第十五話:月の下で闇の獣は蠢く
少し前の日に遡る。学校がまだ夕暮れに染まる頃だった。
「いけ〜!!」
「頑張れ〜〜!」
部活動をする運動部の学生たちの威勢のいい張りのある声がグラウンドに響き渡る。学校の授業が終わり、部活動に精を出す。
もう日が暮れて明かりが点いている部室はわずか1部屋だった。その部屋には職員室にあるようなデスクが5つある。
職員室には年季が入った趣があり、先生たちには申し訳ないが新校舎と同じくこちらには真新しい新品そのものだ。
5つのデスクには庶務、書記、会計、副会長そして生徒会長のプレートが置かれている。
生徒会室である。
今現在、生徒会室にいるのは二人しかいない。学校で人気が高い生徒会長の桐原孝太郎その人と副会長の新橋陽太だ。
ふさふさと感触が良さそうな短髪に目鼻立ちには人懐っこさがあり、動物的にいうと芝犬のような感じである。
本人は自分の容姿に無関心なのだが、桐原と同じ2年で女子からも人気が高く、気さくな性格で男子からも話しやすいと言われて評判がいい。
なぜ一人しかいないとなると後の3人は全て女子だからである。
昨今の通り魔事件で女性だけを狙っているのが分かり、いくら憧れの生徒会長と一緒にできる機会でも、死んでしまったら元も子のない。
生徒会長も気を利かせて、日暮れ前に帰らせた。書いている書類に不備がないか見直し、確認し終わった桐原は伸びをした。
「う〜ん」
「生徒会長もラクじゃないな」
「はは そうだね」
「やっていることがほとんど雑務だからね」
その拍子にお腹がグググと鳴った。
腹の音がなった生徒会長に新橋はカラリと笑った。
「そろそろ俺たちも帰ろうか」
「そうですね」
新橋も食べ盛りの高校生のため帰りの廊下を渡り歩いている途中はお腹が減っていて食べ物の話に盛り上がる。
桐原はポツリと呟いた。
「昼に見たあれ今まで見たことないぐらい……美味しそうだったな」
「?」
「ああ! 何か総菜屋で美味しそうなものがあったのか」
周りに桐原以外いない空間にいるため、桐原の小さな声を聞き逃さなかった新橋は総菜屋で何か新商品が出たのかと推察した。
「…うん、今度買ってこようと思うんだ」
「へえ〜 じゃあ今度味の感想教えろよ」
「うん」
「どんな風に美味しいか味わって食べますね」
桐原は新橋と雑談し合いながら帰路に着いた。
〇〇
人が寝静まる真夜中にベットの上で黒い塊が蠢いていた。
夜は魔が活発になる時間であり闇の獣がざわりと躍動しやすくなる。けれど今ではない。
今動けば、「奴」にまた返り討ちされる。
「クイタイ」
「ハラがーー…ヘッタ」
「モット…チカラヲ……タクワエナケレバ」
暗闇の中で人身をはばからずに、涎を垂らしていた。
「モウ…我…慢ガデキナイ、アノーー…ムスメヲーーカンペキニ…ナレル」
昼休みにあった一人の女の子をーー…食らえば
あの人間はどんな風に食ったら上手いのかと、まるでシェフが作る献立のように考えているのがより一層不気味である。
どうすればあの娘を捕らえることができるか獣があぐねていると、一枚のプリントがフワリと落ち獣の視界に入った。
『コレは…ソノ手ガ、アッタカ』
獣は名案を思いついた。美味しいものを食べる前にするように、獣はベロリと舌なめずりをし、ほくそ笑みながら、眠りについた。
獣は待ち侘びる。獲物がかかる絶好のチャンスを、口の中で味わう極上の美味に笑みを浮かべて。
今日は満月も近いため、真夜中でも明るい方である。そのプリントが月の薄明かりに照らされて、文字がぼんやりと浮かび上がった。