第八話:高梨律
朝7時に目を覚まして朝ご飯は食パンにコーヒーでお腹を満たし、高梨律は身支度を整えてマンションを出る。
燦々とした日の光に気持ちが晴れることはなく、電車に乗り仕事場まで向かう。朝の通勤ラッシュは首都圏が仕事場であるサラリーマンにとっては避けられない密集地帯である。
最初こそはおしくらまんじゅうの様にもまれていたが、何回も乗っているうちに押しつぶされない様にどうすればいいのか、一本早めに乗ればだいぶ空いていることが分かったので早めに向かうことにしている。
そして無難な角の場所を取れたら最高である。人にぶつかったりぶつかられることも少ないので。そして仕事場のビルを鬱屈とした思いで見上げながら入っていく。仕事場での業務は主に書類作業が多く、部長補佐という役職についている。
そのため何かとフォローしなければならないのも楽ではない。何か失敗をしたら50代で無残にもハゲ散らかした部長に叱責を浴びることになるのだ。
「全くこんなこともできないのか、一体何年やっているんだ!?」
ズボンに収まりきらないビール腹は脂肪がたっぷりだろう。数年後は糖尿病になる可能性も高いだろうと観察する。
「すみません、すぐに直します(そんなことで一々呼ぶなよ)」
「……ったく 早く直せ」
粗雑な命令口調に他のものは見てみぬふりである。それを見ても悪いとは思っていない。
この世は弱肉強食の世界だと。強いものがいき、弱いものは淘汰されると。自分の器量のことも熟知していた。けど言われたことに傷付かないほど感情が欠落しているわけではない。
言われる度にストレスを感じているのは確かで蓄積されていく。この状態が続くのも精神的に悪いと分かっているので色々とヨガや料理などをしているがあまり続かなかった。
仕事から帰り、暇つぶしにネットサーフィンをしているとある広告に目に入った。思わずそれをクリックするとPR動画が流れた。
やけにクオリティの高い完成度に興味が惹かれた。
(今のVRゲームってすごいな、前やっていたのがゲームボーイぐらいだしな)
値段を見ると給料に響かないので、つまらなかったら一週間以内に返品すればいいかと。数日後、荷物が届き早速開封した。
「さてと、やりますか」
説明書を読んでいき、VRゴーグルをはめてベットに寝転がった。そして電源を押すと律は別の空間へと誘う。
女性の様な人が出てきたことに律は驚く。
「ようこそ、合戦・百花繚乱の世界へ」
まずは戦闘スタイルを選ぶことになった律は何をするか探していると情報収集に長けている忍者を選択した。最後にコードネームをどうするかと聞かれ、自分の顔がキツネ顔だった。
「それじゃキツネでお願いします」
「かしこまりました、コードネームをキツネで登録いたします それではゲームを開始いたします 御武運を」
その後瞬く間に別の空間へと転送される。次の瞬間目を開けるとそこは別世界だった。
(どうなっているんだ これは全部本物なのか)
はっきり言ってゲームなので映像のクオリティを見つつ満足すればよかったのだ。しかし、あまりにも繊細すぎる感触に驚愕する。
そして自分がイメージするアバターが変化していて驚く。
(おお、すげえ こんなゲームもあるんだな)
これからどうしたものかと逡巡しているとせっかくだから街の中を探索することにした。時代劇の様な街並みもいいなと眺めているとアナウンスが聞こえてきた。光る画面の様なものが出てきてそれにランキングの様なものが出てきた。
(あ〜、これがこのゲームの番付ってやつか)
戦闘をしている姿に興味をそそられた。
(よし、一度間近に観戦しよう)
チラシを配っているmpcに一枚もらい、そこに向かった。キツネはまずはどの武器にするか選んだ。選んだのは暗器という武器の一つ針である。針には麻痺毒が塗ってあり、少し刺さっただけで立つことは難しくなる。
(よし、これにしよう)
これから一人で行動するか、グループで行動するかを考えていた時に後ろから声をかけられる。
〇〇
声をかけてきたものは自分と同じ格好をしたものだった。
「少しお話をいいですか?」
「ああ……はい」
「俺は、忍者のグループで活動しているんだけどよかったら仲間にならないか」
「グループ?」
「もしかして誰かと来ていたりするか?」
「いや、一人で来た」
「ならお試しでグループに入って見ないか」
彼の気楽な言葉に、日頃ストレス生活で荒んでいた心が浄化された気がした。けれどーー
「気持ちは嬉しいが、初心者なので迷惑を」
彼らに悪い気持ちにさせたくないと思い断ろうとするが、
「初心者でも別に構わねえよ 俺もと言うか俺たちも始めたばっかりの集まりだから」
「そうなのか?」
そのことにほっとした。それから自己紹介をして。初の合戦場に繰り出す。最初は色々とミスもあったりしたが、そこはみんなで作戦を立てたり、修練を重ねた。
そしてこの世界では日常では味わえないスリルと緊張感があった。部長からガミガミ言われない解放感はとても最高な気分だった。
こうして仕事に帰ってからゲームをすることがいつの間にか趣味になっていった。
どんどんとレベルを上げていき、五人だったグループは上位に上がるたびに三十五人と言う集団となったのだ。
リーダー格がいると諍いのもとになるので作っていないが、リーダー的存在はいた。それが最初に話しかけた彼だった。
彼の言うことは一応聞くので素質はあることを律は感心したこともあった。それを二人っきりで話をした時に言うと、彼は面白そうに笑った。
「はは、それじゃ 俺が実質リーダーなら お前は影のリーダーだな」
「影?」
思わぬ言葉に律は首を傾げる。
「どう言うことだ」
「お前、結構頼りにされているんだぜ」
「そうなのか」
古株の四人とは話し合うが、新しく入ってきたものからどちらかと言うと避けられている様に思っていたので、それならそうとあまり気にしなかった。
「そうだよ」
全く気づいていなかった律に彼はクスリと笑った。
「そうだったのか」
「ああ、情報収集に長けていて、相手の弱点を瞬時に把握してしまうって 追い詰める表情はめっちゃ極悪ってーー」
「おい、それは褒めているのかーー」
律は彼の言葉に待ったをかける。彼はしまったと明らかな表情をして話題を逸らした。
「そういえば、新橋に新しい居酒屋ができるらしいな」
彼の表情を見た律は仕方なく話題に乗ってあげた。そうして、数十回の対戦をして「忍者」の名前が上がる試合があった。
それは忍者とバトルで対戦することになったプレーヤーの一人だった。忍者と戦うことはあまりにもリスクがあるので、追い詰められた一人が仲間になれないかと言ってきたのだ。
彼はそれを聞いて困った。情に深い彼はどうしたものかと悩んでいると、その隙を狙っていたのかそのプレーヤーが襲いかかってきた。
「はは、もらった!」
彼の驚く表情に喜んだが、その直後立ち待ち凍りつく。
「何かもらったんですか?」
彼の後ろには不気味に笑う狐がいた様な気がした。
「ひい」
プレーヤーはあまりの恐ろしさに硬直する。
「私もいることは忘れないでくださいね ふふふ」
律に恐れをなしたプレーヤーは叫び声をあげた。
「ぎゃあああ」
試合続行不可能となり退場となった。その表情を見た忍者の仲間たちは怖くて何も言うことができなかった。
ここまで上位プレーヤーの過去話となりました。
次話ではものすごい展開となります。どうぞお楽しみに(๑>◡<๑)!