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第十一話:ハナとアキミツ


 花月達がゲームを開始したところ、朝日達はもちろん待ち続けることなどなく、自分たちも着々と準備を整えていた。いそいそと学校から家に帰ると久しぶりの声が聞こえてきた。


「ただいま」


「お帰りさなさい」


(うん? 今の声は……)


 その声に首を傾げて、居間に行くとそこには思った通りの人物がいた。


聖子(きよこ)さん! 珍しいですね?」


「まあ、普段はバーにいるからね、今日は志郎から頼みがあってーー」



 真砂(まさご)聖子はよろずや横丁にあるバー『飴と鞭』のバーテンダー兼店長である。どうしてここにいるのかと説明をしようとしたのだが、廊下の奥からドラバタと踏み鳴らしてきた音にかき消される。


「あ、朝日と真澄 今帰ったの? お帰り」


 楽観とした声をあげたのは糀だった。


「ただいま、糀もいたんだね」


「うん! 今日は志郎から頼まれて……えっと何だっけ?」


 なかなか思い出せない糀に朝日は笑い返そうとしたとき、彼の背後にいる人影の般若の表情を見て凍りつく。


「ほう、忘れたとはどう言うことですか?」


「わ、志郎」


 糀は後ろにいる志郎に驚いて後ずさる。


「風呂掃除は済ませましたか?」


 その強迫…ではなくお願いに糀はコクコクとうなづいた。


「あとは廊下を走らないように、何回も注意しましたよね?」


 うっと反論も言えない糀は大きい体を縮まらせる。側から見ればどちらが糀の方が体格はいいのだが。その事がおかしくて朝日は笑いそうになった。朝日達の帰りに気づいた志郎は迎える。


「おかえりなさいませ、まずはお風呂からどうぞ」


「うん、わかった」


 朝日達は風呂に入り、身を清めた。風呂から上がると簡単な軽食が置かれていた。おにぎりと味噌汁と出汁まき卵と青菜のお浸しである。体力を消耗するかもしれないからお腹に何か入れた方がいいとのことだった。ゆっくりと噛んで食べて朝日はようやく気になっていた話を聞いた。


「それで、聖子さんと糀がきているのはどうしてなの?」


「万が一のためですね、ゲームをすれば魂を取り込まれている間、完全に無防備になってしまいますので」


「あっ」


 そのことに朝日は失念していたことに声をあげた。


「結界を考えたのですが、いつまでかかるのか。もしもの場合も考えて、糀と聖子さんをお呼びしました」


「なるほど」


 この二人だったら、よほどの強者でない限り苦戦はしない。その時、糀が何か言いたそうに見ていることに朝日は気づく。


「糀、どうしたの?」


「志郎、俺もやっぱりやっちゃだめ?」


「今回はあなた向きではありません、今のあなたでは力を制御できませんし」


「うぐ……」


 最もな正論を言われ、そのことは自分でも重々わかっている糀は口をつぐんだ。


「今回は私が朝日様のそばを守りますので」


「……うん」


 糀は志郎の説得にうなづいた。


「今回って、志郎も行ってくれるの?」


「ええ、中での情報収集もしたいですし、というより現状それしかありませんし」


「確かに、そうだね」


 朝日はうなづくと聖子から声をかけられた。


「朝日様、抱きしめてもいいですか?」


「うん、いいよ」


 聖子はかわいいものを抱きしめる癖があり、その筆頭に朝日がいる。本人はその可愛いものに分類されるのが不服なのだが、今回は状況が違った。


 いつもはギュッと抱きしめてしまい朝日の骨がミシミシと鳴るのだが、今は抱きしめたものを壊さないように優しく抱擁した。抱きしめられた時、微かに体が震えていることに朝日は気づいた。


(聖子さん……)


「ずっと待っていますからね」


 志郎から話を聞いた時、朝日をもう一度失うんじゃないかと聖子は脳裏によぎった。それは今でも同じ気持ちに変わらない。


 あんな怖い思いを二度と味わいたくないと思いながらも、朝日の自由を奪いたくなかった。


「聖子さん、絶対に帰ってきますからね 帰ったらお祝いしましょう」


「ああ、絶対だよ」


 またギュッと聖子は腕の中の温もりを名残惜しそうに抱きしめた。それから志郎からあらから説明を受けてヘッドギアをはめた。


「それでは、開始します」


「それじゃ、探すよ」


 朝日、真澄、志郎は各々と返事した瞬間視界が真っ白になった。そして目の前に一人の女性が現れた。




「ようこそ、合戦・百花繚乱の世界へ」





〇〇







 見覚えのある光景に花月は前に来たことを思い出す。



「プレイするのは初めてでしょうか また2回目以降でしょうか」


「2回目ですけど、最初にしたのが体験版です」


「体験版をご利用の方は、初めての方と同一です」


「それじゃ初めてで」


「かしこまりました それではこの職業からお選びください」


 ズラリと並んだ職業の一覧に花月は困惑する。


(ゔ、ありすぎてどれにしようか迷うな)


 職業欄にはスライドをしながら見るとある単語に目が入る。


(巫女か)


 戦闘タイプではないが、人の怪我や病気を治す事ができる。花月は戦う経験がないので、桃華の足手まといになりなたくなかったのと、少し前に見た夢のせいである。


(あの女性が来ていたのは確か、こんな服だったような)


 夢の中の女性は槍のようなものを持ち、勇猛果敢に化け物と戦っていた。


「職業に巫女でお願いします」


「かしこまりました 次に性別は選択可能です。男性か女性のアバターでお願いします」


(そう言えば麻里子って確か男性のアバターを選んでいたような)


 思い出しながら花月は口を開く。でも私は女性でいいかな。


「女性のアバターで」


「かしこまりました。年齢設定をお願いします」


「16歳で」


「かしこまりました。最後にお名前の登録をお願いします」


(名前…… 全然決めていなかったな)


 どうしたものかと悩んだその時、花月は誰かの声が聞こえた。


『はなちゃん』


 誰ではなく、その名前を呼ぶ人物を限られている。そしてその周りの友人達の顔が思い浮かぶ。あの日常がなくなるなんて。


(またみんなで一緒におしゃべりして お弁当を食べて遊びたいから)


 キーボードの画面を打ち込み、名前を入れた。


「ハナ様でよろしいでしょうか」


「はい、お願いします」


「かしこまりました。ご協力ありがとうございました」


「アバターは転送後、変化いたします。それではいってらっしゃいませ」


「はい」


 その瞬間、花月の体が眩く煌く、そして空間の中からいなくなった。




〇〇




 朝日もまたゲームの中に入り、同じ質問をされた。そして職業を何にするのか悩んだ。


(やっぱり刀……剣を使える職業か 剣士、武士)


 朝日は装備を見て、無難そうなものを選んだ。


「浪人でよろしいですか」


「はい」


「かしこまりました。性別は選択可能です。男性が女性のアバターをお選びください」


(……! そうだ ここでは選ぶ事ができるんだった)


 朝日は身を隠すために女装をしているが、できれば本来の姿でいたい。自分の欲求に従い、選択する。


「男性のアバターで」


「かしこまりました。年齢設定をお願いします」


「16歳で」


「かしこまりました 最後にお名前の登録をお願いします」


(そうか名前、ヤバイ 何も思いつかないっ!? 朝日……いや それは直接すぎるから、他に名前は)


 その時、自分のかつての名前を思い出した。代永朝日と名乗る前の本当の名前を……

朝日は恐る恐る指で打ち込み名前を入れた。


「ーーアキミツ様、でよろしいでしょうか」


 久しぶりに呼ばれる本名に何故か擽ったくなった。


「……はい」



「かしこまりました、ご協力ありがとうございます。アバターは転送後変化いたします それではいってらっしゃいませ」


「はい、行ってきます」


 朝日もまた体が眩く光り、姿を消した。桃華、真澄、志郎も職業、性別、年齢、名前を登録し転送された。そして舞台へと見送った案内人の女性の口元が歪んでいたことに誰も気づかなかった。



(ふふふふ)


 不安と恐怖を戦いながら花月達は波乱の舞台へと降りたつ。そこに恐るべき陰謀と策略が隠されていることも知らずに。








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