第十三話:手巻き寿司
数分後、私と真澄さんは風呂から上がってくると、志郎さんが食事の支度を整えていた。
「今日は花月さんがお泊まりに来ると聞いて手巻き寿司にしてみました」
「わ〜、美味しそう」
思わず私は幼児のように目を輝かせた。食卓の上には色とりどりの具材がお皿の上に盛り付けられていてどれも美味しそう。
海鮮だと
・サーモンとイクラの親子
・イカ明太
・納豆キムチ
・ネギトロ
・アジのなめろう
・コーンツナマヨ
野菜だと
・キュウリの千切り
・大葉
・カイワレ
他には定番の甘い錦糸卵にカニかまなどが置かれている。それぞれ小ぶりの寿司桶に酢飯が入っており、手を伸ばさなくてもいい志郎の心配りがありがたい。
まず私は最初に食べたのはネギトロである。
用意されている海苔は子供でも食べやすい全形海苔の4分の1サイズで、海苔の上に酢飯を少し乗っけて、ネギトロの具材をよそう。口に入れた瞬間、海苔がパリッとする歯応えとネギトロの口どけが舌の上でとろける。
志郎さんに聞いた話では、ネギトロのネギは野菜のことでもなく、トロもマグロのトロではないらしい。
ネギとは身を骨から削り取ることを「ねぎ取る」と呼んでおり、削り取った中落ちや脂身を削げ落としたものから由来が来るらしい。
トロは由来とは関係なく、マグロの身を叩いてペースト状にしたものを「ネギトロ」と呼ばれるようになったのが始まりだと言われていることを聞いた。
焼き鳥のねぎまも似たようものである。志郎さんの作るネギトロはあえてネギを入れている。ネギが入っていても美味しければそれで良いと花月も思う。
お次はサーモンとイクラを贅沢に使った親子巻きだ。ちなみに親がサーモンで卵がイクラだ。
その親子に錦糸卵をのせる。サーモンと卵はどちらも花月が好きな寿司のネタなので両方の味を噛みしめる。
噛むごとにプチプチとした、イクラの食感。
醤油漬けにされたイクラの濃厚なエキスとサーモンと卵がコーティングされていき、サーモンと錦糸卵の甘さが相乗されて美味しい。
納豆キムチときゅうりを箸でつまみ海苔の上に乗っけたご飯の上にのせる。
口に入れた瞬間納豆の独特の粘りとにおいと、オキアミの出汁が利いた調味液につけられた白菜のキムチの辛さはこの家の常備菜によく馴染みのある味である。
シャクっとする千切りされたキュウリのみずみずしさが二つの味を一つにまとめてくれる。
コーンツナマヨは王道中の王道。
大体はツナマヨかコーンマヨに別々にされているが、花月と朝日は両方とも好きな味なので、一緒に混ぜてさらに美味しさが増幅する。
それにカニかまとカイワレがプラスされて、コーンとマヨネーズの甘みと対比するツナの塩っ気さとカイワレのピリッとした辛みがアクセントになっている。
そうめんのように長く切られたイカに明太子が絡んでいる。
明太子のピンク色とイカそうめんの白さのコントラストが際立ち、大葉の上にイカ明太をのせ巻きたら完成する。
イカのコリコリとして噛むごとに甘みが出る食感と明太子の独特の辛さがマッチしている。
それに大葉と海苔のそれぞれ違う歯応えと香りが鼻に抜ける。鮭の卵はいくらだが明太子の卵はスケトウダラという魚の卵らしい。
志郎さんになぜ明太子なのかというと聞いてみたことがあり、江戸時代までは「明太魚」と呼ばれていたらしく、私はすごく感心したのを覚えている。
アジのなめろうはまずは頭をとって、内臓をとって三枚おろしにする。小骨を取って皮をむき、アジの切り身を包丁で叩いて細かく刻む。
みじん切りにした生姜とネギをみそ、しょうゆで味付けをし、包丁で叩きながら混ぜれば出来上がりだ。
これもイカ明太と一緒に大葉の上に乗せてかぶりつく。
アジの上品な脂と生姜とネギと大葉の薬味で調和され、味噌と醤油の相性は抜群である。残りは汁物のみ。
そっと蓋をあけると透き通った汁の中にはあさりが佇んでいる。横に添えているのは緑の三ッ葉が彩られている。
あさりのの吸い物だ。
吸い物から磯の風味と旨味の匂いが鼻に直撃し、思わずヨダレが出そうになる。
まずはぐいっと汁だけを飲み干し、あさりの身を食べて最後に三つ葉の香味を味わう。私は美味しいご飯を作ってくれた志郎さんにお礼を言った。
「ごちそう様でした。 とっても美味しかったです」
志郎さんはそれに倣い、私に優しく笑みを浮かべながら返事をした。
「お粗末さまでした」