【九】
清四朗は意外と武芸が得意だった。馬を走らせると誰よりも早いし、刀や槍の扱いもうまいし、何よりも弓は百発百中だった。
狩りで何も捕れないはずがない。きっと本気を出せば、獲物の数は余裕で一番だ。
だけど清四朗は、馬術や剣術の稽古はまじめにするのに、狩りがはじまった途端どこかに隠れて昼寝していた。
僕もあまり動物を捕まえるところは見たくないから、そうしてくれると助かるけど。風に吹き飛ばされないように草にしっかりつかまって、清四朗の様子を観察した。
今日も岩の陰に座り込んでうとうとしている。けっこう近くでうさぎや鹿を追い回しているのに、気に留める様子もなく。
ふと、茂みが揺れたかと思うと、突然、何かが飛び出してきた。
「わあっ!」
さすがの清四朗も驚いて立ち上がる。
キジかな。けっこう大きな鳥だ。ばさばさと羽根をまき散らしながら逃げ惑う。
その後を追うのは、子狐のミズキだった。自分よりも大きな鳥に牙をむき襲いかかる。僕も清四朗も突然のできごとに呆然としているうちに、ミズキは見事にキジを仕留めた。
「キヨ、これ、あげる」
くるりととんぼ返りして人間の姿になり、にっこり笑って差し出した。褒めてもらえると期待しているのだろう。清四朗もそれがわかっているから、無理に笑顔を作って受け取った。
「あ、ありがとう、ミズキ。こんな立派な獲物をもらっていいのかい?」
「うん。あたし、もっと、たくさん、とる。キヨ、もう、わらわれない」
ミズキはぐっと胸を張り、また子狐の姿に戻って茂みの奥へ消えた。
清四朗は手の中で動かないキジを見て、ふとため息をつく。厳じい達に笑われることなんか気にしていないのに。ミズキは、横で見ていて嫌だったんだな。
ミズキに悔しい思いをさせるくらいなら……清四朗は弓をつかみ、矢筒を担ぎなおした。いつになく目に力を込めて。
「ミズキ、私に獲物の居場所を教えておくれ」
やる気を出した清四朗を見て、ミズキは嬉しそうに隣に並んだ。よく目をこらし、耳をすまし、一点をさし示す。
それと同時に、軽い音を立てて矢が空を切った。
きっと、自分が射られたことにも気付かないまま絶命したんじゃないかと思う。それくらい、見事で慈悲深いひと矢だった。
その後も清四朗とミズキの連携プレーで次々と仕留めていく。
狩りが終わる頃には、山の動物がみんないなくなってしまったんじゃないかと思うくらいだった。
いつも清四朗を馬鹿にして笑っていた連中が震えている。これでしばらくおとなしくなればいいけど。
清四朗は捕った獲物をみんなにふるまい、ミズキからもらったキジのきれいな尾羽は弟たちにプレゼントしてやった。
「キヨ、ほんとは、すごく、かり、うまい。あたし、うれしい」
「だけど、あまり捕ってしまうと、ミズキのごはんがなくなってしまうからね。次からは、やっぱり私は遠慮しよう」
ミズキは少し考え、こくりとうなずいた。
珍しく人間の姿のまま甘えるミズキの髪を、清四朗は丁寧に梳いてやる。まっすぐな黒髪がつやつやと輝いた。
こうしていると、まるで仲のいい兄妹みたいだ。僕はウミのことを思い出す。仲は悪くないけど、こんなに優しくしてやったことはないな。元の世界に戻ったら、もう少し面倒みてやろう。
「ミズキ、暑くないかい?」
ふわふわの狐の耳としっぽは、今の季節には暑そうだ。清四朗が扇子であおいでやると、やはり扇子の動きに合わせて顔を上下させる。
「あたし、この、におい、すき」
「におい?」
清四朗ははたと手を止め、扇子の匂いをかいでみた。
「紙のにおいかな? それとも、何か香を含ませていたのかもしれないね」
再びあおいでやると、ミズキは鼻をひくひくさせながら、うっとりと目を閉じた。