨拶して、そのまま通り過ぎればいいと思っていた。


「あの子のマンションからずっとついてきたんだよね」


 聖子の言葉に彼は一瞬目を見開いた。次はどんな行動をするのか注視すると彼の体が震えていた。聖子は彼の顔を見ると驚いた。


「どうしてわかったんですか」


 彼は不思議そうに聞いてきた。聖子は尾行がばれたことに警戒を露わにすると思っていた。だが反応が違った。



 彼は困ったように笑ったのだ。



 最初に会った時の冷めた表情よりも人間味が溢れる暖かさがあった。これが彼の素の表情なのかと聖子は考えた。普通の女性であれば恐怖と不安で体が動けなくなるだろうが、


「まあ、人より耳とかいいからね」


 本当はニオイなのだがあえて言わない。


「そうだったんですね」


 彼は聖子の返答に納得した。平面上ではあるが、


「それで、どうして後をついてきたの?」


 聖子はもう一度同じ問いをすると彼はとても困ったように笑った。


「僕もどうして後をついてきたのか 分からなくて…」


 それは演技なのかそれとも自分では分からない無意識の行動が出てきてしまったのかどちらにしてもだが、行き場のない俄然ない子供のような表情をする彼に聖子は優しく語りかける。


「何か話したいことがあったのかい?」


「話したいこと?」


「人の後をついてきたのも誰かと関わりたいって願っているからだ。そう思っていなくても体は正直なものさ」


「心と体」


 その言葉に何か引っ掛かるものがあるのか、彼はとても悲しいような表情をしたのを聖子は見逃さなかった。


「そうですね。よく考えると後をついていくのって怖いですよね…。警察に連れて行きますか?」


 投げやりに話しているかと思ったが淡々と自分のことをなんでもない、いやどうでもいいように話す彼に聖子は一瞬固まり返事をした。


「いや…連れていかないわ」


「そうですか…本当にすみませんでした」


 彼は頭を下げて聖子に背を向けようとする。聖子はその背中を見て誰かの後ろ姿が重なった。もう2度と会うことはないだろう。本当にこれでいいのか。



 いや私は朝日様の従者で、眷属で





 だからーーー





『安珍様』





「ま、待って!」




 聖子の制止する声に彼は足を止めた。その言葉に振り返る。


「え、」


「あ、…そのあれだ! 私、BARをしているから一度来るといい」


『私は何をやっているんだ』


 聖子はベストに入れていた名刺入れから一枚出した。それを彼にあげた。


「ありがとうございます……あ、でもそのバーには僕の元カノの友人とか来られますよね、さっきの人とか…」


 そのことに聖子は失念していた。元彼に振られたばかりばのに会いたい女性がどこいるだろうかと。


「そ、そうね どこか別の場所がいいかしら」


 聖子はどこがいいかと考える様子に彼は提案した。


「だったら僕いいところを知っているのでそこでいいですか?」


 聖子は特に考えることなくそれに乗った。


「うん、ああ 構わないわ」


「それじゃ 予定が決まったらここに電話しますね」


「ああ、わかった」


 そう言って二人はようやく別れた。聖子は彼を見送りながら自問自答する。あのまま、彼に後をついて来させることもできたが、怪しいものを狭間区に入れるなんてもってのほか。狭間区には結界がはられている為有害なものは入ってこられないようになっている。最近は結界を通り抜けているものもいるようだが。


 彼を誘うようなことを言ったのは、自分でもどうしてあんなことを言ってしまったのか分からなかった。聖子はクシャリと髪をかきあげた。


『本当に何をしているのかしら…』


 あの場で彼を問い詰めても良かったが、騒ぎが大きくなるかもしれないことを危惧した。


 自分の主人である朝日は命を狙われて、体が弱体化してしまった。その主人を守るために、志郎、聖子、糀で狭間区の守りの要をしている。その要が火の粉が降りかかるような真似は絶対にしたくない。はずなのに。


 けれど、先ほどの聖子の行動はそれと相反していた。マンションに来て彼から発するニオイに気づいてしまった。


『これは妖…なの』


 人ではない独特の香りがした。近づかないと分からないけど明らかに人と違う。察するに彼は聖子が妖だということに気づいていない。それは陰陽局から提供されている組紐が役に立っているからだ。そのため人として普通に接することができるのだ。



『分かっている…』



 少し考えればわかることだ。あのまま彼に後をついてもらっていたら危険ではあるが結界が反応して陰陽局の陰陽師が出動していたはずだ。そして危険とみなされば退治する対象になるだろう。


 聖子から声をかけなければ良かったのだ。少しでも朝日の平安を守ることを考えるなら。




『これは完全に私の私情だ』


 聖子は自分を律しようと思いながらも心のどこかで最初に出会った時の彼の冷めた顔が脳裏に浮かび、忘れることができなかった。


聖子さんの朝日達に対しての思い、そしてかつての思い人・安珍への葛藤を描きました。

上手く描けているのか不安ですが。

下書きを直していくうちにどんどん文字数が増えて…(・_・;

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