第十一話:託宣、気になる友達・朝日、叱られる
葵と霞は帰りの車の中でこんな話をした。
「今日は楽しかったわね」
「うん、霞ちゃん 今日はありがとう」
「それは、こちらこそよ いい気晴らしになったわ あんなに素敵な花屋さんがあったなんて得したわ」
「うん、あのりんさんっていう人も」
「ああ、最初は話し方とかびっくりしたけど、話しをしてみないとわからないものね」
「ふふ、そうだね 私もあの人とは普通に喋れたし」
「……! そういえば、そうね」
葵が極度の人見知りだという事は幼い頃から彼女を知っている霞は熟知しているので今更そのことに気づき驚き考える。
「う〜ん、最近平野さんとか友達が増えたからかしら?」
「それもそうなのかな」
葵は自分でも不思議そうに首を傾げて頭の上に手をのせたそこはりんが彼女の頭を撫でたところだ。
「だけど、それ以外じゃないような気がする」
「それ以外って?」
「分かんないけどそんな気がするの」
葵は言っている事はあやふやだが、しっかりとした口調に霞は聞き入る。
「…そっか、それがいつか分かればいいね」
「うん」
この話は車の中で終わり、二人は帰路についた。
〇〇
花月達が帰ったのを見送った花屋は店内に入り残っている仕事に取り掛かりながらポツリとつぶやいた。
「今日は本当に楽しかったわ 朝日ちゃんがいないのは残念だったけど、それにしても あの子があんなに懐くなんて さすがね……」
花屋はどこか寂しそうに愛おしそうな声は店内にひっそりと消えた。
花月と葵が仲良くなる姿を見た花屋さんは幼い頃から花月の境遇を知っているため嬉しい限りである。
けれど、同時に心がくすぶる想いがあった。
「ずっと、この時が続いていてほしい」
花屋は壁に背もたれながら口を開く。切実な祈りとは裏腹に「その時」は一刻と迫りつつあることを花屋は知っている。
そのためにも花月の覚醒は必要不可欠ーーたとえ彼女の日常を奪うことになったとしても。
そのために、まずやる事ははーー。
花屋はおもむろに目を開けた瞬間、店内から姿形を消した。
〇〇
葵は早速家に帰宅すると兄の静に花のバスケットを渡した。
「え、こここれ葵が買ってきてくれたの……?」
あまりの嬉しさと驚きで声がどもる静。
「うん、友達と花屋さんに行って、最近元気がなさそうだったから元気が出るかと思って」
照れ臭そうにいう葵に静は感激し号泣する。
「めちゃくちゃ嬉しいよ 我が家の家宝にするね」
「それはちょっと困るけど」
静の表情の憂いが晴れたことに葵は嬉しい気持ちになった。そして翌日、思わぬ知らせが舞い降りる。
葵と静は現当主の北方院牡丹と蛍から部屋に来るようにと言われ、二人はなんだろうと首を傾げた。
奥には男性と女性の二人が座っていた。玄武の代々当主は二人と決まっている。
玄武の当代は他の四神とは異なる誕生をする。現当主の牡丹は静を生み、そして蛍の嫁は葵を産んで異なる女性から生まれるがまるで陰と陽が合わさった姿のように、双子としてこの世に生を受けて能力を引き継ぐのだ。
静の性格はそのまま牡丹の母親譲りであり、葵もまた父親とそっくりである。
「おはよう、朝から二人とも呼び出してごめんね」
人懐っこそうに笑うのは牡丹の方である。そして隣に穏やかに笑うのは蛍である。
「葵と静、おはよう」
「おはよう、父さん」
「おはようございます 蛍さん」
二人とも挨拶をし終え、本題にはいった。
牡丹はおもむろに口を開き話したのは驚きのことだった。
「今度行われる奉納の儀のことで、託宣があってね」
託宣とは神仏が人に乗り移ったり、夢の中に現れたりしてその意思を告げることである。この奉納の儀は中央の麒麟に豊穣と安寧を祈るために催される。
つまり現代風にいうと、四神は部下で麒麟は上司という感じである。なので託宣とはお願いでもあり、絶対的命令でもある。
「何だったのですか?」
静と葵は麒麟に会った事がない。というよりも牡丹と蛍でさえ姿形の人影を見ても認識する事ができないのだ。
そんな不確かなものを信じるのかとおかしな話だが、太古の頃より聞いてきた声は引き継いできた血族の者は忘れる事はない。
恐る恐る静は口を開く。
「それはね」
ゴクリと二人は生唾を飲み込んだ。
「四神以外も舞子を増やしてって言われたの」
「……はい?」
二人とも何を言われているのかさっぱり分からない感じで蛍は噛み砕いて説明する。
「奉納する舞は四神のそれぞれが次期当主だけど、それ以外にも加えてほしいとそのままの意味じゃないかな」
「それ以外の人も加えるって、一体」
「それは特に言っていなかったからね あの人結構自由な人だし……」
〇〇
そんなんでいいのかと静は思った。どうするかと静は半面、葵はあまり動揺していない様子に牡丹は話しかけた。
「葵ちゃんは誰か連れてきたい子とかいる?」
「え、あ、はい 最近できたお友達なんですけど。とても優しい人で」
「え、何 もしかして彼氏?」
その言葉にそれを聞いた葵の父の蛍は硬直した。
「そ、それは本当かい?」
葵は慌てて手を振って否と答える。
「あ、違いますよ 女の子の友達ですよ」
「そ、そうか」
葵は嬉しそうにうなづいた。
「葵ちゃんがそんな表情するなんてよほど好きなのね」
驚いた牡丹は紗羅の極度の人見知りを知っているので面白そうに口元に笑みを作った。それに蛍はうなづいた。
「そうだね、一度そのお友達にご挨拶してみたいね」
葵は喜ぶ表情とは裏腹に牡丹と蛍はこれから起きるかもしれないという違和感に胸がざわついた。
(これは偶然なのか、必然なのかーー)
〇〇
その後、すぐに葵は花月に電話をしようと事情を話した。
「私も踊るの?」
「うん、一緒に踊る感じでどうかなって思って?」
「それだったら大丈夫かな あ、それじゃあ朝日ちゃん達もきてもいいかな ちょっとメールするね」
「うん、お願いします」
一旦話を止めて花月は朝日に電話をかけた。
部屋の中で宿題に取り組んでいた朝日は近くに置いていたスマホが鳴ったことにすぐに気付き通話ボタンを押した。
「もしもし、はなちゃん?」
「あ、朝日ちゃん 夜遅くにごめんね 今大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ」
「えとね、さっき葵ちゃんから電話があったんだけど 葵ちゃんから踊り手をしてみないかって言われたの」
「え、踊り手ってはなちゃんも踊るの?」
「踊るって言ってもそんなに難しくないって言ってたから、それじゃあいいかなって思って……」
「そ、うなんだ…」
「それで、朝日ちゃんもどうかなって思って、都合が悪くなければ」
「も、もちろん大丈夫ですよ 私も行きたいです」
「本当に?! よかった それじゃ葵ちゃんにも伝えておくね」
「うん、それじゃあ」
電話をし終えた朝日は高揚とした気持ちであったが徐々に冷えてきた。自分の独断で行くということを言ってしまったからだ。
普段ならまずやるべき事は志郎と真澄に相談して話し合いをしてからなのだが、返事をしてしまった後ではどうすることもできない。
朝日は頭を抱えながら重い足取りで部屋をでた。行くさきは床の間に寛いでいるだろう志郎と真澄である。
朝日が床の間に来たことに気付いた真澄はお茶を入れようと立ち上がりかけたが、朝日はそれを制止した。
お茶を飲んで一息する気になれなかったからである。
「志郎、真澄 少し話があるんだけど」
緊張する面持ちで声を話しかけられ何事かと察したは二人は居住いを正した。
「どうしました、朝日さま?」
志郎は朝日に優しく語りかける。
「志郎…」
志郎の献身的な態度に朝日は言葉を吐き出した。
「怒らないで聞いてくれる?」
「……それは 内容によりますが」
志郎の微笑みが神々しいほどに輝いて見えるよのを朝日は見て口元が引きつった。
(あ、これはちょっとまずいかも)
思いながらも朝日は覚悟を決めて口を開く。
「実はさっきはなちゃんから電話があって、はなちゃんが今度葵ちゃんと踊る舞台で一緒に踊るらしいんだ」
「……それはまたすごいですね、それで」
次の言葉を促された朝日は話を続ける。
「それで、僕もどうかって聞かれて」
「それで?」
「……行くって言っちゃいました」
さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、段々と声が低くなっている志郎に朝日は背中に悪寒が走った。
「……」
おもむろにたった志郎は朝日の目の前に立ち膝を折ってこめかみを抑えるように挟み込み、ねじ込みながら圧迫した。
「にゃぎゃああ?!!」
朝日の断末魔の叫び声を上げて、撃沈した。少し怒りが治った志郎はため息をついて口を開く。
「全く自分がどれだけ軽率なことをしたか、分かっているのですか」
「……うゔ、ごめんなさい」
こめかみの痛みを抑えながら朝日は謝罪する。前回、少し前に陰陽寮に行った時も賀茂家の陰陽師と言い合いになったそうじゃないですか」
「……う」
「約束も全然守ってくれませんし」
「それは、すみません」
もうどっちが主人か分からないくらい朝日は萎縮した。約束とは目立った行動を慎むということだったが、真澄から賀茂家の次期当主と口論になったと志郎は話を聞いてため息をつきながら一度は許したが、今回のことは度が過ぎていた。
奉納の儀となれば、人々が集まるだろう。そこで何か起きたら朝日の身に危険が迫るかもしれないと志郎は心配とは裏腹に朝日の自由を奪いたくないと思っていた。
普段はわがままを言わない朝日が思わず吐露した本音。
それを叶えるのも彼に従属した志郎はーー
「ふ〜、わかりました 私は葵さんと面識がないので 真澄さんがいいでしょう」
「………え」
朝日は最初何を言っているのか分からず困惑している。それに真澄はフォローした。
「朝日様、行ってもいいとのことです」
「……え、でも 僕」
しどろもどろになる朝日に志郎は釘を刺した。
「その時はあなたも覚悟してください そうならないために真澄も監視をお願いします」
「はい、志郎さん 全力で頑張ります」
いたたまれない気持ちになりながらも、嬉しくて歯にかんだ。どうにか許可をいただいて朝日は花月に真澄に言っていいかとメールをして、そして葵に確認を取り、奉納の儀は花月、朝日、真澄は3人で行くことになった。