無感情ごはん
さあ、冷凍保存していた肉を食べよう。
肉なんて久しぶりだ。でも嬉しいね、このところの食事はひどかったから。
これ食べてがんばらないとね、ねえ、
「かごむ」
夢か。夢でよかった。また緊急用に保存された食料に手をつけるほど不作になるのはまずい。冷凍肉で済むならまだしも、よほど豊作でないと作れない保存食を使うことになれば――。
「もしもし、生きていますか」
「……あ、そうか」
そうだった、ここは違うのだった。やけに明るくて広いと思った。完全に寝ぼけていた。
「夕食の時間です。食欲はありますか」
「食べる。ありがとう」
どうやら布団に包まっているうちに寝ていたらしい。次は一緒に準備をしよう。目覚めたてとはいえこれは申し訳ないし情けないのではないか。
「これは?」
いやわかるぞ、これはめっちゃ流動食。それが三種類。
「流石に三百年断食の回復食はわかりかねたが、身体に優しく必要最低限の栄養を摂取できるものを用意した、と聞きました」
やっぱり支給制なのか。しかし船員共通ではなくて、こういう配慮もあるんだな。こればっかりはどうにもならないもんな。
一口食べる。
「素材の味がするな……」
「そちらでは食事は味わうものなのですか」
「こちらでは違うらしいけど俺はかごめの食事にも興味津々だ。教えてくれ」
正体不明の素材味のペーストを目の前にして既に心折れそうだが、船員との交友が楽しめない今は食事に楽しみを見出さないとやばい気がする。この回復食とやらが数日続くにしてもだ。
かごめのトレーにはペーストではなくしっかりとした固形の食事が乗っていた。「缶詰か真空パックで保存していたがそろそろ食べ時だしバランスもそんなに悪くなさそうだから消費しておこう」な食事のようにも見える。
「考えたことがないのでよく知りませんが、おそらく肉と芋と野菜スープです」
「肉があるのか」
「はい。鶏を育てているらしいです」
鶏がいるのか。鳥類だよな。ペットとしても珍しい。鼠取りに猫とかではないんだな。
「農園もあるんだろ?」
「はい。行ったことはありませんが、芋や豆を主に育てています。……ところでかごむ、食事が冷めます」
「ごめん」
スプーンでペーストを口に運ぶ。不思議な味だ。ほのかなデンプン味、野菜味、豆味なんだと思う。すごく美味しいというわけではないが、壊滅的な味というわけでもなく、どうにか飲みきることができた。回復食がこれなら普段の食事はちゃんとした味だろうし、ここにもすぐに慣れて仕事とやらがバリバリできるようになりそうだ。
「ごちそうさまでした」
「はい。完食ですね。久々の食事ですので、異変があったらすぐに教えてください」
何か端末に入力している。やっぱりこういう細かいことも記録取るんだな。健康管理というやつか。このデータが俺のこれからとか俺以外の生存者の役に立つのだな。すごい。
空のトレーは重ねられ、ドア横の小さな机に置かれた。俺が使っていたベッドのシーツもその側に置かれた。おそらくものすごく汚れているのだろう。だって真っ裸で寝てたから。
それらの回収に来た人も変なグラスをかけていて、かごめと少し会話して去っていった。たぶん生まれてから自然に感情を抱いている俺にはわからないが、あの人にも感情がないのだろう。淡々とすべき仕事だけを終えてすぐに出て行った。
「どうかしましたか」
「あ、いや………。みんな、感情はまるっきりないのかなー、とか……」
答えにくいであろうことを無神経にも尋ねてしまった。どうやらかなり真面目な性格であるらしく、かごめは少し考えているようだ。グラスのせいで表情は見えないが、嫌なやつと思われたに違いない。
かごめは黙って手元の端末を操作した。
「感情は、ココロの揺らぎから発生します。ナグルファルではココロについての解析は大方終わり、半永久的に生み出すことができる感情エネルギーを利用する技術も開発されました。しかし、私たちは十分なエネルギーを生み出せなかった。十分なエネルギーを生み出すことができないことを無感情と呼びます」
「これで回答になりましたか」
かごめの声には俺が気持ちとか感情とか思うものは一切こもっておらず、機械音声みたいだった。怖いというか、寂しいような気持ちになった。しかし、待てよ。
「それじゃ俺はエネルギー生産の協力をするのか」
「はい。かごむが苦痛を感じることなくエネルギーを生み出し続けられるように私がサポートいたします」
「嘘だろ……」
聞かなきゃよかった俺の馬鹿。協力拒否で再凍眠、当分の間監禁生活、俺自身でもよくわからん感情を抱き続けるのが仕事。こんな話を聞いた後でどう苦痛なく生きていけって言うんだ。既に苦痛だ。
「心配することはありません。人間は適応します。すぐに慣れるでしょう」
「心に優しくない。生活に慣れる前に心を失う。聞かなきゃよかった」
「困りました。今日はもう休んではいかがですか」
さっきまで散々寝たのにまた寝ろというのか。いや、意外といいかもしれない。夕食を食べたということはもう夜なのだろうから、朝まで頭を空っぽにしよう。
「かごめはどうするんだ?」
替えのシーツを受け取ってから気付いた。この部屋、ベッドひとつしかなくない?
「私も休みます。ベッドは別にあるので先にどうぞ」
あるのか、よかった。やけに大きいベッドだからダブルじゃないよなとひやひやしてしまった。下は硬いぞ、落ちたら痛いぞ、俺は落とすぞといった具合だ。
「かごむ、全裸になるのであれば消灯後にお願いします」
「ならないけど、何で起きたとき俺は全裸だったんだ?」
「精密検査や治療の後にそのまま運ばれてきました。私ひとりでは服を着せることができないので、そのままにしました」
そのまま運ばれてきた。全裸で。
「恥すぎる。もう婿に行けない」
「一般居住区の人には見られていないので問題ありませんが、紹介しますか」
なにその監禁された身にはこの上なく無駄な権限。
「俺にはまだはやいと思う」
各々寝るための支度を終え、かごめがベッドを壁から引き出すのを見て驚いた。そうなっているということはつまりベッド分の厚さの壁なのか。意味がわからないな。
身支度を整え、ベッドに入ると電気を消された。暗闇になると何も見えなくて少し怖い。しかも少しも眠くない。
そう遠くないところから布が擦れる音がして、近くに本当に人がいることを確認したくなった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
明日はどんな衝撃が待っているのだろうか。いつ部屋から出られるのだろうか。
目が覚めたら凍眠用カプセル、ではありませんように。