第十話:聖子さんのお仕事
一般にはゲーム事件はシステム障害で一時的に電磁波で眠ってしまったと被害にあったものに公表しているが、実際は違う。
魂が体から抜けてしまったなどとオカルトで非科学的なことなど誰が信じるだろうか。公には事件が収束したとのニュースが流れ、それから1ヶ月経った頃のある日のこと。
陰陽局公認の特区、狭間区の名所の一つBAR・飴と鞭の店長の真砂聖子はいつも通りに接客をしていた。
BARに来るものは多種多様である。若い独身のOLの女性もいれば、年配の男性もいる。
糀のいるやすらぎ保育園は妖の子専用で人の子はいないが、聖子のお店は人間が入店可能のようになっている。
数年は年を誤魔化せるが、数十年経ればいくら美容に気をつけていても年を取らない聖子におかしいと気づくだろう。その代わりに店内に入ったものには術をかけている。
20年過ぎれば常連のものでもここを去ってもらうというシステムである。寂しさもあるが、気味悪がられるよりは断然いい。
聖子は人間に裏切られたこともあるが、嫌いではない。自分の父親が人間だったこともあるが。
昭和初期の頃にお店を構える形になり、人との話を聞きながら余暇を楽しむのはなんだろうと選んだのがBARだった。
妖怪の寿命は長い。ただ自堕落に生きるよりはこうして仕事をして生活している方が聖子には合っていた。
接客をしながら聖子は仕事をこなしているとチリリンと来客を奏でる音がして、入り口に目を向けた。
時刻は21時。ドアを開けたものは二人の女性だった。
一人はここ数年の常連さんで、彼女が手を握っているのは見て少し驚いた。常連が入ってきた時の顔がこわばっていることに何かあったのかと察した。
それと手を引かれている女性の目元が遠目からでも赤くなっていることに気づいた。こうゆうときにはお酒よりもあれがいいかとすぐに準備をした。
「こんにちは、聖子さん ここ座ってもいいですか?」
「ええ、構わないわよ」
そういうと、彼女ともう一人の女性が座った。聖子はその女性に人肌温度のおしぼりを渡した。
「これ、使ってね」
聖子の気遣いに女性は小さい声でお礼を言った。
「ありがとうございます…」
初めて聞いた声はまだ若いのにしわがれた声で痛々しかった。彼女を連れてきたのは森島夏実という。夏実は憔悴していた彼女に何かないかと聖子に注文すると、準備していたそれをそっと差し出した。
「これをどうぞ」
「これは…」
夏実はそれを見て驚いた。それはBARよりも日本家屋が似合う湯呑みだったからである。夏実はそれを見て懐かしげに目を細めた。
「懐かしいですね あの時もそうでした」
夏実が最初に来た時も付き合っていた男性が浮気をしてこっぴどく振られ、そんな彼女を見かねた彼女の仕事場の先輩が連れてきたのがこのBARだった。
最初の聖子の印象は怖かったというのが正直の感想である。聖子の身長は170ぐらいあり、高身長である。モデルのようなすらっとした体型で、白いワイシャツに黒いベストとズボン、腰にサロン、首元に蝶ネクタイを着けている。
切れ長の瞳は威圧感があるが、話してみると気さくでとても話しやすく、目を細めるとかわいらしい。そんなギャップに夏実はやられ常連の一人となった。
【…と今日は私じゃなくて】
つい昔のことに浸りそうになったのもまさに自分と同じ境遇になってしまった後輩を連れてきたからなのだが。
「…これって玄米茶ですか」
香ばしい香りに赤らんだ目元をした彼女はつぶやいた。
「ええ、今はお酒よりもこっちの方がいいかと思って 香りにはリラックス効果があるからね」
女性は湯呑みを鼻に近づけて、香ばしい香りを吸い込んだ。
〇〇
湯呑みを優しく握った女性は玄米茶の香ばしい匂いと共に一口飲み一息ついた。鼻から抜ける香りに暗く澱んだ視界が少しすっきりとした。
「は〜、美味しい」
ポツリとこぼした一言に夏実と聖子は目を合わせてクスリと微笑んだ。そして彼女は前を向いて聖子と目を合わせ、自己紹介を始めた。
「初めまして、私は田畑菜々と申します」
ぺこりと頭を下げられた聖子はそれに倣い挨拶をした。
「初めまして、真砂聖子と申します ここでBARの店主をしています」
菜々が落ち着くまで聖子は待った。少しして菜々が顔を上げるとそこでようやく聖子の顔を見た。
「マスターってめっちゃ美人さんなんですね」
心の中で思っていたことをそのまま口に言ってしまったことに菜々はいきなり羞恥心が沸き自身で口を止めるがすでに遅い。
「あわ、すみません?!」
菜々は何をいきなり言っているのだと慌てるがふふっとかすかな笑い声に理性を取り戻す。
「ふふ、別に謝ることじゃないわ、ありがとう 美人って言ってくれて」
聖子はいわゆる強面と呼ばれる類のものだが、笑った顔は無邪気で愛嬌がある、大人っぽいから余計にそのギャップに菜々はハートを早くもわし掴まれる。
「い、、いえ」
なんだか恥ずかしくなり菜々は目線を落とした。
「少し落ち着いた?」
気遣う聖子の声に菜々はハッとした。
「は、はい 落ち着きました 一時はもう死にたいってぐらい落ち込んでいましたが」
笑って誤魔化そうとする菜々に隣にいた夏実は声をかけた。
「田畑、無理はよくないよ」
「……先輩 ぐす…っ」
先輩の後押しに菜々はようやく泣いていた理由を話し始めた。
「彼氏にいきなり別れを切り出されて、別に好きな人ができたって言われて」
彼氏とのいい思い出を思い出したのかまた涙目になったが、なんとか話を続けた。聖子にとって浮気は最も嫌う行為だ。
それには過去も関係ある。このBARに来るものはそうゆう人が多いので、懲らしめるにはもってこいの場所である。
聖子は声を抑えながら話仕掛ける。
「その彼氏とはどうやって知り合ったの?」
「私と彼はネットで知り合いました。マッチングアプリってやつで、彼、私と同じゲームが趣味で、20代って言っていたのに学生のような可愛い青年で」
その時の良かった記憶を思い出したのか菜々は笑みを浮かべた。それを聞いて夏実はシワを寄せ口元を引き付かせる。
「田畑…本当に成人していたんでしょうね」
じとっと先輩に疑いの目を向けられた菜々は自分は犯罪を犯して無いことを強く強調した。
「彼の保険証とか見たので間違い無いですっ!」
焦る様子の菜々が逆に怪しくなる。なんだか居た堪れない雰囲気に聖子は話を進めた。お互いで合意であれば歳の差は関係ないと聖子は思っている。
「それでそのあとは?」
「それから私たちは意気投合して恋人同士になったんですけど、二週間が経ったある日……」
『ごめん、やっぱり別れよう』
『……え』
いきなり別れの言葉を切り出された菜々は困惑する。二週間といえばまだ付き合ってばかりでこれからだというのに、夏実はいきなりの展開にパニックになった。
『どうして、私何かした? 悪いところ直すから、ちゃんと直すから!?』
『そうじゃ無いんだ ごめんね』
彼は有無を言わさずそう言って、菜々の元を立ち去った。どうしてと考えても答えが見つからなかった。きっと自分が悪いのだと自分を責めた。菜々は自己嫌悪に陥り、自分を追い込んだ。明るく気丈に笑っているその様子に一緒に仕事をすることが多い夏実は違和感を感じ、つい先日彼氏と別れたことをぽろっと口に出てそれから止まらなくなった。そして先輩にお店を勧められた。
「いいところがあるから」
勢いにつれられてここまでやってきた次第である。
「何か変わったことはなかった?」
聖子は何か原因がないのか探る。
「変わったこと?…いえなんて何も」
それにあることを思い出したの菜々の方ではなく夏実の方だった。
「そういえば、田畑ってあのゲームで意気投合したって言ってなかった、ほら少し前にニュースでやっていたーー」
次の何気ない夏実の言葉で淡々と冷静に聞いていた聖子の表情は凍りついた。
「確か、なんとか、繚乱だったような」
ようやく第十話^^;
第六部の下書きを書いていたのが調べると去年の12月でした…。
若干?聖子の設定にブレているところがあるかもしれません(・_・;
ちょこちょこと書き直していこうと思います!