第十五話:前途多難
朝日の攻撃は見事に当たり、空高く飛ばされる。もう一人の男は連れが飛ばされたことに唖然としていて、ただ棒立ちするしかなかった。
(な、何が起きたんだ あいつはゲーム初心者じゃないのか……!?)
未経験者と思っていた男は朝日に対する危険度が急激に上がり、恐怖と緊張感を募らせた。
「お前、一体何をやったんだ!?」
興奮している男は口早に叫んだ。
「何って……普通に居合いぎりをしただけですが?」
朝日の平然とした様子に男は心の中で突っ込んだ。
(普通じゃねえだろ……畜生!?)
男は自分の立場が危ういことにようやく気づいた。そんな彼に対し朝日は妥協案を提示する。
「これ以上、僕は戦いたくありません でずがあなたが戦いたいというなら、相手をーー」
朝日が刀を構える姿に男は慌てて口を開く。連れが敵わない相手に戦おうと思うほど、男は無謀ではなかった。リアルを追求したこのゲームはダメージももちろんある。痛い思いはゲームの世界でも勘弁したい。
「わ、分かった 俺たちの負けだ!?」
男は両手を振って降参を示した。
『はや!?』
朝日は心の中で突っ込んだものの、無闇に争いたくはないので承諾した。
「わかりました……それとこの子に謝ってくれませんか?」
「……え」
いきなり視線を投げ掛けられた女の子は目を瞬かせた。男は後ろめたそうに前に出て頭を下げた。
「す、すみませんでした!」
朝日は女の子がどう判断するか見つめた。
「はい、もう大丈夫です」
コクリとうなづき、許してくれた男は感謝する間も無く倒れている連れを肩に持ちスタコラと去っていった。朝日が一息つこうとした時、女の子の方が雨弓より頭を下げられた。
「あの、助けていただいてありがとうございます、おかげで助かりました」
綺麗な動作のお辞儀をする姿はまさに大和撫子である。
「いえ、これぐらいは」
「私はアイと申します、何かお礼をできることはありませんか?」
「お礼なんて…」
断ろうとするがハタと朝日はあることを思いつく。
「どうしましょうか?」
朝日は振り返りながら、口を開いた。女の子は誰に話をしているのだろうと見るとそこには二人の人影が近寄ってきた。
「始めまして、真澄と申します」
いきなり二人が現れたのに女の子は目を見開く。志郎も真澄にならい挨拶をした。朝日は彼らのことを紹介する。
「この方達は僕の知り合いです、それでどうしましょうか、何か聞きたいことはありますか?」
「そうですね、この世界のことは何も分からないのですし」
真澄も同じ意見だった。何を言えば良いのか見かねたアイは提案をする。
「それでは私があなた達の知りたいことをお手伝いできませんか?」
「え……?」
予想もしない嬉しい申し出だが、困っているのは本当である。朝日は真澄と志郎に聞いた。
「どうしようか?」
「朝日さんはどうされたいんですか?」
「う〜ん、自分から案内を快く引き受けてくれるなんてなかなかいなそうだし」
「そうですね、それじゃお言葉に甘えて アイさんですか?」
「はい、アイで構いません」
その瞬間、アイは朝日に近寄り手をギュッと握りしめて熱い視線で名前を問う。
「あのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「っ…えっと、朝日です」
いきなり手を握られた朝日は驚きでドキリとした。見た目とは違うギャップに3人は驚く。
『ほう、これはやりますね』
志郎は彼女を静かに観察していたが、それを間近で見てしまった真澄は心おだやかではなかった。
そして真澄がそんな思いをしていることに朝日は当然気づいていない。志郎はこれから起こるかもしれないことに他人事の様に憂いながら吐露する。
(これは前途多難ですね)
〇〇
一方、憲暁達も朝日達と同じく設定をして降り立った。
一回体験している花月達や朝日達とは違い、憲暁達は始めてなの、来た瞬間、ゲームの世界観にただただ圧倒されていた。
「何だ、ここは 本当にゲームの世界なのか!?」
憲暁は自分の頬を夢ではないかと思わずつねる。
「痛い……痛覚もあるのか」
けれど、現実を中々うまく受け入れられなかった。そして自分の姿が制服から和服姿に変わっていたことにようやく気づいた。
「服が変わっている! これは」
それは陰陽師にとって馴染み深い礼服だった。
(狩衣か……懐かしい)
13歳の時に一度着た事がある憲暁は思い出に浸っていると、肩をポンと叩かれ振り向くと頬をムニっとした感触で変な声がでた。
「ホワ!?」
「あはは、引っかかった いなりーー」
陰陽局で決められた合言葉を出した彼に対し、憲暁は合言葉をやけくそに出す。
「こんこん!」
合言葉はまずは距離を取って相手を確かめるものなのだが意味がない。彼に触れられる至近距離では味方であるか確認する前に攻撃されるだろう。
こんなしょうもないこともやる奴は、幼なじみでいるあいつしかいない。憲暁が見事に引っ掛かったことにケラケラと笑っている光秀を睨みつけた。
「おい、そこに直れ、今から鉄拳をお見舞いしてやるから!?」
「え〜、それは痛そうだからやだな」
ニヤニヤと笑う光秀にぶちキレそうになった時だった。
「お〜い そこにいるのはお前らか いなり」
聞き覚えのある声に憲暁と秀光も咄嗟に答えた。
「「こんこん」」
そこには忍者の様な出で立ちをした照良がいた。端正な美貌に道行く女性達は虜である。
「照にい!」
姿は変わっているが、髪型や声があまり変わっていなかったのですぐに分かった。
「よ、なんか久しぶりにあった感覚だな」
「そうですね あれ、ゆう兄は?」
「ああ、俺も探しているところなんだけどなかなか見つからなくてな」
照良は辺りを見回しても見覚えのある人物は見当たらなかった。光秀は照良の格好を見て問いかける。
「それはもしかして忍者の格好ですか?」
「おう、よく分かったな 動きやすく目立たない格好がいいって思ってな」
そういう照良に『分かりやすい』と光秀と憲暁は心の中で突っ込んだ。女性達は今も熱い視線を送っているのは少なくない。
「光秀の服装は?」
「僕は斥候、陰陽師にしようかと思いましたがこちらを選びました」
「そうか、それにしてもあいつはどこにいるんだ」
「そうですね、ゆう兄もかっこいいので目立ちそうなんですけど」
すると今度は女性の声では無く、男性の声が湧き上がった。気になった憲暁達は見にいくと、忍者の様な服をきている女性が近づいてきた。
(誰だ……?)
そして目の前まできた女性は立ち止まった。
「えっと、照にいのお知り合いですか?」
「いや、僕にこんな知り合いは」
照良は女性の顔を見て硬直し、ずいっと近寄った。あまりに近づくので憲暁と光秀に驚いた。その後の言葉にもっと驚く。
「お前、もしかして裕司か?」
女性はーー3人の視線を耐えながら、コクリとうなづいた。その瞬間、3人は声をあげたのも無理もない。
「え〜〜!!」
裕司は声を上げない様に注意した。
『声を上げない様に 少し移動しましょう!』
女声の裕司に憲暁達は困惑した。人目のないところに行き、裕司は口を開いた。
「これには私も驚いて、設定をするとき、性別を変えられるって聞いて考えて」
(女性か男性か選べる?)
「女性の方が情報収集しやすいかと思って忍者のスタイルを選んだらこの姿になってしまって……」
誤った選択をしたことに裕司は思い悩み俯く。そんな裕司の心情をお構いなしに周りの男達はギラギラと凝視してくる。まさかこんな姿になっているとは思ってなかった裕司は恥入る様にしゃがんだ。
落ち込んでいる幼なじみに対し、照良は真剣な口調で口を開いた。憲暁達は何をいうかと思い見守る。フォローをするのかと思いきやーー
「すげえ、その姿似合っているぜ。 というか触ってーー」
その瞬間、裕司は拳を突き上げて、照良は空高く舞い上がった。