第十一話:忘れるはずがない
聖子は耳を疑った。予想外すぎて驚いたのだ。
まさか彼女の口からその単語が出るとは思わなかった。その名前を覚えていたのは先日にそのことで会議をしたばかりで何度も聞いて耳に残っていたからだ。
朝日達がゲームに潜入している間は体が無防備になってしまう。その間は聖子と糀が朝日と真澄、志郎の肉体を守っていたのだ。志郎達が潜入する前にそのおかしなゲームの名前を聞いたのだ。
「ひゃっか……りょうらん」
ポロリとした聖子の呟きは菜々はまさか知っているとは思わず大きな声をあげてしまった。
「そうです! それです、聖子さんゲーム好きなんですか?」
「え、ああ…」
聖子は一瞬逡巡する。ここで当事者の朝日たちと関係があることを知られたら、後々厄介になるやもしれない。
そうなると朝日の危険へとつながるかもしれない。一瞬の油断が命取りとなる。そう考えた聖子は言葉を慎重に選んだ。
「…何度もニュースになっていたからね。結構多くの人が入院したり…だったらしいけど大丈夫なのかしら」
心配そうな聖子の言葉に菜々は力強くうなづいた。
「はい、私の知り合いゲーム仲間がいるんですけど、体が不自由になったとか、重症になった人はいないらしいので」
「へえ、ゲーム仲間って何人いたの?」
「オンラインゲームだと多人数なので、50人くらいですかね」
「50人!? それはすごいわね」
菜々の知り合いが多いことに驚き、話を進めた。聖子はあることが気になった。
「あなたはあのゲームをしたの?」
「あ〜したかったんですが、なぜかログアウトできたんですよね。どうしてか分からないんですけど、だからあの渋谷のスクランブル交差点の映像を見てびっくりしました。あれ映画のPVじゃなくて絶対あのゲームの中で起こったことだって、閉じ込められた仲間が言っていました」
菜々は興奮気味に話した。渋谷でのことを指摘されて聖子は少し動揺する。
「あ、あれは本当にすごかったわね」
「はい。それにしてもあの人めっちゃかっこいいですよね あのあと色々と情報を集めたんですけど影も形もなくて」
聖子は主人である朝日を褒められることが嬉しくてご機嫌になる。しょぼんとする菜々に聖子はカクテルと作った。
ジンベーズのジン・トニック、その言葉には「強い意志」、「いつも希望を捨てないあなたへ」と意味が込められている。
意味を聞いた菜々は聖子の計らいに泣きそうになったが、なんとか堪えた。クイッと飲んで菜々は声を上げた。
「美味しいです、これ。 普段は甘いカクテルとかしか飲まないんですけど これは飲みやすいですね」
「ふふ、それは良かった 夏実さんも何か頼みたいものがある?」
「私はそうですね サイドカーで」
「かしこまりました」
サイドカーの材料はブランデー、ホワイトキュラソー、レモンジュース、グラスにはオレンジが添えられている。
「『いつも二人で』でしたっけ」
「そうね」
その言葉をそばで聞いた菜々は目頭が熱くなりまた目を滲ませる。おまけに声を震えた。
「先輩、私、一生ついていきます」
ガバりと菜々は夏実に熱く抱擁した。
「あ、はいはい」
ぞんざいな口調なのは菜々の口調と目が蕩けていることに気づいたからだ。
「もう酔っちゃったのかしら」
「あんまり酔ったところ見たことがないんですけどね」
夏実は困ったように笑った。時刻はもう0時頃。そろそろお開きにしたほうがいいだろうと聖子は彼女たちを送ろうと常連に声をかけた。残念がっていたが快くうなづいてくれた。
「ごめんね」
「いいよ、聖子さんの頼みなら」
聖子は寝ぼけた菜々を軽々と背負った。
「聖子さん、すみません お店閉じちゃって」
申し訳なさそうにいう夏実に聖子は微笑んだ。
「いや、こうゆうときはお互い様よ」
聖子にとって当たり前のことなのだが、耐性のできたと思った夏実は不意をつかれた。
〇〇
酔った菜々を送るためにタクシーを呼び夏実は手提げを持った。
タクシーで彼女のマンションまで送るだけでなく。酔っているとどこにぶつかるか分からないので部屋の中まで連れて行くことにした。
夏実は菜々を背負う聖子の姿を見て何かできないかと述べた。
いくら小柄でも60キロはある。眠くなった人間の体は重くなるものだ。聖子の体型はスレンダーだがあまり変わらないだろう。体に負担がかからないかと急に不安になった。
「うん? ああ、大丈夫よ これくらい、鍛えているからね」
息一つ乱さない聖子に夏実は納得した。そんな時に聖子は脳裏に思い浮かべる。
(これくらいは別にね 昔、荒れていた時に片手で大岩を持ち上げた時もあった頃に比べたらね)
「すごいですね 私も鍛えようかな」
「ふふ、女性は可愛い方がいいわよ」
聖子に褒められ夏実はほおを染める。
「そんな…、あ、ここが菜々の部屋です」
【707号室】
菜々のバックから鍵を取ろうとした時だった。ガチャと無息にドアノブを回すと空いてしまったのだ。
「あれ、開いている?」
急に夏実は不安と恐怖に駆られた。鍵は菜々が持っている鍵しか開けることができないからだ。
「どうして、開いて…」
さらに開けようとした瞬間に聖子はその手を止めた。
「誰かいる」
「え!?」
思わぬ言葉に夏実は仰天して口元を抑える。聖子は夏実に質問した。
「彼女のご家族は」
「家族は神奈川らしいので、菜々は一人暮らしって聞きましたが あと一人っ子ですし」
聖子と夏実はなるべく声を落としてしゃべった。菜々のマンションは玄関の入り口は鍵があれば誰でも入れることができる。もちろん菜々の部屋の鍵を拝借した。
「そう、なら 家族ではないことは確か」
「もしかして、泥棒」
その言葉にこくりとうなづいた。
「警察に」
バックの中に手を突っ込もうとする夏実に聖子は首を振った。
「いえ、まだ泥棒と決まったわけではないわ、荒らされた形跡もないし 知り合いかも」
聖子は逡巡して 決断した。
「私から先に入るわね」
夏実はどうしたものかと思ったが、こくりとうなづいた。今にもドアを開けようとした時だった。
「そこで何をしているの?」
高い声に一瞬、女性かと思ったが、ドアを開けるとそこには人が立っていた。美少女と見紛うような容貌でくりっとした目は愛らしい。けれどどこか違和感を感じた。
まさか玄関に立っているとは思っていなかった。聖子と夏実は驚いた。
「あなたこの部屋は 菜々の部屋じゃ」
夏実は相手の顔をじっと見て、指を差した。本来指を差すのは失礼にあたるのだがそれどころではなかった。
「あなた顔を見たことがある!? 菜々の彼氏、いや元彼じゃない!?」
「!」
「あ、そうだけど 菜々を送り届けてくれたんですか?」
夏実の驚きに相手はあっけらかんと返事をした。元彼ってことはこの人は男性ということだろう。中性的な顔立ちで一見では分からない。
唖然として夏実は開いた口が塞がらない。聖子は菜々を背負っているのを見て元彼はうなづいた。いきなり現れた3人の様子を見た菜々の元彼は冷静だった。
「ああ、彼女 酔っ払ってしまったんですね それで送り届けてくれたと」
淡々と話を進めようとする元彼に夏実は彼の笑う表情を見て驚きから怒りへと変わる。
「どうして彼女が酔ったと思うの!? あなたが身勝手な理由で振ったからよ!!」
感情的になる夏実にいつもの聖子であれば、冷静に落ち着かせることができたかもしれない。
彼の顔を見るまでは。
意志の強そうな眉、くりっとした大きな瞳、口元にほくろがある。そう彼とそっくりだからだ。
(安珍様……)
忘れるはずがない。初めて恋に落ち愛した人の顔を。
ようやく第十一話(・_・;
カクテルは一滴も飲んだことがありません。一応調べたのですが間違っていたらすみません。
読んでいただいてありがとうございました!