第四話:堂島慎之介
陰陽局でもこの事態を深刻に受け止めて収集しようとしたがなかなか収まりきれず逼迫していた。
魂が抜け仮死状態となった人間は意識不明となり、数は優に100人を超えている。
各地の支部の陰陽局のスタッフがこれ以上悪くならないようにゲームを中止するようにSNSなどを使い少し収まっているが効果はあるのか。ウィルスや疫病という未知の病ではないため、対抗するワクチンや薬などはない。
魂を抜かれたなどと非現実的な言葉が通じるものではないので政府からの指示と言うことなので強制的に病院も協力した。
陰陽局の局長、安倍霞の父親である阿倍将樹は朝から晩まで作業に追われ、指示を出していた。
支部の者に指示を出してはや数日、意識不明者の数は出なくなったがいまだに覚醒するものはいなかった。
「ふぅ〜」
なんの成果も出ないことにため息を出していると可愛らしい声が聞こえた。
「お疲れのようじゃな、将樹」
「!」
そばにはいつの間にか水干姿の少年が立っていた。外見は可愛らしいが自分の数倍は生きている。名を安倍晴明。平安の世では稀代の大陰陽師として名を馳せた。公の場ではセイと名乗っている。将樹は気配で分かっていたのであまり驚きはしなかった。
「これはセイ様、どうされました」
「いや、様子はどうかと心配してな」
「ありがとうございます。仕事は順調です」
仕事のことだと思っている将樹に晴明は苦笑する。
「そっちではない 顔色が少し悪いぞ ちゃんと休んでいるのか」
晴明にバレていることに将樹は破顔する。
「やはり見抜かれていましたか」
「当たり前じゃ、何年の付き合いだと思っている」
「そうですね、生まれてからですので40年近いですね」
「そうじゃ、若くてもあまり無理は禁物だ」
「はい、ありがとうございます ですがこれ以上は何もできないかと」
どう言うことじゃと聞こうとした時だった。
「それは僕も聞きたいですね」
忽然と別のものが現れて晴明と将樹も驚く。
この陰陽局には強力な結界が張っているため、危険な妖怪や危害を加えようとするものはすぐに警報がなる仕組みになっている。
それを通り抜けた人物に視線をうつすと月の光に照らされた麗人が立っていた。
「っ……あなたでしたか? 麒麟どの」
「ええ、この前ぶりですね 将樹どの」
将樹の驚きで目を見開く。四神の青龍、白虎、朱雀、玄武を束ねる長である。
「今回はどうしてこちらに」
豊穣と安寧の奉納の儀を終えたばかりで、一年に一度会えるだけでも珍しい。そんな人物が来たことに将樹も戸惑う。頭の切り替えが早かったのは晴明だった。
「なら、少しはわしを案内してもらえませんか?」
「はい」
晴明が麒麟を連れてきたい場所があるらしい。
「分かりました、お気をつけて」
会釈をして、麒麟と晴明は退室した。
「さてと、そなたが行きたいところはあそこじゃろ」
「はい……」
歩いていくとそこには何人がVRの機材をついて寝ていた。その中には花月たちもいる。動かない花月を前に麒麟の瞳は心配そうに揺らめく。
「全く本当にあなたっていつも人のことばかりですね」
「麒麟どの」
麒麟は気持ちを切り替えるように話題を切り替える。
「この事件を起こした犯人はつかめましたか」
「ええ、それを聞きにきたのじゃ」
「そうでしたか、邪魔をしてしまいましたね」
「いえ、ワシも気になっていたからの 彼女たちのことを」
「今はこの世界でできることはするしかない」
「そうですね」
そして将樹の元に戻り、この事態を起こした黒幕を聞いた。
「黒幕はーー鬼族です」
(とうとう彼の一族が現れたか)
いつか現れると思っていた。いやこないことを願っていた。
〇〇
堂島慎之介は今年で65歳になる。
20歳から入っていた自衛隊を定年退職したのもつい先日のことだった。退職金も年金もあり、病気も怪我もないためお金に困ることはなかったが唯一衰えていたものは生物として抗えない自然の現象『老化』である。
退職してもストレッチはかかしたことがないが、若い頃のキレは格段に落ちているのが分かる。同僚や後輩の穂村健一から十分すごいと言われているが満足していなかった。
小さいストレスも積もれば体に悪い影響をもたらしてしまう。娘から何か趣味を持った方がいいんじゃないかと提案する。
(趣味か)
慎之介はこれまで趣味というものがなかった。自衛隊として勤めていた時も、読書などよく好んでいたが、暇つぶしのようなものである。
考えても色々と雑誌を見てもぱっとするものが見つからず。数ヶ月が経った時のことだった。
慎之介の孫が成人になったので遊びに来るらしい。前にあったときは中学生だったはずなのにと驚いた。
子供の成長は早いものである。そんなことを考えているうちに、息子夫婦と孫が遊びにやってきた。
「いらっしゃい、楽しみに待ってたわ」
「うん、母さん 久しぶり」
「こんにちは、義母さん」
「こんにちは、恵美さんも嶺二君も」
いそいそと家に上がると嫁と姑同士だが、仲が悪いわけもなく共通の趣味である韓国ドラマの俳優の話に夢中である。少し複雑だがそんなに熱中できるのは羨ましいことだと慎之介は思った。
「父さん、実は嶺二が今年からゲーム会社に入るんだけど」
「そうなのか、おめでとう 嶺二くん」
「ありがとうございます」
嶺二の照れ臭そうに感謝を述べた。彼は話題を切り替えるように口を開く。
「実はおじいちゃんにやってもらいたいゲームがあるんだ」
「ゲーム……?」
慎之介が他人事のようにいうのも無理はない。生まれてから一度もゲームをまともに触れたことがなかったからだ。弘樹がゲームをしている姿が何度か見たぐらいである。
まるっきり初心者の慎之介は困った。
(う〜ん、やったことないしな ゲームは)
難色をしていると、それが分かっていたのか息子の弘樹からアプローチがあった。
「このゲームは俺もやってみたんだけど、初心者でも大丈夫なんだ」
「そうなのか?」
息子と孫に薦められたら断る術がない。慎之介は身内に弱かった。
「どういうゲームなんだ」
祖父が興味を示してくれたことに孫の嶺二は嬉しそうに口を開く。
「えっと、合戦・百花繚乱っているタイトルのゲームなんだけど」
「ほう、合戦とはな。戦うゲームか」
「うん!」
「このゲームはバトルの他にゲームって形式でバトルロイヤルみたいなものなんだ」
「なるほど」
興味深い言葉に気持ちが徐々に上がってくる。そして慎之介はニックネームをシンノスケと名付けた。
最初は何事も初めてのことだったが、職業柄もあって上達するのは早かった。それから孫の嶺二は仕事の方が忙しくなり。会うのも難しくなったがゲームは続いた。
それほどまでに慎之介はゲームの虜なっていた。そしてあっという間に数々の猛者を倒していき、とうとうトップの座へと上り詰める。
数々のプレーヤーが彼の戦う姿を見て恐れを畏怖を込めて「戦鬼」と呼ばれるようになるのもそう時間は掛からなかった。