要監視対象
――コンコン、コンコンコン。
やたら賑やかだが、何の変哲もないノックの音だ。
「かごめ、誰か来た」
「出ます」
気づいたところで俺はかごめが出るのを眺めていることしかできない。最近気づいたのだが、どうやら、俺には思ったよりいろいろな制限があるみたいだった。扉に近づかせてもらえない、とか。
「はい」
「かごむの部屋はこちら?」
「はい。しかし、あなたはオリビアですね。あなたの外出は制限されていますし、彼との接触は規則で――」
「いや。そんなの、つまらなくて心が死んじゃうわ」
同感だと思った。かごめは俺が退屈しないよう手を尽くしてくれるが、ずっとここに閉じ込められていれば、まあ飽きる。でも、出ていってかごめを困らせるわけにもいかないか……。かごめのほうは、彼女を強制的につまみ出すことはできないらしく突っ立っている。
ぼーっと眺めていると、俺に呼びかける声がした。
「話しちゃだめなんじゃないの?」
「でも後輩には挨拶をしなくちゃいけないわ。弟みたいなものだもの!」
明るい笑顔で、楽しそうな声色で、こっちに手を振る女の子。弟かぁ。複雑なような。
「……少しだけですよ」
「やっぱりかごめは優しいいい子。きっとこれからいいことあるわ」
ぱたぱた歩いてくる少女は、うん、思ったより背が高いしごつい……? 東洋系は若く見えるとも言うから、西洋系ではこれが標準なのか? 母船での生活で差は縮まったと思っていたんだけどな。
「かごむさん、初めまして。私はオリビアって呼ばれているの」
「初めまして。俺もオリビアって呼んだらいいのかな」
「ぜひそうして! お友だちができて嬉しいわ!」
「……あの、オリビア。オリバーはどうしましたか」
ぴょんぴょんとはしゃぐオリビアに、かごめが静かに声をかけた。なんか、俺にとってのかごめみたいなのがオリビアにもいるんだろう。本来はそいつがオリビアを止めるべきだったのか。
「オリバーは寝ているわ。でも寝ている間にお出かけする許可はもらってあるし、ちゃんと船員さんらしい格好でしょう?」
「え、外出許可とかあるのか?」
「ありません。オリビアは船員のフリをして船内を徘徊しているんです」
「あなたたちだってそっくりなんだからできるでしょう?」
「かごめ……」
俺も外を見たいのだけど、かごめは許してくれるのか?
「だめです」
だめか。
「今更だけど、今の状況は捕虜みたいでやっぱり嫌だ」
「そればかりは私の決定ではないので諦めてください」
「俺とオリビアが接触した時点で外出なんて誤差じゃないか? 許可出ないかな」
「接触禁止にされているのはオリビアだけじゃありませんので」
ヴィマナの人もいるかもしれないし、会ってみたいんだけどなぁ。なぜ会えないのか。心があるから、いや揺らぐからか? 揺らぎがあると喧嘩をするという研究結果でもあるのか。ありそうではあるけど。
「この船の人ってあれだよな。すごい、慎重」
「大多数から見ればあなたがたは行動原理がはっきりしない存在です。状況が悪化するリスクより現状維持を選びたがるのではないかと考えます」
「それ俺いる意味なくないか?」
俺だけじゃなくてオリビアも。当のオリビアは何も理解してないらしいけど、揺らぎが小さいままでやっていくのなら揺らぎが大きい俺たちは邪魔でしかないはずだ。
「なくはないですよ。この船の人間は感情を取り戻すべきだと船長は言いました」
「民意と食い違ってるじゃないか。感情は不安定になりやすいんだぞ」
「船長は民意よりテレパスの意見を優先する傾向にあります。テレパスがいなければこの船はもちませんでした」
つまりテレパスさんとやらが俺たちを生かしてくれてるってことかね、おおむね。会ったらお礼のひとつでも言うべきか。
「オリビア、テレパスって知ってるか?」
「いいえ。ごめんなさい、お話が難しくて……。オリバーもよく難しい話をするわ。船員さんは大変なのね」
「オリバーはどんなお話をするのですか」
「内緒。でも、オリバーがいいっていうならお話ししようかしら。次に来る時には聞いてみるわね」
「次はオリバーを寄こしてください」
「ふふ、かごめは真面目ね。たまには息を抜かなきゃだめよ」
そう優しく笑い、それからもうオリバーが起きるとこぼし、オリビアは帰っていくのだった。かごめは端末を見たきり黙っていた。
「どうしたんだ、何かまずいことがあったのか?」
まずいこと。オリビアと会ったのがばれたとか、何か壊したとか。そういえば今朝は皿を割ったか。怒られたのかな。
「いえ、実はかごむの心の揺らぎはこの数日かなり小さくなっていたのですが」
「初耳だぞ。そういうことははやく言ってほしい」
こっちは命がかかっているんだ。手遅れになったら凍結だぞ。
「言ったらストレスになるでしょう。今日はよく揺らいでいましたので、条件付きでオリビアとの交流の許可を申請しておきました」
「部屋から出られるってことか?」
「自由とはいきませんが、オリビアたちの部屋までの道は歩くしかありません。通り道の一般区画なら休憩がてら立ち寄っても構わないでしょう」
差し出された船内地図は、いくつか光る印があった。
「何の印だ?」
「大きな心の揺らぎを観測した場所にマーキングするシステムです」
「へー……」
印は五つ。俺とオリビアの分のほかに、三つ。三人いるってことだろう。
「いつか全員に会えるかなぁ」
誰も凍結されることなく、友だちになれたら。かごめは優しいし頑張っていると思うけど、オリビアのような人に出会ってしまうとかごめじゃ寂しくなってしまうのだ。申し訳ないけど。
「生きていればそのうち会えます」
「頑張らないとな」
「頼もしいですね」
かごめはいつも事務的だけど、俺だけじゃなくてかごめも笑うことができるようになれたらと思うのだ。
2019年2月18日 誤字修正