序章:戦いの記憶
一人の男が大きな造りの家に向かっていく。その形相は必死で今にも叫びそうな勢いであった。駆けつけた先はーー
「天照様!」
家の門前で何事かと護衛のもの達に止められた。
「何事ですか! 天照様は就寝中ですよ」
「っーー申し訳ありません、無礼をお許しください ですが近くの村で猛獣が出て村人に被害が!」
「それなら今すぐ兵を集めてっ」
その言葉に男は強く首を横に振る。
「っ兵だけでは、兵を集めても負傷者が多数出ており…このままでは」
男の苦悩する声が周囲に響きわたった。その願いに天照は目が覚め部屋から出てきた。寝巻きの女性が出てきたことに男は気づいた。その人物こそ男が助けを求めていた者である。
「天照大御神様!」
「ここまでご苦労様でした」
見るからに生傷が耐えない男に女性は目を細める。
「彼の傷の手当てを あとは私に任せてください ーーすぐに出立の準備をします」
「はい、かしこまりました」
天照の声を聞いた護衛は準備を整え外に出ると、馬が準備されていた。
「よろしくね」
挨拶するとブルルと嬉しそうに頬擦りをしてきた。馬に乗り、背中を撫でながら優しく微笑む表情から戦場へと行くのにグッと引き締める。
「須佐之男は今どちらに」
「今、私どもも探しているのですが、」
言い籠る側近に天照は眉を潜める。
「ふ〜、全くあの子ったらこんな時に」
説教をしたいぐらいだが、今はその時間さえも惜しい。
「仕方がありません では急いで参りましょう」
「はっ!」
馬を走らせるとそこは戦場と化しており、情報通り人々が怪我をして倒れていた。
「この者達の手当てを、私たちは急ぎましょう」
「はい」
天照は急いで森の中に入った。動物の気配はなく静寂に包まれていた。ただ馬を駆ける音だけが、辺りに響き渡る。そして人々の喧騒の音が聞こえた。
(もうすぐでーー)
そしてたどり着くとそこには血の臭いとむせ返るような火薬の臭いが充満していた。
「…っ」
天照は、キッとそれをした犯人を睨んだ。すると獣は彼女の出現に気付きこちらをじっと見つめた。
禍々しく黒いオーラを纏った四つ足の獣の眼光は黄金に鈍く光っていた。
獣は咆哮をあげながら天照に向かい突き進んだ。村人たちは彼女に気付き、名前を叫ぶ。
悲鳴が歓声が助けを呼ぶ声が力を与えてくれる。馬を降りた天照は自分の武器である矛を持ちかまえた。
「祟り神となった森の民よ あなたには恨みはありません。けれど……私にも守るべきものがあります」
天照は命を狩る覚悟を胸に、前へと足を踏み出した。
そしてこの時は彼女が未だ最高神と呼ばれる以前の記憶である。
順次、第一話も投稿します!