第十話:暗躍
三人称です。
「白夜、お疲れ様。 今帰ってきたんだね」
白夜と言われた男は被害者の女の子の容態を見るために、様子を見に病院に潜入していた。
この男こそが阿部野の能力を封じ、記憶を遡れないようにした本人であり、女の子の夢毎のような話は自分が作り出した幻ではない。
実際に女の子と白衣を着た「白夜」と言われた男と会っている。大きな病院のため、人々に紛れ込みやすくその人物はするりと入ることができた。難なく入れるのは病院関係者のみ。
彼は見事な白衣の青年に化けて、それをたやすく潜り抜けることができた。
「大川さん 調子の方はどうですか?」
ノックをして病室の中にいる女の子ーー大川結衣に尋ねる。女の子は黒髪でメガネをかけた医師に気づいて、弱々しい返事を返した。
「まだ頭がぼ〜として……」
意識はあるが起き上がるまでは、回復していない状態だ。
「分かりました」
医師はカルテに書くふりをした。演技も時には必要だ。
「少し目をつぶっていてください」
頭の上におもむろに手をかざした医師の言葉の通りに女の子は意識を落とした。女の子は妖怪の邪気に当てられて弱っていた。
ふわりと女の子の体から黒いもやみたいなものが出てきた。
さっきまで何もなかった空間に黒いもやはまるで意思がある生き物のように蠢いている。
ざわざわと耳障りな音が煩わしい。
自分に危害を加えようとする医者に黒いもやは襲い掛かった。医者は慌てふためくこともなく、手を振り上げその黒いもやを掴んだ。
そして、吸い出されかのようにこの世から跡形もなく姿形を消してしまった。
「大川さん もう大丈夫ですよ」
「ゔ……先生?」
「体を動かしてみてください」
「でも…」
今さっきまで体を自由に動かせなかったのだ。けれど女の子は先生の言う通りにした。
「…あれ?」
さっきまで体が鉛のように重かったのに。起き上げる瞬間、羽根のように軽かった。
「先生、これって」
「次起きた時は、あなたはもう良くなってますから」
「すごい、一体何をーー?」
どんな魔法を使ったのか医者に問いかけようとした。しかし、次の言葉を発する前に気を失い、女の子は眠りに落ちた。
とりあえず暗示をかけるまでは良かった。だが医者に化けた男にとっても想定外のことが起きた。
まさか女の子が自分のことをただの医者の男ではなく、格好いい医者と認識されていて顔まで覚えられていることに気づかなかったのだ。
認識するかしないかはどうしても個人差のズレが出てしまう。その後、誰にも気づかれることもなくその病院から一人の医者は煙のように消えていった。
〇〇〇〇
「……ごめん。 僕がもう少し早く駆けつけていれば、こんな手間をかけずに済んだのに」
肩を落とし、自分の失態で手をわずらせることに心を痛めていた。少年か少女のような中性的な声でより女々しくなってしまう。
自分の力不足に嘆いているのは白夜の主人「オカゲ様」である。気を落としている主人に白夜は優しく声をかけた。
「いえ、主人のせいばかりではありません。 ……それに」
「主人の仕事を手助けするのを、私は好きでやっているのです」
白夜にとってオカゲ様は守るべき大事な存在なのだ。オカゲ様が人を大切にし、守る存在であるように。