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第一話:本懐



 場所は都内某所の高層マンションの最上階。そこは一階全てが住宅であり都内となると相場は一億は下らない。


 住んでいるのはお金持ちの社長ではなく一人の若い青年だった。名前は高橋安久。


 顔立ちは幼いが彼は齢26で立派な成人男性である。そんな彼がお金持ちなのかというとそうではない。お金持ちだったのは本当だが。


 10年前のあの日事件が起きるまでは。


 その時安久は16歳でただの高校生だった。他と違うところと言えば父親が不動産の社長だったというだけ。


 その日は家から帰ると父親がいつもより夜遅くに帰ってきて深刻な面持ちだった。それに母の理恵子と、安久の妹の菜乃葉も何事かと心配するが話しかけることもできなかった。


 一同がリビングに座り、父・安貞はようやく口を開いた。


「会社が……私の会社の株を持っていかれた」


「どうゆうこと…?」


 株と言われても今まで縁のなかった安久と菜乃葉と理恵子だったため、ピンと来なかった。


 株式会社とは、株式を発行して資金を集め、そのお金を用いて経営を行っていく会社のことで、集めた資金を用いて、商品やサービスを生み出していく。そもそも株式とは、資金を出してくれた人に対して発行する証券のことを指す。


「持っていかれたって誰に?」


 父は眉間に皺を寄せて振り絞るような声を出した。


「私の会社の幹部を務めている豊島くんだ」

 

 理恵子はその名前を聞き覚えがあるのか驚きの声をあげた。


「ええ、豊島くんってあの友人の!?」


 母は知り合いなのかにわかに信じがたい表情と驚きだった。


「ああ、ずっと信頼して株を預けていたのにっ、それを外国の株主に売り渡したらしいんだ」


「それってどうにか取り返すことができないの!?」


 母はなんとかできないのかと話しかけるが、父はゆっくりと横に首を振る。


「ダメだ。社長は私だが、あいつの名前で株を買っている、株主の名義はあいつだから、取り返すことはできない」


「そんなーーっ」


「裁判をしようにも株主の名前があいつになっている以上、弁護士には勝てる確率は少ないとまで言われた」



 父が話を止めるとシーンと静まり返り、部屋の中は静寂に包まれる。その重々しい空気を晴らしたのは安久だった。


 安久は会社のことはよく分からないが家族のために遅くまで仕事をする父を尊敬していた。色々と手を尽くしたのだろう。疲労の色を見て取れる。だが八方塞がりでどうすることもできなくて自分達に打ち明けたのだ。そんな父に追い打ちかけれるだろうか。

 

「だったら、どこかいいところを探さないとね」


 

 安久の住んでいる都内の一軒家暮らしで家賃も馬鹿にならない。当然ここに居住するのは難しくなる。安久の優しい声に父は涙ぐみながら号泣する。


「安久……すまない 父ちゃん、馬鹿野郎で」


 自分を卑下する言葉に安久は否定する。


「父さんが悪いんじゃない、悪いのはその豊島っていうやつだろ。父さんは悪くないよ」


 安久の言葉に父は涙ぐみながら家族に謝罪と感謝の言葉を述べた。


 安貞は人柄が良かったので会社の社員から惜しまれつつ、会社を退職した。そしてその後の社長職になったのは父を裏切った腹心の豊島である。


「社長がもう会社からいなくなるなんて寂しいですね」


『心にもないことを』


 安貞は忌々しげに吐露する。いつからそうなってしまったのか気づきもせず仲良くしていた自分の愚かさよりも家族にこれ以上心配かけまいと気丈に胸を張った。


「豊島君、君は私が一番に信頼における社員だった。 会社のこと、社員のことよろしくお願いします」


 安貞は豊島に頭を下げて、その彼の顔を見ることもなく会社を去った。家計は母がしっかりと切り盛りをしていたので、借金などなかったが、大変だったのはそれからである。


 今まで都内で暮らしていたため、友人と疎遠になったが、菜乃葉もまた父親の苦しむ姿を見たくないと涙を堪えた。


 父の親戚の家に丁度空き家があり、その土地を購入して住むことになった。


 16歳の安久は何かできないかと模索してアルバイトを始めた。それが日常となっていく日々に苦労はあったが苦ではなかった。このままお金持ちではないけどずっと一緒に家族で生きていければと思っていた。



 しかし、悲劇が起きた。




 安久はその時、学校が終わりスーパーのアルバイトをしていた。上司からご家族から電話があることをで何があったのかとすぐに出た。


「母さん、何があったの?」


「安久…お父さんがっ…ぐす」


「何、落ち着いて」


安久は興奮する母を落ち着かせた。


「…っ、安久、落ち着いて聞いてね、お父さんが事故に遭ってさっき警察から電話があって確認してもらいたいって」


「………え」


 それはあまりにも早い突然の父の死だった。飲酒運転のトラックと正面衝突したらしい。


 当たった衝撃は軽自動車の方が強く、通勤していた父の体にダメージを与えた。大量の出血と内臓の破裂、骨にヒビが入っていた。


 トラック運転手が飲酒運転をして死亡したニュースは大々的に流された。父の葬儀の日に安久は受付をしている母が声をあげたのを訝しむ。


 そこには喪服を着た男性に向かい、その者の名前を呼んだ。




「豊島君…」




 ポツリとした母の声は安久の耳に届いた。その名前にピンと来た。


『こいつが父を騙して会社を奪った男…っ!?』


「ニュースで彼が亡くなったことを見てびっくりしました。お悔やみを申し上げます」


 しわを寄せ、悲しむ表情は長年の友人を失ったことに対する惜別だと思うだろうが、安久たちにとってはうすら寒いものに感じた。


 そしてふと、豊島が受付に名前を書いた後、顔を挙げると目が合った。


「君が安久君か、彼の息子か、大きくなったね」


 見覚えのない顔に安久は首を傾げることしかできない。敬語なんて使いたくもないがグッと堪えた。


「…僕のこと知っているんですか?」


「ああ、君には小さい頃に何回か合っている」


「そうだったんですか」


 その時、安久はあることを閃いた。閃いたというよりも幼いながらも尊敬している親を踏み躙られた感情が口を動かした。


「…父はどんな人だったのか聞かせて欲しいですね、あまり会社での父の話を聞いたことがないので」


 父のことを知りたいという純粋な息子の姿が映ったのだろう。気を良くした豊島はその言葉に快くうなづいた。


「そうなのかい、それはもちろん お父さんもきっと喜ぶだろう」


 豊島は受付から去っていき空いている席に座った。母は仇相手に気軽に話す安久に声をあげた。人前なので声を顰めているが、感情的になってしまう。




「一体何を考えているの、あの男は!?」



 その後の言葉に言いごもる母に安久は言葉を述べた。


「そうだよ、あいつは父の仇だ 許せるはずがないだろ」


 まだ20代にもなっていないのに息子のあまりの気迫に母も生唾を飲み込んだ。そして親子だからこそ何を考えているのかすぐに気づいた。


「……何か危ないことを考えているんじゃないでしょうね」


 溜飲が下がり、母の心配する顔に安久は優しく笑いかける。


「大丈夫だよ、母さん」


 それから葬儀は滞りなく終わりを迎えた。


 そして数年後社会人となった安久は父が経営していた会社、そして憎き仇である豊島が務める会社に就職した。会社に就活に来ることを知った豊島が面接で大いに驚いていたのは見ものだった。


 母には豊島が社長になった会社に入ることを反対されたがそれを押し切り、20歳になってから一人暮らしを始めたので、安久は気が楽だった。今から自分がしようとしていることは命の危険があることをわかっていたからだ。


 そんなものに大切な家族を巻き込みたくなかった。


 豊島と交流を深めるうちに、彼には娘がいた。容姿の整っていた安久はすぐに彼女から気に入られ、恋人になって欲しいと迫られた。


 自分の父親が悪事に手を染めていることも知らない娘に、正直邪魔でしかなかったのだが、利用することにした。豊島から信用を得ていく中、奴にとって不利な情報を集めていくことはできた。彼が会社のお金を横領して、ヤクザとつるんでいることを。


 しかし、情報を追い求めるあまり、自分の守りを手薄にしていたのは悪手だった。そのことに気づいたのは豊島が懇意にしているヤクザからだった。


 内部から情報が漏れていることを豊島に進言すると怪しい人物はただ一人挙げられた。



 安久はある日雑居ビルに呼ばれた。あたりを見回すと見るからにそこは治安が悪く、ヤクザの巣窟だった。


『ここはまずい』


 そこにはガラの悪いチンピラといかにも暴力団という輩もおり、そして豊島がいた。安久はキョロキョロと周囲を見まわした。


「社長、どうしてこんなところに」


 安久の様子に豊島は失笑した。


「はは、危うく騙されるところだったよ。父親の方は馬鹿だったから騙そうと思っていたら、逆に騙されるところだった」


「なんのことですか」


「とぼけるのもうまい、そういうところは父親に似なかったようだね 安久くん。君が会社と取引しないように促していたとはね。売り上げが上がらないわけだよ。ダメじゃないか、そんなことしたら」


「僕はそんなこと」


 なおも言い募ろうとしている安久を嘲笑うかのように豊島は嘲笑する。


「ここに証拠があるんだよ」


 そこには安久が営業先に行った社長との動画だった。


『あなたは騙されている』


『あの豊島という男はヤクザとつるんでいる』



そこには確固たる証拠があった。


「何か言いたいことはないかね、安久君」



(ああ、ここまでか……)


 猫撫で声で名前を呼ばれ安久は心の中で気色悪いと思った。絶望を感じさせる状況なのに不思議とそれは感じなかった。


「娘には君は会社のお金を横領して外国に逃げたことを言ってしまえば、いくら君のことが好きでも踏ん切りがつくだろう。それじゃお願いします田代さん」


「はい、お金は後でよろしくお願いします」


 そういって豊島は安久を一瞥して、その場を立ち去り、それからヤクザの尋問が始まった。


 チンピラにボコボコにされた安久は力なく倒れた。水を張ったバケツに顔面をつけられ呼吸ができなくなりジタバタともがいた。


 そして安久の抵抗がぴたりと止まり、ヤクザは手を止めた。


「よう、にいちゃん もういいのかい」


 下品な笑い声に安久はふらふらになりながら失笑しつぶやいた。それが何を言っているのか分からず、ヤクザに耳を近づけた。






「くたばれ、くそ野郎」






その言葉にヤクザはハハッと笑い、安久の腹に蹴りを入れた。


「ぐはっ!?」


それが決定打となり安久は気を失った。


「あ〜あ、顔がいいからどっかの金持ちの変態に売ってやろうと思ってたけど……気が変わった……お前ら、こいつを山に生き埋めにする準備をしろ」


「へい」



 チンピラたちはヤクザの命令に従い、気絶した安久を車の後ろに運び車は山奥へと進んで行った。


 場所は人っこ一人いない、山の奥である。だが人が来ないとも限らない。



 チンピラたちは急いでスコップで穴を掘り、そして荷物おきに入れて気を失っていた安久に土を被せて生き埋めにした。


「兄貴、こいつ死んでいるんですかね」


「ああ、もうじきに死ぬだろう。血も流れたし、気づいた時はあの世行きだろう、俺を怒らせなければもうちっと優しくしようと思ったんだけどな」


 それにチンピラはブルリと悪寒がしたのか体を震わせ、兄貴を怒らせないようにごまをすった。会話が終わりバタバタと車のドアが閉まる音、そしてエンジン音が聞こえ遠のいていく。


 会話は聞こえていたが、指一本動かすことができない。


『俺はここで死ぬのか。ごめん、母さん 菜乃葉 約束を破って……』


 最期の瞬間まで山田への憎悪が消えることなく安久は祈った。




『誰でもいい、あいつに一矢報いることができるのなら』




『力が欲しいーー』


 その願いは虚しく安久は事切れた。



〇〇



 しかし人が死んでも魂は消えることはなかった。歪んだ魂は恨みを晴らそうと燻っていた。その魂に惹かれたものがいた。


 その者は口元に笑みを浮かべて降り立った。


 火原だ。


「いい瘴気だ、そして強い恨みがこもっているな、その男が憎いか」


『ああ、にくい …あの男がいなければ』


「ならお前の恨みを晴らしてやろう」


『本当か』


「ああ、私の願いも叶えてくれるならの話だが」


『いいだろう』


 条件を聞くこともなく安久はうなづいた。それが悪魔の契約だったとしても。ただ本懐を遂げるために。


一応、株とか意味を調べたつもりですが、ここおかしくない?ってところは遠慮なく教えていただけると助かります。

ブックマーク、ありがとうございます。

更新の励みになります・:*+.\(( °ω° ))/.:+

不定期ですがよろしくお願いいたします。後でちょっと余談を活動報告でします。

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