第十二話:奇襲・嵐の前触れ
場所は都内某所。
時刻は日がとうに暮れ夜の十九時ごろ。奉納の儀と武術大会が明後日に迫る日に桃華はいつものように体を鈍らせないように仕事を請け負っていた。
引き受けた内容は今は使われておらず人気がない廃工場のはずなのに怪奇現象が起きて解体工事が進まないという依頼だった。
仕事は二人1組が基本だが、桃華はいつものように一人で向かった。
「ここが、今日の仕事場か、確かに妖気が漂っているわね」
気を引き締めた桃華は結界術を用いた。人気のなくなった工場であるがもしかすると人が入ってくる場合などあったりしたら仕事中は邪魔でしかない。それと妖を逃さないように封じ込めるためでもある。
そうならないために結界術でどんなに激しい戦闘が行われても近所迷惑にならないのだ。
桃華は慣れた手つきで結界の符を四方にはり、仕事を開始した。
するりと工場の中に潜入した。油臭い臭いが鼻につき夏のせいだろうか生温い空気は気分は悪くなりそうになる。
生気の感じない長細い金属の機械が見えた。一応、頭の中に工場の図面は叩き込んでいる。
ここは昔、自動車の部品を生産したが、海外の輸入品が増えて需要がなくなり物流が滞りなくってしまた工場の一つだ。
人がいなくなってしまったところには必ず何かの思念が残るものでそれが恨みや嫉妬、怒りなどの負の感情であれば長い年月を経てば、人に危害を及ぼす力を持つ。
(きた!)
桃華は直感し、後ろに飛び退き細長いベルトコンベアの上に降り立った瞬間、彼女が先ほどいた場所は衝撃が起き地面が凹んでいた。
ギイイイイ
人語を話すことのできない口妖怪は狙いを外し損ねたことに口惜しそうに歯軋りを立てている。
「ふん、遅いわね そんなスピードじゃ私を倒そうなんて100年早いわよ」
桃華の挑発にまんまと乗せられた口妖怪は跳躍して彼女を頭から食らいつこうと襲い掛かる。
「ふん、短絡的で助かるわね」
居合の一撃は見事に直撃して、口妖怪は悲鳴を上げて跡形もなく消滅していった。
「さてと、残りをサクサク退治して帰りますか」
その後、数匹が出てきて同じように一撃でかたがついた。
妖の気配もなくなったことを確認した。桃華は結界術を解除しようとしたその時だった。
背後からものすごい殺気を感じた桃華は飛び退き、下がるとそこには一人の人影が立っていた。
桃華はフードをかぶった人物に声をあげた。
「お前、何者だ 名を名乗れ!」
いきなり無礼を働いてきたフードをかぶった人物に刀の切っ先をむけた。相手を威嚇したものの、無反応で今度は直接に桃華に襲いかかってきた。
刃を交え、キンとした甲高い音が鳴り響く。何度か交戦をしている最中、桃華は妙な既視感を感じた。
(私、こいつと戦ったことがある……?)
ほんのわずかな考えが命取りになる。桃華は体勢を崩してしまい、その隙を見逃すはずがない。やられると思ったその時だった。
二人の間を滑り込むように現れたのは一つの小刀だった。どこから飛んできたのか見るとそこにはフードをかぶった闖入者に桃華は驚く。
(次から次へと……一体何が)
桃華は二人に注意を払おうとした時におかしいことに気がついた。最初に襲った人影は、新たに出てきたフードの男に向けて仲間とは言い難い敵意を向けていた。
(この人たち、味方同士じゃないのか)
どういうことが分からないが助けてくれたらしいということで、一応味方であるということか。
煙幕を使い2対1では分が悪いと思ったのか、襲いかかってきた男は煙幕を使い外へと逃げ切っていった。
(助かった……?)
追いかけようと思ったが、相手の情報がない限り深追いは危険だと踏みとどまった。桃華は助けてくれた人物にお礼を言おうとして同じところを見たが影も形もなかった。
「うそ……」
桃華は跳躍してその場に降り立った。
(気配もなく、消えた)
その離れ技に恐れを抱き、しばし呆然としていた。
その人物は違う建物の影に隠れていた。瞳がオレンジのような炎のように揺らめき、目を細めて桃華を見送りながらその姿は宵闇の中に同化し消え去った。
〇〇
そして来る当日、奉納の儀と武闘大会は開かれる。花月たちは前日に桃華の部屋に宿泊して一緒に開会式に向かった。
場所は少し移動して設立された舞台となっている。舞台は周りが回廊のようになっている。
「こんなところに舞台なんてあったんですね」
「花月の言うとおり、ここに舞台なんてなかったよ」
「え?!」
「ここは術で作られた仮初の空間なの」
「ここが……」
最初に来た時は人気があまりなかったが特別な行事だと言うこともあり、人の数がすごい。
興味津々に花月はキョロキョロとしていると着物を来た女性が声をかけてきた。
「お話中に申し訳ありません、私は佳乃と申します 葵様のご友人の方で間違いはないでしょうか?」
「は、はいそうです」
「葵様が一度お会いしたとのことで」
「えっと…」
花月は桃華たちに確認をとった。
「まだ開会式まで時間はあるし」
「うん」
花月は佳乃にうなづいて葵のもとに案内された。そこは大きな造りの社殿があり、東西南北それぞれに一つある。その北方の本殿に案内された花月たちは歩いていくと到着した。
「葵様、ご友人の方達を連れてきました」
「あ、佳乃さん ありがとうございます」
葵は佳乃にお礼を言って後方に下がる。花月たちは進んで部屋の中に入るとそこには普段とは違う装いをしている彼女が立っていた。
洋服とは違い、葵の性格もあるがいつも以上に奥ゆかしさを感じさせる。
その姿に思わず花月は見惚れた。花月が驚いているのを見た葵は恥ずかしそうに口を開く。
「おはようございます、花月さん 私のわがままで来ていただいてありがとうございます」
「え、ううん そんなことないと 私の方が部外者だし、葵ちゃんのこんなに素敵な姿を見れて嬉しいよ」
花月に褒められた葵は嬉しそうに頬を染めて歯にかんだ。
「ありがとうございます」
葵はお礼を言うと朝日と真澄に視線を移し、挨拶をした。
「朝日さん、真澄さん お久しぶりです この前以来ですね」
「そうですね。 今日は奉納の儀、精一杯頑張りますのでぜひご覧ください」
「はい」
葵は桃華に目を向けた。
「烏丸さん、応援しているので頑張ってください」
「……はい」
いつもは率直にものをいう彼女の歯切れの悪さに花月は聞く。
「桃華ちゃん、何かあった?」
「え、いや 何もないけど」
「でも昨日から少し様子が変だよ」
「そ、そう? そんなにおかしかった」
そのことに花月はうなづいた。
「う…」
花月は昨日会った時から桃華の様子がどこかおかしいことに気づいていたが上手く言葉に出すことができなかった。
桃華は一息つき、頬をかく。
「いや、体調とか大丈夫なんだけど、モヤモヤすると言うか……」
桃華は一昨日にあったことを話そうかと逡巡していると室外から声がかかる。
「葵様、申し訳ありません」
「え……っと」
葵は桃華を見て一旦話を中断して返事をした。
「はい、なんでしょう」
「静様が話をしたいとのことですが」
「え、兄さんが? わかりました すぐに向かいます」
「……いえ、それがこちらにもういらっしゃいます」
「え、ちょっと待ってください」
葵は突然のことにテンパる。
「すみません、今ここに兄が来ているみたいで」
困り果てる葵の表情に花月たちは落ち着かせた。
「私たちは全然いいですよ 葵ちゃんのお兄さん、どんな人か会ってみたいですし」
花月は気を遣わせないように笑ったつもりだが、困っていたのはそんなことではなかった。その兄がなかなかの曲者であることを忘れていたのだ。