第五話:異常
救急車に男性が運ばれた後、事件の関連性がないか立川と足立は捜査することになった。アパートの管理人に話はつけてあるので、帰る時にまた来るようにと言われた。
「それにしても、この部屋の住人はかなりのゲーマーですね」
意識不明になった者の名は西山健一。29歳のフリーターで独身。その部屋にはパソコンのディスプレイがいくつも置いており、ハードディスクなどが置かれていた。
「ゲームのしすぎで現実が分からなくなったんですかね、先輩」
あまり口数の多い方ではないが話せば返事をする足立なのだが、返事は一向に返ってこないのでどうしたのかと伺う。
「どうし……先輩」
立川が驚いたのは足立の顔色が青白かったためである。
車の中では普通に会話をしていたが、この短時間で何があったのかと立川は予想外のことに慌てる。
「悪い……窓を開けてくれ」
「は、はい 分かりました」
立川は言う通り急いで窓を開けると風が流れ込んできて少し楽になったのか抑えていた口元を緩めて呼吸を整えた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ごほっ……ああ」
心配そうに見つめてくる後輩に足立は謝った。
「お前は何ともないのか」
「え、はい 僕は何とも……?」
「そうか、それは羨ましいな……」
何が羨ましいのか考えても分からないので立川は足立に説明を求めた。
「この部屋……というより、玄関に立った瞬間から気分が悪くなった。多分瘴気が充満していたんだろう」
聞き覚えのある単語に立川は口を開く。
「あ、瘴気って確か妖怪から発している悪い気みたいなものなんですよね」
「ああ」
立川も妖怪のことを知り、数ヶ月経つが少しばかり度胸がついていたが妖怪が近くにいるかもしれないことに緊張が走る。
「今は妖怪がいない、というよりもその悪いものを放っているのがある」
「悪いもの?」
足立はベットの下に転がっていたヘッドギアを指さした。その物体を立川は無造作につかんだ。
まさか瘴気を放っているものを無防備に掴むと思っていなかったので立川は開いた口が塞がらず、低い声音を出した。
「……お前」
「……へ、ど、どうしたんですか 先輩」
自分が何の失態をしたのかと気づいていない後輩に足立は少し気がそがれて、話しかける。
「お前、何ともないのか?」
「はい、これヘッドギアですよね 僕の知り合いもこんなもの持ってましたね」
(影響がないのか、確かに霊感は人それぞれだが……いや今はそんなことより)
足立は今対処すべきことに気持ちを切り替えて口を開いた。
「それは音楽を聴くものなのか?」
ゲーム関係にとんと疎い足立は後輩に聞いた。
「これはVRゲームをするためのものですね」
「VRゲームってどんなのだ?」
「えっとなんて言えばいいですかね。簡単にいうとこれをはめてゲームを始めたら別の人間になれる感じになっていて、バトルゲームをしたりできるんです」
「そんなものがあるんだな……俺のゲーム機はゲームボーイで終わっている」
「ゲームボーイって聞いたことがあります」
「まぁな、元凶が分かったことはいいとして、後にその彼を見つけた友人にも話を聞いた方が良さそうだな」
「そうですね、一緒に病院に向かったみたいなので病院にいると思いますし、事情聴取にいきますか」
「ああ、その前に陰陽局の二人に電話しないとな」
「! 阿倍野さんと加茂野さんですね すぐに電話します」
立川はうなづいて、足立はヘッドギアを一瞥した。
(こんなものまで瘴気があるとは、一体どんな奴が作ったんだ)
とりあえずプロの人に見てもらってからだと、立川と足立は部屋を後にし、病院に赴いた。
〇〇
日本医科大学付属病院
東京都文京区、千駄木にある病院であり学校法人日本医科大学の大学付属病院であり特定機能病院である。
駐車場に車を止めて受付の人に案内をしてもらうと集中治療室の前で重く沈んだ表情をしている男性を見つけた。
その男性の視線の先には今も微動だにできない友人のことを思っていた。立川は声をかけることも憚れたが、それでは仕事ができないので口を開いた。
「すみません、少しお話をよろしいですか?」
声をかけられてようやく気づいたのか、男性は立川と足立の存在に気づいて返事をした。
「はい」
少し場所を移動して、男性と立川は腰掛けて、足立は立ったままである。
「あの、あなたたちは?」
「警察のものです お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「はい、俺は鈴木弘樹と申します」
「では鈴木さん、どうして現場に居合わせることになったのか教えていただきますか?」
「それは、健一が面白いゲームがあるから遊びに来いと言われたからでず、それであいつが住んでいるアパートに行って、インターホンを鳴らしても全然出なくて、一応合鍵を持っているのでそれで開けて入ってみたら……あいつは、ヘッドギアをつけていて、ゲームをしているのかと最初は思ったんですが、どうも様子がおかしくてそれで揺り動かしたらいきなりパタンと倒れてしまって……」
その時の場面はかなりの衝撃だったのだろうと肩を震わせながら口元を覆った。
「先生に聞いても、原因が分からないと言われて……俺がもっと早く気づいていれば……っ」
早く行けばよかったという後悔と、友達を失いたくない恐怖に押しつぶされそうになっていた彼に立川は何もいうことができなかった。
(元気出してください、はあまりにも無神経だし、絶対に治りますよなんて無責任なこと言えない)
立川はどうフォローしようか考えていると、足立は冷静に口を開いた。
「他には違和感に思ったのはあるか?」
「違和感ですか……そう言えばヘッドギアをつけたままだったのか異様に怖かったです」
「ヘッドギアをつけたまま?」
「ということはゲーム中に意識を失ったのか」
「それしかあり得なさそうですね、それでヘッドギアを外して病院に運ばれたんですね」
「はい」
「あ、後一つ思い出したのは ゲームの中で大きなイベントがあるって、それが多人数でやるって言っていて」
「ーー!!」
「そうですね、オンラインゲームなので国内外とかいるんじゃないんですか?」
嫌な事実を聞いた立川と足立は感情を表に出さないようにして、鈴木を家まで送ろうとしたがまだ少し残りたいと言われ、名刺を残して彼のもとを去った。
そして駐車場についてやっと本音を吐き出した。
「なんかまずいことを聞きましたね」
「ああ、できれば聞きたくなかったな」
けど、現実は虚しく時が過ぎ去っていくのもまた事実。
「俺たちが生きるのはとりあえずここまでだな 彼は明日あの二人に対処してもらう」
「そうですね」
先輩の言うことに素直にうなづいた立川は警視庁に戻った。
〇〇(阿倍野・加茂野視点)
翌日になり阿倍野裕司と加茂野照良は立川に依頼されたアパートに向かった。
管理人には立川が話をつけているのでスムーズに入ることができた。阿倍野と加茂野が玄関を開けた瞬間、目つきが変わった。
「これは……」
「おわ、なんかヤバそうだな」
常に反撃できるように臨戦体制に入った。例の部屋の扉を開けると足立には気づいていた重く濁った瘴気が充満していた。
アパートの一室がまるで化け物屋敷と化していた。
「何がこんなに……」
阿倍野と加茂野は話を聞いていたヘッドギアを見つけた。
「これが瘴気を放っているんだな」
阿倍野は九字を切り、真言を唱え、澄み渡る声音と共に淀んだ空気が無くなっていった。
お札を貼り、もう少し調べるためにパソコンなどを押収する。
「さてと、これは陰陽局に戻って調べるとして、病院に行きますか」
「ええ、そうですね」
アパートを後にして、二人は病院に向かった。そして看護師に案内してもらい集中治療室ではなく、他の病室に向かった。
阿倍野と加茂野は彼の容態を見て、すぐに異常に気づいた。
(これは……)
看護師が去り、阿倍野は彼の手に触れて記憶を探った。