第六話:瀬戸亜里沙②
彼の体は空に舞い上がり、亜里沙は地面へと叩きつきたい気持ちだったが、流石にアスファルトだと衝撃が緩和されないので、グッと堪えて優しく下ろした。
それをみていた人たちはその見事な対応に思わず拍手をした。彼氏は背負い投げされたことに放心していた。
亜里沙はそんな彼も見ていられないくらい心の中がぐちゃぐちゃで一目散に走り去った。
長いこと走って走って走りづかれるまで走るのをやめると近くにコンビニがあり、そこでありったけのお菓子を買い込み店員が亜里沙の顔を見てギョッとしていたが、今は人の目を気にする余裕はなかった。
家に帰宅し、手洗いすることも面倒で買ってきたお菓子を袋から開けて貪るように食べた。そこでようやく口が開いた。
「何よ………あいつっ 一体なんなのよ」
彼の隣にいた彼女の容姿が浮かんだ。その時は怒りしか感じなかったがーー
(あの子……お洒落した私より)
その瞬間、涙がボロボロとこぼれていく。
「可愛かったな……」
亜里沙の呟いた一言は虚しく静かな部屋に消え去った。翌日仕事に行くのは億劫だったが、家にいても余計なことを考えてしまいそうで出勤した。
「あ、おはようございます せん……ぱい どうしたんですか!?」
ギョッとした顔に何を驚いているんだと亜里沙は分からなかった。亜里沙が何も気づいていない様子に後輩は小声で耳打ちする。
(目が真っ赤ですよ)
「え」
すぐに席を立ち、洗面所で顔を見ると目が真っ赤になっていた。
「な……何これ」
洗面所から帰ってきた亜里沙を後輩は心配そうに伺う。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう 今日はちょっと早退するわ」
「はい、お大事に」
部長に体調が悪いからと伝えて、会社を出た。
「はあ〜、体調は悪くないんだけどね」
主に精神的ダメージの方が大きい。家に帰ってやることがないので出歩くことにした。悪いことをしている気分だが、この気持ちのまま帰りたくない。気晴らしにネットカフェに寄ってみることにした。
久しぶりに見ると浮き足だった気持ちになる場所である。レジ前にデカデカとVR体験人気という広告をみた。
(VR体験)
って確か仮想空間で遊ぶゲームみたいな奴かな?普段ならあまり気にしないが気晴らしにはいいかと思い、試して見ることにした。いろんなジャンルがあったがVRゲームを選択した。
あまり期待はしていなかったが、想像以上のクオリティと迫力には驚かされた。
(何これ……すごい)
そしてゲームの中ではアバターを作れることを知った。
(アバターって自分の好みに作れるのね)
その時に浮かんだのが「元」彼の一緒にいた彼女だった。悔しい気持ちもあるが、あれだけ可愛ければ世の男どもに放っておかないだろうと思う。
(よし……)
思い切って自分とはまるっきり違うイメージを。すると可愛い少女のアバターができた。その日は、思わず夕方までゲームをしていた。
(楽しかったな〜)
家に帰るとVRのことを調べたりした。そして何日かして今、VRゲームで話題!という広告を見て、それをクリックした。VRのゴーグルはレンタルができるらしく、早速購入した。
(のんびりしたのもいいけどスカッとするのがいいよね)
「合戦・百花繚乱か 楽しみだな」
ゴーグルが来ることを楽しみにしていると、二日後に荷物が届いた。
〇〇
最初にVRのゴーグルを触った時に感じたのはドキドキよりも不安感が大きかったが、今はそんなこと考えないぐらいむしろ早くしてみたいというドキドキ感の方が強かった。休日の朝からゲームに浸ろうと仕事を早めに終わらせようと集中して取り込んだ。
その様子を近くで見ていた後輩に話し掛けられた。
「何かいいことあったんですか?」
「え、あ〜うん ちょっとね」
二十歳を超えている女性がゲームにハマっていることなんて友人ならともかく、後輩としての彼女には言いにくかった。
「えっと、最近ペットカフェに行くのがハマっていて」
この趣味も嘘ではないので無難の方を答えた。
「あ、いいですよね 動物とか癒されますよね」
「うん」
後輩は怪しむことなく話を終えた。そして仕事を終えた亜里沙はコンビニにより、今日のつまみになるものを探し、買い込んだ。ゲームがしたいという気持ちが駆り立ち、自然と歩くのが早くなっていた。
マンションに帰り着いた亜里沙はまず風呂に入り身綺麗にして、夕食を簡単に作り食べ終えた。時間は夜の8時、亜里沙は愛用しているテーブルに小腹が空いた時にコンビニで買った夜食を置き準備を整えた。
「さてと…開けましょうか」
荷物を開封すると説明書などがあり、それを読んでいく。
やり方を見ると至極簡単でVRゴーグルをつけて安定した場所で寝転び、端末の電源を入れるのみである。
亜里沙は早速寝転び電源を押した。その瞬間に別の空間へと誘われる。他のゲームと違う感じに驚きながらも圧倒された。
案内人のような女性にアバターを選べると言われた亜里沙はある思いが浮かんだ。
(どうせゲームなんだし、男性を振り向かせる女性になりたい)
そう強くイメージするとその願いはすぐに叶った。亜里沙はコードネームをタマモと決めた。タマモというのはかつて鳥羽上皇の寵姫であり美姫・玉藻前から由来している。亜里沙は設定をし終え、自分の体が光に包まれたと思った瞬間、舞台に降り立つ。
次に目を開けた時は自分の身長が少し高くなっていることに気づいた。下を見下ろすとそこには本来の亜里沙にはないはずの豊満な胸があった。
(何、これ こんなの嬉しすぎるでしょ)
耳から聞こえてくる情報、目から入ってくる情報が亜里沙の常識では理解できなかったが、すごいと感じた。
(こんなにすごいゲームがあるなんて 本当に買ってよかった)
町の中を探索していると通行人の人にぶつかり、謝罪する。
「あ、ごめんなさい」
「い、いえ とんでもないです」
頬を赤らめた通行人の男はどもりながら立ち去っていった。男の慌てように亜里沙は呆気に取られる。
(そんなに違うのかしら まあ 私の本当の姿だったらぶつかっても舌打ちとかされそうだけど)
ずんとネガティブに考えているとチラシのようなものが配っている男性がいてそれを一枚もらった。
「合戦ーーあ、これね」
このゲームのコンセプトになっていることを思い出した亜里沙は会場となっているとそこに向かった。最初は修練場でどんな戦闘スタイルが合っているのか試してみた。
自分はあまり運動神経が悪いことを自覚している。近接タイプはやめて何かできないか模索していると、武器や小道具を使うのもあった。
「これ、いいかも」
そして自分の武器を手にして初めて合戦場に足を踏み入れた。対戦者の男女ともにタマモの美貌に魅了されて降伏していった。その蠱惑的で見るものを惑わすことから「珠姫」として名を馳せる。
(ふふ、ゲームって楽しい この姿なら私は無敵よ)