第十四話:人には言えないある秘密とトラウマ
食べ終わってもおかわりをしたかった私だが、食べすぎるとこの後がきつそうだし、腹八分目でなんとか納めた。
横をチラリと見ると朝日ちゃんも同じくらいに食べ終わったらしく、テレビがある和室に一緒に向かった。
今日泊まりに来たのは志郎さんのご飯をお腹いっぱいに食べるためだけに来たわけじゃないのである。
ひと休みして少し時間が経った頃、お茶でお腹を満たしていた時、真澄さんに声をかけられる。
「花月さん、そろそろ準備しましょうか」
「はい」
「…準備って?」
志郎さんの言葉の意味を何も知らない朝日ちゃんは不思議そうに首をかしげる。
「後のお楽しみですよ」
そのことを知っている志郎さんはは朝日ちゃんに意味深な笑みを浮かべる。
「朝日さんは縁側でお待ちください」
真澄さんは朝日ちゃんにそう言い残し私と共に退室した。
それから数十分後、私と真澄さんは朝日ちゃんが待つ縁側に向かった。
「お待たせ、朝日ちゃん」
私は縁側に座っている朝日ちゃんに声をかけると彼女はすぐに振り向いて驚いた顔をする。
その表情に私は密かに笑う。
「そ…その着物」
驚くのも無理はない。普段は洋服や制服などを着る私にとっては着物とかはまず祭りなどでしか着ない。
「どうかな? 桜文の着物なんだって」
小袖という着物で、日本の昔、古くは平安時代にまで遡り、江戸時代までよく着られていた服装である。
小袖の紋様は可愛らしい桜文が所々に優美に刺繍されており帯は食後のため緩めに締められている。
「朝日ちゃん?」
返事をしない朝日を不思議そうに見ていると、彼女と目が合った。
「あっ…! うん、可愛いね」
「そうだよね〜この着物一目で気に入っちゃったもん。良かった 喜んでくれて」
照れ臭そうにいうと口元のことも指摘してくれた。
「紅もさしたんだね」
「うん」
「似合っている」
私は朝日ちゃんに褒めてもらったことが嬉しくて恥ずかしそうに笑った。
「真澄さんに口紅をさしてもらってくすぐったかったけど、やっぱりいいね」
「お化粧って違う自分になれる感じかするから」
「うっ…うん。 そうだね」
どこか遠くを見るように笑う朝日ちゃんを見て私は不思議そうに首を傾げたが特に気にしなかった。
〇〇
「……」
お互いに少しだけ沈黙があった。先に口を開いのは私である。私が話すまで朝日ちゃんは待ってくれているのでいつまでも待たすわけにはいかないと思い踏ん切りをつける。
「…朝日ちゃん」
「うん?」
「今日は泊めてくれてありがとう」
「えっ、別に良いよ。 泊まって良いって言ったの私からだし」
朝日ちゃんは私に対してとても優しくしてくれる。
幼稚園の頃、私が風邪を引いた時もお見舞いしてくれたり、小学校の時同じクラスで話しかけて一緒に遊んだりもした。
中学の時は両親が亡くなって沈んでいた時にずっと何も言わずにそばにいてくれた。
だから、私はあまり朝日ちゃんに迷惑をかけたくないと思っていた。
けれどその感情を覆すほどの出来事があったのだ。今日の昼休みの時にあの生徒会長に会った時だった。
入学式の時見た時も昼休みに彼が喋っているのを普通に聞いていたはずなのに、髪についた花びらを取ろうとした時の生徒会長の雰囲気が変わったのをこの目で見たのだ。
黒い靄みたいな手が生徒会長から出ていたのをーー
〇〇
私には人ではないモノが見える、それは幼少の頃から見えていたもの。けれど人には言うことができなかった。
それは何故かーー
無知だったまだ小さな私は母に尋ねたことがある。
「あれは、なぁに?」
私は空間にいるモノに指を指した。ふわふわと浮かんでいる黒い靄をである。
「…? 何も見えないわよ」
母は私を指差す方向を見たが、首を傾げ、不思議がる母を見て、気づいた。あれは自分にしか見ることができないものだと。
初めは自分にしか見えない特別なものだと好奇心で秘密にしていたが、その優越感もある光景を見て恐怖心に変わる。
黒い靄が人に悪さをしているのを見たからだ。
丁度、日暮れになる前の近くの公園で遊んでいた時だった。公園には何人かの子供がいて一緒に遊んでいた。その近くにはその子供を連れた親御さんもいる。
ボールで遊んでいた私は男の子がジャングルジムで遊んでいたのをふと見ていた。
男の子がよじ登ろうと足をかけた時にその黒い靄が突然に現れ、黒い靄は男の子の足をガシリと掴んだ。
その男の子は悲鳴を上げ危うく落ちそうになったが、近くにいた男の子の母が自分の子供の異変に気付き事なきを得た。
私は衝撃的な場面を目撃して足が震えた。口元を押さえていないと嗚咽しそうだったのは10年以上経っても今でも覚えている。
〇〇
「はなちゃん 大丈夫?」
言えないよね。自分をこんなにも心配してくれる優しい友達を危険なことに巻き込むなんてできない。
それに友希ちゃんや志郎さんや真澄さんは私にとって、かけがえのない大事な人たちだから。
その時に、肩がふるりと揺れた。これが武者震いというものなのだろうか。
「朝日ちゃん、お願いがあるんだけど、16歳にもなって恥ずかしいんだけど」
「どうしたの?」
私は朝日ちゃんに両腕を広げた仕草を見せたら、その動作を見た彼女は何のことか、すぐに何かを察してくれた。
朝日ちゃんの肩に両腕を回し、彼女は私の腰に手を回して、お互いの距離が少しずつ限りなく縮まった。
身体が触れ合い、私と朝日ちゃんは重なり合った。ふふふと私は照れ臭そうに笑った。
「なんだか懐かしいね」
「うん」
「幼稚園の時もあったけどあの時以来だね。両親が死んで少しの間、朝日ちゃんのお家にお世話になって…」
私は回想しながら思い出話に花を咲かせていると、頭の上をサラッと撫で付けられるその感触には覚えがある。
そうだ、朝日は昔抱きしめてくれて優しく頭を撫でてくれたのだ。私が落ち込んでいる時、悲しんでいる時に朝日ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれた。
その時の温もりを思い出すと、恐怖心は綺麗に拭い去ってくれる。あれは私の両親が亡くなった時だった。
『ごめんね、朝日ちゃん。 …迷惑かけて』
『えっ、迷惑なんて思ってないよ。 私ははなちゃんが来てくれて嬉しいよ』
私はその時、そういってくれた朝日ちゃんの言葉がとても嬉しくて涙が止まらなかった。そして、今も私が落ち着くまで抱きしめてくれていた。
落ち着いた私は彼女から離れた。
「もう大丈夫。 ありがとう」
「本当に?」
「うん、私…朝日ちゃんが友達でいてくれて本当に良かった」
「…うん。 私も花月ちゃんが友達で嬉しいよ」
最後にぎゅっと体を寄せた後、私は用意された寝室に戻っていった。