【第四部:完】
何を言い出すんだと朝日は胸中で激しく動揺する。
「悪霊を倒したのは ーー人の心だ こいつは最後まで抵抗していた 称賛するのは彼で……それにオカぐげーー?!」
横からの思わぬ衝撃に憲暁は変な声をあげた。何があったんだとバッと見ると秀光は手をあげていた。
「あ、話を中断してすみません 蚊がいたので」
「うぐっ…お前、普通ぶつかよ?!」
人の頬を全力で叩いておいて、何の悪気もなくいう秀光に観衆たちは唖然となる。憤怒の形相の憲暁を慣れた様子で相手して女性に別の人物に話しかける。
「あ、すみません、実況さん 話を中断して」
秀光は綺麗な笑顔で宮田にアナウンスを促されてなんとか持ち前の機転の良さで口を開いた。
「そ、それでは、決勝戦を中断した西岡選手と烏丸選手の試合を再開したいところですが、後日改めてということになりました」
非常事態なので仕方がないと西岡と桃華は残念そうにうなづいた。
「残念だね、桃華ちゃん」
桃華のことを心配していた花月だが、朝日が力なくうなだれる様子に花月は心配する。
「朝日ちゃん、大丈夫?」
「う、うん 大丈夫 色々とびっくりして(色々と危なかった)」
「とりあえず、どこか休めるところを」
「あの、霞さまのご友人ですか」
「え、はい」
「安倍霞さまの使用人の宇多野と申します 霞さまがこちらに来る予定でしたが、今は葵さまの護衛についているためこちらに来れなくて」
「分かりました その前に桃華ちゃんに会ってもいいですか」
花月は舞台にいた桃華を心配していた。
「今すぐは難しいですが、伝言を伝えておきましょうか?」
心配だが、疲弊している桃華に気を使わせると思った花月は言伝を頼んだ。宇多野に案内された部屋に行くとそこには狩衣姿の霞と厳かな礼服をきた葵がいた。
葵は花月がきた途端、立ち上がり駆け寄ってくる。
「花月ちゃん! 大丈夫だった」
葵も花月の心配をしており向かいたかったが霞や使用人たちに止められて向かうことができなかったらしい。泣きそうな顔をする彼女に花月は驚く。
「う、うん 大丈夫だよ この通り」
「よかった、花月ちゃんが無事で」
葵の肩が震える姿に花月たちは心配そうに窺うと霞が口を開いた。
「四神にとって瘴気はあまり体に良くないの だけど花月ちゃんたちに危ないかもしれないって飛び出して行きそうでーーでもよかった 無事で」
霞はその時のことを思い出しながら、唇を噛んでいた。
「そうだったんだ、ごめんね 心配かけて」
花月は優しく、葵の頭を撫でると目元がクシャリとなった。
「ふふ、なんか姉妹というか親子ですね」
「ええ、そうですねーーて」
いきなり現れた少年に朝日は驚きの声をあげた。
「こら、セイ 驚かしてしまってごめんなさい」
いたずらがばれた子供のように口元を窄めた。
「だって、話すタイミングがわからなかったんだもん」
真澄は気配なく現れたハルに驚愕する。
(私が気づかなかったとは……いつ現れて……さっきまでそこには誰もいなかったはずなのに)
表面上クールだが、気が動転していた真澄はハルと目が合い少年の口元がわずかに口角が上がったことに気づいた。
「ごめんなさい、朝日さん この子、人にいたずら好きなところがあって」
「い、いえ私も気していないので」
セイはじっと朝日をみつめ、その姿を消した。
そして、花月たちは軽食を食べて休んだりしてあっという間に夕方となった。奉納の儀のために花月の着付けが始まり、見る見る変貌へ遂げていく。
着付けが終わった使用人は葵たちを呼んだ。
部屋の中に入るとそこには着物を纏った花月が立っていた。神秘的な雰囲気が纏う少女に誰もが口を閉ざしていると、花月は恥ずかしそうに口を開いた。
「どうかな、似合っているかな?」
誰も話し駆けてこないのに花月は恐る恐る尋ねると最初に口を開いたのは葵だった。そっと両手を握りしめた。
「とっても似合っています」
「ありがとう、葵ちゃん」
キラキラとした眼差して見つめられ花月は照れくさい気持ちになった。
「お綺麗ですね」
真澄は朝日に話しかけたら、どこか浮かない表情に首を傾げる。
「朝日様、どうしました」
「いや、なんでもない」
「そうですか?」
心許ない返事に心配する真澄は、当の本人は別のことを考えていた。それは先ほど花月をみた一瞬の出来事だった。
胸の高鳴りは不自然なくらい脈打っている。
(一瞬、別の誰かがいたと思った)
今日は色々あったから疲れているのだろうとそっと一息をついた。
〇〇
そして時間は刻々と過ぎていき、奉納の儀は始まる。
舞台は様変わりしていて、四方に橋がかかるようにっていて花月たちは驚きと感嘆の声をあげた。
「ここから見る光景はとても綺麗ですよ」
葵の目線の先には夜に浮かぶ月が辺りを照らし、幻想的な雰囲気を作る。
(風が、心地良くて気持ちいい ちゃんと踊らないと緊張しているはずなのに、今はものすごく楽しい)
樹里、鈴蘭、朱鷺、静の順に順に踊り葵は最後に踊る。みな見事な舞で観衆を魅了し、盛り上げた。
そしていよいよと葵の番がやってきた。橋の上から葵だけが来るのかと思いきやもう一人の謎の少女に観衆たちは誰なのだろうとざわつく。
そして葵と花月の舞が始まった。
二人はあって間もないのに長年の友人のように息のあった舞を踊った。
(ああ、とても楽しい こんなにお客さんがいるのに、怖いはずなのにーーどうして、こんなにも懐かしい)
『懐かしい……? 私は、どうして』
その瞬間、ぐらりと意識が遠のいた。
葵は花月の不審な動きにどうしたのかと首を傾げたがーー花月が笑みを向けたので、あまり気にしなかった。
「見ていて……」
花月が踊る一挙一動に、観衆の目が奪われる。まるで踊りの達人のように踊る彼女に他の四神たちも注目して戸惑っていた。
(あれは、一体誰なんだ)
(どうして)
(なぜ)
(なんでこんなにも胸が愛おしくなる)
名も知らない一人の少女が踊る光景に青龍、白虎、朱雀、玄武の瞳から涙が溢れて止まらなかった。
『私踊りを知らないはずなのに、どうして踊れるんだろう』
不安に駆られながらも湧き上がる高揚感で楽しく踊りを終えた。
『私は一体……?』
その直後だった。水面がゆらりと光り輝き、周囲全体が淡い光に包まれる。
そしてどこからか優しげな声が聞こえてきた。
「皆さん、今年も素晴らしい舞でした 豊穣と安寧の加護があらんことを」
御簾の奥に人影が現れて四神の長である騏驎が現れたことに観衆たちが高揚感と歓喜の波が広がる。
その光景に花月は驚きの声をあげ、葵は説明した。
「あそこにいるのが麒麟様なんです」
「え、そうなの?」
花月が驚いた表情で御簾の奥を伺うように見た。御簾の奥で騏驎がどんな表情をしているのか気になった。そのことを面白うそうに彼もこちらに見ていたことは気づかない。
「ふふ、さっきまでとは別人ですね そうは思わないーーセイ」
麒麟の近くには安倍霞の式神のセイがそばにいた。二人は古くからの知り合いであり、そして彼の正体を知っていた。
「いや、 ーー安倍晴明」
「ああ ぐすん」
セイもとい晴明は数々の伝説がある大陰陽師の面影もなく泣き面になっていた。
「まるで、彼女そのものだった あの子は、楪は彼女の前世なのだな。あの人も踊りが好きだった」
安倍晴明はかつて彼女に「ハル」という愛称で呼ばれていた。懐かしさと同時に涙がこみ上げる。
もう千年を経っているのに昨日のように思い出してしまった。死んだはずの彼女が目の前にいるという錯覚に。
「彼女は目覚めが必要だった」
これは何度も考えた麒麟の決断だった。
「これから来る災いにはどうしても彼女の覚醒がいる。 彼にも会ったんだろう?」
彼とは朝日のことである。
「ああ、会ったよ」
ハルは前世でも彼女の幸せを願っていた。だがそれは叶えることができず、全てを喪ってしまった。
残ったのは深い後悔と罪滅ぼしでこの陰陽寮を作ったのだ。それは朝日となる前の暁光と名乗っていた頃、邂逅して、約束をした。
しかしこの平穏がその日常が壊れかけている。
「壊させはしない あなたが、託してくれた思いをこの場所を……」
ハルは笑いあう人々の声を聞きながら胸を焦がしていた。
「橋姫からの報告では何も結界の異常はなかったらしい まるですり抜けたように」
「そうか」
「まるで1000年前の再来だ……」
「あの女の仕業に違いない」
かつて天才の陰陽師を唆した魔性がいた。そして麒麟にとっても縁が深い人物だった。
ーー彼女が世に出れば、災厄が起きる。
〇〇
人が寝静まる頃、ある日本家屋の一室で、少女は一人ごとを呟く。
「あ〜あ、せっかく美味しそうだったのに あの子…」
少女は廃ビルであった陰陽師の少年ーー南のことを思い出す。
「せっかく可愛がってやろうと思ったのに…つまんないの まあ、でもいいわ 代わりなんていくらでもいるんだから……ふふふ」
怪しく口元に笑みを浮かべる女の子の不気味な声は誰が聞いているわけもなく夜の闇に吸い込まれっていった。
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別作品に『魔法世界の少年ティルの物語』という作品があります。ファンタジーものが好きな方におすすめです٩( 'ω' )و