第十三話:女の子でよかった・試合開始
葵が了承すると、佳乃は静に伝えた。明るい声とともに入ってきたのは長身の男性だった。
「おはよう、葵」
「おはようございます、兄さん」
挨拶をした葵をみた静は儀式の服装に目を輝かせた。
「葵、とても似合っているよ 写真を撮って額縁に飾って床の間に飾りたいぐらいだよ」
「それは恥ずかしいのでやめてください」
静の外見と内面のギャップに花月たちは面を食らった。
(これは苦労するはずだ)
葵は恥ずかしそうに手を覆うと静はようやく彼女以外の人物に気づいた。
「こんにちは、君たちは葵の友達かい?」
「はい、お邪魔いたします」
花月はうなづくと静はそっと手を握られる。
「葵と友達になってくれてありがとう」
「え、いえ 私の方こそ友達になってくれるとは思ってなかったのでとても嬉しかったので」
「…君はいい子だね ますます気に入った」
「え、あの?!」
間近で異性に急接近されたことなどないなかなかない花月は慌てふためくと、静はなおも話を続ける。
「ところでーー」
けれど、次の言葉はすぐに出なかった。それは静が話すのを止めた、いや中断せざるえなかったからである。
それは彼の手首を握った者がいたからである。いきなりの行為に花月と静は驚く。
「朝日ちゃん……?」
そこにはいつの間にか幼なじみが目の前に立っていた。
「あの、葵さんのお兄さん? はなちゃんが困っているのでそれぐらいにしてもらえませんか」
「……ああ、それは申し訳ない ごめんね」
花月が困っていることに気づき静はすぐに非礼を詫びた。
「いえ、ちょっとびっくりしましたけど 大丈夫です」
「もう、兄さん いくらなんでも気をつけてください」
静の非礼に機嫌を損ねる葵を見た静は目を見開く。
「怒った顔も可愛い」
「……兄さん」
怒っていた葵は静の反応に重くため息をつくと、それを見ていた桃華は呆れた声を出した。
「それで、花月に何か聞きたいことがあったんじゃないんですか?」
本来なら四神の次期当主より前に言葉を発するのは失礼に当たるのだが、正式な場でないので静も特に嫌な顔はしなかった。桃華に催促された静はうなづいた。
「うん、ああ、それはだね 君たち以外にも男友達がいないかと聞いておきたくて」
すごく真剣に聞いているだろうが、その内容のせいで凄みは半減している。花月たちは質問の意図に首を傾げて反芻する。
「え、男友達ですか?」
花月は、一応、朝日と、真澄、桃華に聞くが首を振る。
「男友達はいないと思いますけど」
花月の答えに静は嬉しそうに笑った。
「そうか、それなら安心、安心」
謎の質問が気になった朝日は静にその訳を聞いた。
「どう言うことですか?」
訳を聞かれた静は少し恥ずかしそうに話した。
「いや〜、実は葵に彼氏ができたんじゃないかと思って」
「………はい?」
朝日はどう反応するか困惑し、葵も予想外なワードに呆気に取られている。
「この前、私の友人に話をしたら彼氏でもできたんじゃないかと話題になって 真実を確かめたかったんだ けれどこれでようやく安心できる みんな女の子でよかった!」
(みんな女の子でよかった……)
(よかった……)
その言葉はやまびこのように朝日の脳裏を反響する。女装をしている朝日にとって心がえぐられたのは言うまでもない。
心の中で朝日は打ち拉がれながらもなんとか理性を保った。室外からまた佳乃から声をかけられる葵は嫌な予感がした。
「申し訳ありません、お嬢様 御当主の方も挨拶しにきてしまいーー」
「ええ?! お父さんとおばさまも?!」
葵の言葉に桃華に緊張が走る。その表情をみた花月はどうしたのだろうと心配する。
「彼女の父は、北方院現当主、そしておばさまは目の前にいる静どのの母君」
友達がいるか、後で挨拶しに行くと伝言を頼もうとした葵だったが時すでに遅かった。
「やっほ〜、葵 お、めっちゃ綺麗ね」
「お、おばさま」
いきなりの闖入者に花月たちは驚いた。
〇〇
「あれ? 静もいたんだ?」
「いましたよ 母さん いくらなんでも断りを待たずに開けるのは」
いきなり来た実の母親に静は自分のことは棚に上げて声を上げる。
「君たちはのお友達?」
「ってもう聞いていないし」
どう答えたらいいものかと花月はとりあえず答えた。
「え〜と は、はい」
「う〜ん」
じっと見つめられて花月はおどおどしているといきなり距離を詰められる。
「へにゃ?!」
牡丹の大きな豊満な胸に押し付けられて歯がいじめされた。
「この子、超可愛い 私もお友達になりたいわ、というかおうちに持って帰りたい」
ギュッと抱きしめると朝日が止める。
「あの、そのままじゃ息が苦しいんじゃ」
「うん?」
朝日の存在に牡丹は気付くとロックオンした。
「君もかわいいわね」
「へ……? あの、ちょっと」
朝日は全力で拒もうとした時、天の助けが舞い降りる。
「姉上、熱烈な歓迎はそれぐらいで 私は「亀」の現当主、北方院蛍と申します こちらが北方院牡丹で蛇の現当主です」
落ち着きのある話し方は葵にそっくりで逆に静よりも母親のボタンの方が積極的なところもまた瓜二つである。
花月たちはまさか現当主に会えるとは思ってなかったのでいささか緊張していると、甲高い鐘の音が聞こえた。
「うん? 開会式が始まるようだね」
「そろそろいかないとね」
「桃華ちゃん、応援しています」
「うん、頑張る」
牡丹は桃華を見て、話しかける。
「あなたは南方院の代表者ね 楽しみにしているわ」
南方院といったときに牡丹の瞳の中に一瞬悲しみがよぎったのを桃華は気づいた。
「…はい、日頃の鍛錬の成果を発揮したいと思います」
「それじゃ、またね 葵ちゃん」
「はい」
花月たちは退室し、開会式の場にいき花月と朝日と真澄は観覧席である回廊に、桃華は舞台の広場に向かった。
〇〇
舞台の場へ集まるのは東西南北の各代表者の4名である。
東方院の代表者は涼やかな目元の15歳のワンレンの髪型の少女で名は東堂緑。
西方院の代表者は西岡慎太郎は屈強な肉体を持つ短髪の少年である。
北の代表者は黒髪で眼鏡をかけている細身の少年で名を北原玄人という。
開会式の挨拶が今にも始まろうと桃華が見えやすいように花月たちは移動した。すると朝日が一人の少年と肩にぶつかり謝罪した。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそすみまーー」
「せん」と言いかけたがお互いの顔を見た瞬間硬直し、開いた口が塞がらなかった。
「あなたは……」
「あんたはあの時の!」
二人とも驚きで言葉を失っていると花月は声をかけた。
「えっと、一緒にここから見ませんか?」
「え……?」
朝日は花月の提案に驚く。憲暁は驚いている間に、秀光は答えた。
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
「おい…っ」
「いいんじゃない、一緒に見るぐらいなら」
「……ああ、そうだな」
憲暁に睨まれた朝日はあえて無視をした。
「楽しみですね、はなちゃん」
「うん、最初は誰と戦うんだろう」
気前の良い秀光は花月たちに教えてあげた。
「まずは東と西の代表者が戦います」
同じタイミングでアナウンスが流れた。
「実況の放送をするのは放送部の宮田真咲が努めさせていただきます。ルールをご説明します」
「武器は使用可能ですが、相手に致命傷を与える技などが禁止、または退学処分となりますのでご注意ください。相手が続行不可能と審判が判断したら負けとなります」
「回廊側には攻撃の余波が来ないように結界を貼っていますのでご安心ください それではまず、東と西の代表者の対戦です」
桃華と北の代表者は横に抜けて東西の代表者が対面する様子に回廊側も高揚感と緊張感が伝わり、それは花月たちも同様である。
「東の代表者、東堂緑 そして対するは西岡慎太郎 試合開始!!」
審判が声を上げた瞬間二人は後方に飛び乗った。東堂の武器はしなるように鞭を出し、西岡は武器を出さなかった。
「良いんですか、武器を出さないで」
「ふん、武器なんて小細工は必要ない 戦闘は肉体で語るのみだ」
西岡のいかにもな筋肉論に東堂が鼻白む。
「そのまんまの筋肉頭ですね」
「お前も武器が似合っているぞ 腹黒眼鏡」
西岡は東堂の挑発を笑い、そして先に動き出した。彼の猛追を図っていたかのように東堂は鞭をしならせ西岡に襲いかかる。
慎太郎は跳躍して回避する。十五分の攻防を繰り返し二人の様子に変化が現れる。
西岡は緑より動いていないのに東堂は息を荒げていた。二人の違いは筋肉もそうだが肺活量が違う。
東堂は短時間で勝負を決めたかったのだが、ちょこまかと俊敏に動き回る西岡に苦戦を強いられていた。
すり減る精神の限界を感じて、大技を決めようと足を踏み出し鞭をしならせる。
西岡の体に縛りつける。
「おおっと、何度の攻防を繰り返し、とうとう東堂先輩が西岡先輩の動きを止めたーー!!」
慎太郎を止めた鞭に術をかけた。
「木」
その途端、鞭は木の属性に変化した。
「いくら体力自慢のあなたでも壊す頃はできないでしょう だから武器を出せば良いといったんです」
嘆息する東堂に花月は西岡が負けるかと思っていた。
「そうですね、あれじゃどうしようも」
「いや、負けるのは東堂の方」
「え……」
東堂は確かに西岡を捉えていた。がそれはほんの少しの時間だった。
「俺とお前の相性は最悪だ 金は木を剋す」
慎太郎の体が光り輝いた瞬間、彼を捕縛していた鞭は木っ端微塵に消し飛ぶ。彼の体からバチバチとした電光が発生した。
「悪いが俺の勝ちさ」
勝利宣言をした西岡に東堂は悪態をつく。
「僕はまだ負けていない」
東堂は意地を張るが、体力が底に着くのが早くパタリと倒れ伏した。審判は東堂に近づき続行不可能とみなし、勝者は西岡となった。