春のおはよう
起きたら知らない場所にいた。えぇ、待って待って。
「素ッ裸!」
驚きすぎて何もわからない。五体満足で自由なのはわかった。
少し離れたところから衣服を抱えた男が何か言いながらやってくるのが見えた。俺は思いきり叫んだ。
「流石に夢だろ!」
「いえ、現実です」
ちくしょう。
服をくれた男は俺の大パニックに動じる様子もなくいろいろと説明をしてくれた。まずは状況を整理しよう。
俺の名前はかごむ。地球を離れた人類の子孫で、母船はヴィマナ。船の規則で凍眠チームに選ばれて眠り、目が覚めたら知らない船にいた。ここまではいい。本当はよくないが、問題はこれからだ。なぜか俺が眠ってからおよそ三百年経っていた。しかも作業服を着て色付きのグラスをかけた見るからに怪しい男が言うには、俺を凍眠用のカプセルから取り出し、身体検査や治療を施しつつ目覚めるのを一週間待った、その間の世話はこの男が担当した、と。
「パニックになりそうだ」
「万一に備えて拘束の準備はしてあります」
「嘘だろ冷静沈着」
俺の混乱に対して、むしろなんでそんなに慌ててるんですか? とでもいいそうなこの態度。やはり詐欺などではなく実話だということなのか。この受け入れがたい現実について、何か理解できることがあることを願いながら彼の持ってきたファイルを漁ると、俺の検査結果のファイルを見つけた。
名前 かごむ
母船 ヴィマナ
凍眠用カプセルに記名
先天性の疾患なし
治療後のバイタルに目立った異常なし
記録喪失
ほとんどは知らない言語で埋め尽くされていた。唯一読めたメモ書きも大した収穫にはならなさそうだ。
「質問いいか?」
気になったことは素直に何でも聞いておくのが一番なのだろう。
「何でも聞いてください」
「記録喪失ってなんだ?」
「どこにも記録が見つからなかった人のことです。ヴィマナには残されていると思われます」
ううん、ということはやっぱりここは三百年の間に発達したヴィマナというわけではないのか。どうなったんだヴィマナ。そもそもここはどこなんだ。俺はどこで拾われたのかも知りたい。
「ここがどこかとかも聞いてもいいか?」
「ここは地球の衛生軌道上の母船ナグルファルです。ヴィマナは地球軌道上の船でしたが消息不明です。地球軌道上ではいくつかの凍眠用カプセルが発見されましたが、現時点では目覚めたのはひとりだけです」
ナグルファル。地球人類を乗せた宇宙船のひとつだろう。俺はヴィマナでは一般船員だったから憶測しかできないが、いくつか船があるのだ。たぶん三つくらい。
「俺以外は死んだのか?」
「半々だと聞いています。生存者は現在治療中です」
ヴィマナになにがあったのか、は聞けなかった。三百年も前のことで彼は知らないかもしれないし、俺がまだ受け入れられないと思う。
しばらくの間、互いに何も言わずに座っていた。
「状況は掴めましたか」
五分くらい経って、なんとなく自分のおかれた状況だけはわかるようになってきた頃に問われた。
「何らかの理由でヴィマナから凍眠状態のまま放り出された俺は三百年間宇宙空間をさまよい、ナグルファルに拾われた」
「完璧です。では今後の話をさせてください」
正直まだ頭がついていかない。でもこれ以上休憩するのも悪い気がしたから、黙って聞くことにした。
俺を気にする様子もなく、男は部屋のモニターをつけた。
『おはよう、そしてナグルファルへようこそ。私は船長のアントンだ』
なんでこの船の人間はじいさんですら色付きグラスをかけているんだ?
『早速だが私たちの使命について説明しよう。その前にヴィマナの使命は知っているかね』
「人類の、存続……??」
「彼は一般船員だそうです」
くそ、はずれか。いや合ってただろ今のは。他に何があるんだよ。何も知らない一般船員で悪かったな。
『そうか。いや、何も問題はない。それぞれの船には使命がある。ナグルファルにもだ。達成のために協力してくれないか』
「これ拒否したらどうなるんだ?」
「再凍眠だと思われます」
「……マジか」
言わないだけで拒否権がないことはわかったが、少しは包み隠せよ。もう震えが止まらない。
『怖いことはない。安全も生存も保障しよう。どうだね』
そんなこと言って、拒否で再凍眠なら使命の達成失敗では永久凍結なのではないか? 大丈夫なのか?
「再凍眠は嫌だけどなぁ……」
「彼は協力を惜しまないと」
『そうか、それはよかった。詳しいことはそこのかごめから聞くといい。失礼』
通信が切れると同時に俺はベッドに走り、布団に包まった。もう生きた心地がしない。
「勝手に話が進んだ……。人の心はないのか……」
「ナグルファルの船員は生存のために働き詰めになり、感情を失いました」
「嘘だろ……」
どんな極限状態になればそうなるのか想像もつかない。船内農園で食料つくってただけのヴィマナとはまるで違うんだな。無言で差し出された白湯を飲んだら少し落ち着いたような気が、いやそんなことはないのだが。
「かごめだっけ。名前がすごい似てるな」
「はい。かごむが発見された年の生まれです」
「そういうことなのか。なんかごめん」
この数時間での行動が恥ずかしい。目覚めるところからやり直したい。
やり直すなら凍眠より前からに決まってるし、時間は戻らないものなのでそこは受け入れることにした。
「よし、とりあえず俺は何すればいいんだ?」
「はい。まずはこの部屋での生活に慣れていただきます」
「あれ優しい。いやでも監禁か……」
個人の部屋としてはかなり広いが、何もない部屋で慣れろと言われても。何かこの部屋でやる作業があるのかもしれないが。
「不便もあるとは思いますが、しばらくは私もこの部屋で生活しますので安心してください」
「つまり一緒に監禁されるんだな」
「はい」
はいて。そこに疑問を持て人間だろう。尊厳も人権もないのか。安心できる要素がひとつもないじゃないか。
「再凍眠よりマシか……」
「自由が効かない、外の状況がわからない、いつ死ぬかわからない。共通点は多いですね」
「やめろよ」
先は思いやられるばかりだが、どうかこのセカンドライフがただ死んでるよりマシなものでありますように。何卒お願いします、いやマジで。
「これからよろしくお願いします」
「え、うん。こちらこそ、よろしくお願いします」




